・・・・・出会ったのは運命? 4月、真神学園3−Cの教室は、朝から転校生の話題で盛り上がっていた。 そんなクラスの浮かれた状況を、珍しく朝から学校に登校していた蓬莱寺京一は、 面白くなさそうに眺めていた。 “ったく・・・。高3にもなって、テンコーセーが珍しいのかねぇ。” 新聞部部長の遠野杏子ことアン子の情報では、転校生は“男”なのだ。 それだけで、京一の転校生に対する評価は、最低である。 「転校生が女だったらな・・。」 深い溜息と共に、京一は机から立ち上がった。 “HRなんてかったりーモンに出てられっか。” 屋上にでも行こうかと歩き出そうとしたとき、タイミング悪く桜井小蒔に見つかった。 「京一、どこ行くんだい?」 「よぉ、美少年、ちょっと野暮用でな。そこどいてくんない?」 京一の言葉に、小蒔のビンタが飛ぶ。 「誰が美少年だってぇ?」 「お前。」 京一の暴言に、小蒔の往復ビンタが炸裂する。 「小蒔、その辺にしておいたら?」 くすくす笑いながら、美里葵がどこからともなく現れる。 「京一君、そろそろHRが始まるから、席についたほうがいいんじゃないかしら?」 にっこりと聖女の笑みを浮かべながらも、目は“私の目の前でサボることは許さないわ!” とばかりに凄んでいる。その瞳を見た途端、京一は背筋が凍りつくのを感じ、思わず何回も 頷いた。美里葵、伊達に生徒会長を務めていない。大人しく自分の席につく京一に、美里は 満足そうに頷くと、自分の席につくため踵を返した。 “美里・・・目がマジだったな・・・。” 京一は教室の窓から外を眺めた。ぽかぽかとした陽気で、さぞかし昼寝が気持ちいい だろう・・・・それなのに・・・・。 “・・・・ったく、これというのも、全てお袋のせいだ!” 京一は、目の前にいない母親に、心の中で悪態をついた。 「京一!京一!起きなさい!!」 早朝、息子の部屋に乱入した母親は、寝ている京一を無理やりたたき起こした。 起こされた者にしてみれば、冗談ではないの世界である。 「・・・・うっせぇなぁ・・・・。まだ、7時前だぜ・・・・。」 「何馬鹿なこと言ってんの!そろそろ仕度しないと、学校に遅れるでしょう!」 京一は、剥がされた布団を奪い返すと、また布団を被った。 「今日は、具合が悪いから、俺休む。」 母は、再び布団を剥ぎ取ると、京一の耳元で大声を上げた。 「京一!今日はあんたにとって、“運命の日”なのよ!判ったら、さっさと起きなさい!」 「・・・何だよ。“運命の日”っていうのはよぉ・・・。」 眠い目を擦りながら、京一はのろのろと起きあがる。そんな京一に、母は意味深な 笑みを浮かべる。 「ふふふ・・。気になるんだったら、早く下に下りてらっしゃい。そん時に教えてあげるわ。」 ふふふふ・・・・と不気味な笑い声を残して、母はさっさと部屋を出ていた。 「・・・ったく。勘弁してくれよぉ〜。」 それでも母親の言葉が気になったのか、京一は手早く身支度を整えると、 下に下りていった。 「で?何が“運命の日”なんだ?」 京一はトーストを食べながら、母親に尋ねた。 「実は、あんたの事を、タロットで占ったらね、」 母親の言葉に、京一の顔がみるみるげんなりとする。 「ったく、また占いかよ。この前が27宿占いで、その前が西洋占星術だったよな・・・・。 今度はタロット占いかよ。そんなんで、人の貴重な睡眠時間を邪魔すんなよ・・・・。」 「なっ、何よぉ!その態度は!それが母親に向かって言う台詞なの! だいたいあんたは・・・・。」 そのまま説教へと雪崩れ込んでいく母親に、京一は内心しまったと思った。 “説教し始めると長いんだよな。これが・・・・。” 説教の長さから言うと、生物教師、犬神に匹敵するかもしれない。 貴重な睡眠時間を削られ、なおかつ説教されるなんて、わりが合わない。 仕方ない、ここは一つ自分が折れるしかないと京一は諦めた。 「そ・・・それで、“運命の日”って一体何なんだ?」 京一の言葉に、母親は訝しげの瞳を向ける。 「知りたいの?」 黙って頷く京一に、幾分機嫌を直した母親は、咳払いを一つすると、 真剣な表情で話し始めた。 「京一、今日はあなたにとって、ターニングポイントなの。」 「ターニングポイントぉ?」 京一の言葉に、母はにっこりと微笑む。 「ええ。運命の人間に会えるらしいわ。」 「“運命の人”ねぇ・・・・。」 不信の目を向ける息子に、母親はきっぱりと断言した。 「今日、初めて出会う人物が、京一の人生を左右するって、出たのよ。 でね、その運命の人を他の人間に奪われると、一生不幸になるんですって!」 「・・・・要するに、どういうことだ?」 京一の言葉に、母はテーブルをバンと叩いた。 「察しの悪い子ね、あんたは。要するに、その“運命の人”を逃がすなって言ってる んでしょ!判ったの?」 「そんなこと言ってもなぁ・・・。運命なんて俺、信じねぇもん。第一、どうやって “運命の人”って奴が判るんだ?名札でもついてんのか?」 「・・・・あんた馬鹿?そんな訳ないじゃないの。」 母親の軽蔑の眼差しに、息子はムツとする。 「うっせーな。じゃあ、お袋は判るのかよ。」 「当然じゃない。」 勝ち誇った笑みに、京一は不信な眼を向ける。 「<その時>になれば判るわよ。嫌でもね。私とお父さんの出会いも そうだったわ・・・・。」 うっとりと目を閉じて母親は父親との出会いを熱く語り出した。 “説教も長いが、ノロケも長いんだよな・・・・。” 「じゃ、俺、学校行くぜ。」 京一は溜息をつくと、一人で話している母親を無視して、そそくさと家を出た。 “お袋の言葉を信じた訳じゃねぇけど・・・・。” そう言えば、転校生が来るのは、今日じゃなかっただろうか。 期待半分で学校に到着した京一は、そこで現実を知ることになる。 「あら?転校生って、男よ。」 アン子の言葉に、京一は目の前が一瞬暗くなった気がした。 ・・・・で、冒頭に戻る。 「緋勇龍麻です。」 ハスキーな声で、我に返った京一は、のろのろと視線を上げた。 どうやら、何時の間にかHRが始まっていたようだ。だが、次の瞬間、 黒板の前に佇む転校生を一目見るなり、京一は心臓が鷲掴みされたような 錯覚に陥った。 ドキン・・・・。 “<その時>になれば判るわよ。嫌でもね。” 脳裏に母親の言葉が蘇る。 ドキン・・・・。 “な・・・相手は・・・男だろうが・・・・。” ドキン・・・・。 それでも、京一の心臓は鎮まらない。 ドキン・・・・。 自分の席に向かう転校生と一瞬目が合う。 ドキン・・・・。 永遠とも取れる一瞬、転校生は確かに自分を<見る>と、嬉しそうに<微笑>んだ。 ドキン・・・・。 “緋勇・・・・龍麻・・・・。” 京一の心に龍麻の名前が深く刻み込まれた。 |