素直なままで

 

               第4話

 


           「醍醐君!!大変なの!!」
           レスリング部の部室に、飛び込んだ美里葵は、一人でリング中央で
           自主トレを行っている、醍醐雄矢を一目見るなり、一気に捲くし立てた。
           「醍醐君!私と一緒に来て頂戴!!」
           「どうした?美里。そんなに慌てて。」
           対する醍醐は、当たり前のことだが、至って暢気に美里に声をかけた。
           「もう!そんなに落ち着いてる場合じゃないのよ!!わかっているの!!」
           「そう言われてもな・・・・。俺にもわかるように説明してくれないか?」
           至極当然な醍醐の問いに、美里はピクリとその形の良い眉を顰めた。
           “冗談ではないわ!早く行かないと、折角の私の計画が・・・・。”
           「醍醐君、話は道々話すから、とにかく急いでくれないかしら。」
           「し・・・しかし・・・・。」
           まだぐずぐずしている醍醐に、美里の怒りは頂点に達する。 
           「・・・・・醍醐君。」 
           美里はニッコリと微笑む。途端、醍醐の背筋が寒くなる。
           「黙ってついてくれば、部費10%UP。そうでなければ・・・・。」
           「そ・・・そうでなければ・・・・?」
           ごくりと唾を飲み込む醍醐。恐怖に引きつる醍醐に向かって、美里は
           ますます凶悪な笑みを浮かべながら、言葉を繋げた。
           「レスリング部は、即刻廃部!」
           「行く!行かせていただきます!!」
           即答する醍醐に、美里は満足そうに微笑むと、くるりと踵を返し、
           部室を飛び出した。慌ててその後を追う醍醐。所詮、一般生徒が生徒会長に
           敵うはずがないのである。


           さて、醍醐をお供に、葵が現場に到着すると、龍麻が最後の一人を倒した所だった。
           “龍麻・・・なんて綺麗なの!!”
           敵を倒した時の龍麻の華麗な動きに、美里はうっとりと見惚れた。
           「彼は、誰だ?」
           醍醐の問いに、美里はハッと我に返ると、慌てて説明をした。
           「今朝、うちのクラスに転校してきた、緋勇龍麻君よ。」
           「緋勇・・・・龍麻か・・・・・。」
           視線を龍麻から離さない醍醐に気付いた、美里は内心焦り出す。
           「ま・・・まさか・・・・。醍醐君まで、龍麻の事を・・・・・。いや!そんなの絶対に
           許さないわ!!」
           「しかし・・・。」
           言いよどむ醍醐に、美里は更に睨みつけた。
           「・・・・許さないわよ・・・・。」
           地獄の底から這い出たような低い声に、醍醐は思わず数歩下がる。
           「し・・・しかし、武人として、奴と手合わせしたい・・・。」
           “手合わせ!?”
           意外な言葉に、美里から殺気が消える。それに気付き、漸く醍醐は本来の
           自分のペースを取り戻す。
           「奴はどうやら武術を習っているようだな。ああいう強い男を見ると、無性に
           戦いたくなる。よし、奴に交渉してくるか。」
           一人でさっさと決めると、醍醐は龍麻の方へと歩き出した。その後姿を葵は
           茫然と見送った。
           “なぁんだ。私ったらてっきり・・・・。そうよね。そんな事ある訳ないわよね。”
           恋する乙女は、些細なことにも反応してしまうらしい。自分の勘違いに、葵は
           くすくす笑い出した。しかし彼女にとって笑えない状態が、既に起こっている
           ことにまだ気がついていなかった。




           「蓬莱寺。一緒に戦ってくれてありがとう。」
           龍麻は、最後の一人を倒すと、右手を京一に差し出した。
           「へへっ。いいってことよ。それにしても、お前強いんだな。」
           京一は龍麻の手を握り返しながら、ニヤリと笑う。
           「そうでもないさ。それより、蓬莱寺の方がすごい。俺、一緒に戦えて
           良かった。」
           微笑みながら言う龍麻に、京一は失神一歩手前までいく。
           “かーっ、可愛い。可愛いぜ!龍麻!!”
           「あ・・・あのよぉ、ひ・・・緋勇・・・。」
           京一の言葉に、龍麻はにっこりと笑った。
           「“龍麻”でいいよ。緋勇って言いづらいだろ。」
           龍麻の思ってもいない言葉に、京一はまさに天にも昇る気持ちになった。
           “龍麻だってぇ!それって、親密度大幅にUPってことじゃん!やったぜ!!”
           「じゃ・・じゃあ、俺の事も“京一”って呼んでくれよ。」
           勢い込んで言う京一に、龍麻は大きく頷いた。
           「わかった。京一。」
           “やったぜ!これで第1段階クリアーだぜ!!”
           既に京一の頭の中では、第2段階のいかに友情から恋愛感情に発展させて
           いくかという計画が、物凄いスピードで立てられていた。
           「・・・レスリング部の連中が迷惑をかけて済まない。」
           突然かけられた声に、龍麻と京一はさっと身構える。だが、醍醐の姿を認めた
           途端、京一は警戒を解いた。
           「なんだ。醍醐かよ。」
           “ちっ、折角の二人っきりの時間を邪魔しやがって・・・。”
           「今日はどうしてたんだよ。全然授業に出なかったじゃねぇか。」
           京一の言葉に、醍醐は視線を龍麻に外さないまま答えた。
           「部室で自主トレをしていた。」
           「おい・・・・醍醐?」
           流石に醍醐の様子がおかしいと感じた京一は、訝しげに尋ねる。
           だが、そんな京一を無視すると、つかつかと龍麻の前に立ち、じっとその顔を
           見つめた。
           「同じクラスの醍醐雄矢だ。部員が失礼をして済まなかった。」
           そう言うと、醍醐は頭を下げる。
           「いや、気にしていない。今日転校して来た緋勇龍麻だ。これから宜しく頼む。」
           そう言って右手を差し出す龍麻に、醍醐は顔を上げると、屈託のない笑顔を見せた。
           「そう言ってもらえて助かる。」
           醍醐は龍麻の手を握り返す。
           「ところで、緋勇。俺に付き合ってくれないか?」
           「な・・・なんだとう!!」
           驚いて声を張り上げる京一だが、言われた本人の龍麻はにっこりと微笑み
           ながら頷いた。
           「いいよ。」
           「おい、龍麻!!」
           慌てる京一を無視すると、龍麻は不敵な笑みを浮かべて、醍醐を見つめた。
           “二人目の<仲間>かどうか、見極めてやる・・・・・”
           醍醐も龍麻の挑発的笑みに気付き、ニヤリと笑うのだった・・・・。