「ったく・・・・俺としたことが、まさかヤローに惚れるとはねぇ・・・。」 放課後、部活をサボり、昼寝でもしようかと、京一はお気に入りの樹に登ったが いいが、一向に眠りは訪れない。それどころか、ますます眼が醒めてしまった。 原因は判っている。今朝転校してきた、緋勇龍麻の顔がちらついて朝から落ち 着かないのだ。 「緋勇龍麻か・・・・・。」 朝のHRで、龍麻と目が合った瞬間の衝撃を、京一は思い出していた。 ドキ・・・ドキ・・・・ドキ・・・・。 “し・・鎮まれ!!俺の心臓!!” 焦れば焦るほど、心臓の音が早くなる気がする。 “と・・・とにかく、落ち着いて、緋勇に声をかけないと・・・・。” 朝のHPが終わった直後、教室中が、龍麻に声をかけるタイミングを狙って、 お互いを牽制し合っていた。その張り詰めた空気に、全く気がつかないのか、 知っていて業となのか、恐らく後者だろう、美里葵が、龍麻に声をかける。続いて、 桜井小蒔までもが、二人の会話に混ざっている。 “ちっ、美里と小蒔なんかに、負けてたまっかよ!” 今や、京一の心の中は、龍麻へ初めて声を掛ける緊張感から、美里と小蒔への 怒りへと変化した。 “美里の魔の手から、緋勇を守らないとな!!” 美里達が龍麻の側を離れたのを見計らって、京一は席を立つ。どうやら、美里の “まずは、お友達作戦”は失敗に終わったようだ。怒りのオーラを纏った美里の後姿に、 京一はニヤリと笑う。 「よ・・・よぉ、転校生!!」 本人を目の前にすると、流石の京一も緊張の為か、引きつった笑みを浮かべながら、 龍麻に声をかける事に成功する。 「初めまして。」 にっこりと微笑む龍麻に、京一はドキリとする。 “か・・・可愛いぜ・・・。” 「緋勇龍麻です。・・・えっと・・・?」 首を傾げる龍麻に、京一はまだ名乗っていなかったことに気がついた。 「俺の名前は、蓬莱寺京一だ。」 慌てて自己紹介する京一に、それこそ花が綻んだような、笑みを浮かべながら、 龍麻は右手を差し出した。 「よろしく、蓬莱寺君。」 「こっちこそよろしくな!ひ・・・緋勇!」 緊張のあまり、汗をかいた右手を、京一は制服でゴシゴシ拭くと、差し出された 龍麻の手を握った。 “こ・・・この手は・・・・。” 龍麻の手を握った瞬間、京一には龍麻の手の硬さから、武術をやっていることを 感じ取った。 “へぇ〜。人は見かけによらないんだな。かなりの達人と見たぜ。” そんな事を考えながら、何気なく龍麻の眼を見た瞬間、京一は涙が出るような、 懐かしさを感じた。 “俺、以前にも、こいつに会って・・・・いる・・・?” 「蓬莱寺君?」 訝しげな龍麻の声に、京一は我に返る。 「気分でも悪いのか?」 心配そうな龍麻に、京一は首を振った。 「いや、何でもない。それより、後で校舎を案内してやるよ。」 京一の提案に、龍麻は悲しそうな顔をした。 「気分が悪そうなのに、そんな迷惑を掛けられないよ。案内は美里さんに でも・・・・。」 美里の名前に、京一は慌てて龍麻の肩を掴んだ。 「いや!それだけは、絶対に駄目だ!!」 「蓬莱寺君?」 突然の京一の態度に、龍麻はきょとんとした。 「と・・・とにかく、俺が案内する。いいよな!ひ・・・緋勇!!」 京一の勢いに押されたかのように、龍麻は無言で何度も頷く。そんな龍麻の様子に、 満足そうに微笑むと、京一は足取りも軽く、自分の席へと帰っていった。 “蓬莱寺君か・・・・。初めての<仲間>が、面白い奴で良かった。” 一人満足そうに微笑む龍麻を、美里が怒りの眼差しで見つめていた。 “緋勇君たら・・・・。学園のマドンナである、この私(女)より、あの学園の問題児の 蓬莱寺京一(男)の方がいいっていうの?・・・・・許さないわよ!二人とも・・・・。” 美里は、ちらりと教室の後ろにいる佐久間を盗み見た。 “そうね・・・・。悪い子には、お仕置きが必要よね・・・・。” 「あ・・・葵?」 不気味に笑みを浮かべる葵を、小蒔は心配そうに見つめた。 「ここでいいだろう。」 聞き覚えのある声で、京一は我に返った。 「生意気なんだよ。」 “ちっ、佐久間と取り巻きの連中か・・・。ま、俺には関係ないね。” どうやら、佐久間達のリンチの場面に遭遇したようだ。だが、男を助ける義理はない とばかりに、京一は傍観を決め込もうとしたが、佐久間が発した言葉に、 京一は愛用の木刀を掴んだ。 「よぉ、何とか言ったらどうだ!緋勇!!」 “ひ・・・緋勇だってぇ!ヤロー、俺の龍麻に!!” 怒りの形相で、京一は樹から飛び降りると、龍麻を庇う様に、佐久間の前に 立ち塞がった。 「きょ・・・京一・・・・。」 突然現れた京一に、佐久間と取り巻きの連中は驚いて、一歩後ろに下がる。 「よぉ、佐久間。あんまり卑怯な手を使うんじゃねーよ。」 不敵な笑みを浮かべて一歩前に進む京一に、佐久間達は圧倒され、数歩退いた。 「う・・・うるせぇー!いいから二人まとめて殺っちまえ!!」 佐久間の言葉に、取り巻きの連中は我に返ると、慌てて京一と龍麻の周りを 取り囲んだ。 「どうして、悪役ってのは、こうもパターン通りなんだ?緋勇、俺の側から離れる んじゃねーぜ。」 ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、京一は龍麻を振り返ったが、次の瞬間 驚きに目を見張る。 “こ・・・こいつ・・・笑ってやがる・・・・・。” 龍麻はゆっくりとした動作で京一と背中合わせになると、まるで天気の話をするか のように、気軽な声で話し掛けてきた。 「蓬莱寺はそっちを。俺はこっちを片付ける。」 その一言で、京一は龍麻が武術をやっていることを思い出した。 “へへっ。お手並み拝見といきますか・・・。” 京一はニヤリと笑うと、目の前の敵を見据えた。 「行くぜ!!」 京一の合図で、龍麻は思いっきり大地を蹴った。 |