「ちょっと待ったー!!」 見つめあう醍醐と龍麻の間に、慌てて京一が割って入る。 「京一?どうかしたのか?」 龍麻を背で庇う形で二人の間に入った京一は、龍麻の訝しげな問いかけ には答えず、キッと醍醐を睨みつけた。 「醍醐・・・。どういうことだ?」 「どう・・・とは?」 一体、京一は何に対して怒っているのか、さっぱり分からない醍醐は、 首を捻る。 「・・・・付き合うってことだよ!!」 怒りを含んだ京一の叫びに、醍醐は暢気にポンと手を打つと、笑いながら 京一の肩をバシバシ叩いた。 「なんだ。京一も、緋勇と手合わせしたいのか?」 「はぁ?」 思ってもみなかった醍醐の言葉に、京一は間抜けな声を出す。 「だがな・・・・。緋勇は素手だろう?お前とでは、あまりにも不公平過ぎや しないか?お前も素手で戦うというのなら、話は別が・・・。」 うーんと両腕を組み、唸っている醍醐に、京一はアハハハと、力なく笑った。 「あ・・・そうか・・・手合わせに付き合えってか・・・・ハハハハハハ・・・。」 “俺はてっきり、龍麻に愛の告白でもしたのかと思ったぜ・・・。” 「なんだと思ったんだ?」 醍醐のするどいツッコミに、京一の笑みが固まる。 「え・・・・と・・・・。」 必死で誤魔化そうとする京一に、救いの女神が現れた。いや、ずっといたの だが、誰にも気付いてもらえないので、自ら出てきたという表現の方が正しい。 さらに付け加えるならば、救いの女神なんて高尚なものではなく、真神学園を 支配している、生徒会長の美里葵が痺れを切らして話しかけたのだった。 「緋勇君!大丈夫!!」 両手を胸の前で組み、心配そうな顔をしている美里は、一見聖女そのもの。 だが、付き合いの長い者には、その姿はどこか芝居染みた姿に見える。 そんな事は、今日転校して来たばかりの龍麻に判るはずもなく、なんでここに 美里がいるのか、素直に驚いていた。 「美里さん・・・。どうして・・・・。」 「美里に感謝するんだな。佐久間との1件を俺に知らせてくれたのは、 美里なんだ。」 醍醐の言葉に、龍麻は素直に感謝の笑みを浮かべる。 「そうだったのか・・・。心配かけて済まない。」 「そんな・・・私はただ・・・。」 “うふふふ。醍醐君、ナイスフォロー!部費10%UPしてあげるわ!” 「あの・・・緋勇君・・・。そろそろ・・・・。」 美里の言葉を、京一は遮ると、さり気なく龍麻の肩に腕を回した。 「なぁ、龍麻!そろそろ帰んねぇか?何時までもここにいても仕方ねぇだろ? じゃな、醍醐に美里!」 “ちっ、折角緋勇君といい雰囲気だったのに!!京一君ったら!それに、 龍麻ですってぇ!この私でさえまだ緋勇君止まりなのに!!おまけに、緋勇君に 馴れ馴れしいのよね!その腕は何?その腕は!!” ギロリと京一を睨みつける美里を、京一は無視すると、そのまま龍麻を伴って 歩きだす。その二人の後姿に、醍醐は大きな声で声を掛ける。 「おい、明日の放課後、レスリングの部室で、手合わせするぞ!」 振り返って、会釈する龍麻の姿に、醍醐は満足そうに微笑む。 「さて、練習!練習!!」 嬉々としてその場を立ち去る醍醐の背に向かって、美里の絶叫が響き渡る。 「ちょ・・・ちょっと!後始末は誰がするのよ!!」 美里の足元には、京一と龍麻が倒した不良たちが、倒れていた。 「・・・・と言う訳なのよ。」 生徒会室の中。生徒会長の椅子に深深と座る美里の前には、 新聞部部長のアン子こと、遠野杏子の姿があった。美里が生徒会室に 戻る途中、偶然出会い、そのまま生徒会室に連行されたのだ。 「で、佐久間達はその後どうしたの?」 アン子の問いに、美里は、くすりと笑う。 「いやあねぇ。アン子ちゃん。か弱い私が男子生徒を運べる訳ないじゃない。」 「・・・・見捨ててきたのね・・・。」 「嫌だわ。人聞きの悪い。それにしても・・・・。」 美里は溜息をつく。 「計画としては、悪くなかったのよね。佐久間君の前でわざと緋勇君を誉めれば、 絶対に緋勇君に危害を加えようとするでしょう?そこへ醍醐君を連れて、 緋勇君を助ければ、一気にラブラブになれると思ったのに・・・・。緋勇君が あんなに強いなんて、計算外だったわ・・・。」 またもや溜息をつく美里に、興味深々の顔をしたアン子が尋ねる。 「そんなに、強いの?」 その時のことを思い出したのか、美里はうっとりとした顔になる。 「強い・・・なんてものじゃないわ・・・。一つ一つの動作がすっごく綺麗で・・・・。 もう言葉じゃ言い表せないくらいにカッコいいんだから!!アン子ちゃんにも、 是非見せたかったわ!!」 そんな美里の様子に、アン子は思いっきり悔しがる。 「くーっ!そんなオイシイ場面を見逃すなんて!!悔しい!悔しい!」 「まぁ、まぁ、そのうち見れるわよ。」 美里に宥められて、アン子は少し落ち着きを取り戻す。 「そうか・・・。緋勇君ってそんなに強いのか・・・。美形でその上、強いなんて、 まさに女の子の憧れ、王子様を地で行く人なのね・・・。」 アン子の言葉に、美里はピクリと反応する。 「それだわ!!」 突然の美里の叫び声に、アン子は目をパチクリさせる。 「・・・何が、それだわ!!なの・・・?」 「うふふふふ・・・・。アン子ちゃん、私今ナイスアイディーアが浮かんだの!! アン子ちゃんのおかげよ!!」 アン子の手を取って、眼を輝かせている美里に、アン子は訳が判らず茫然としている。 「勿論、手伝ってくれるわよね!アン子ちゃん。」 「私が・・・?」 美里は不敵な笑みを浮かべる。 「この計画がうまくいけば、緋勇君の戦う姿が、生で見れるわよ。」 「やる!やらせてもらうわよ!美里ちゃん!!」 即答するアン子に、美里は満足げに微笑み。 「うふふふ。私達、お友達ですものね・・・・。」 「当然よ!!」 生徒会室から、魔女達の笑い声が、いつまでも響き渡っていた。 「クシュン。」 「風邪か?龍麻?」 くしゃみをした龍麻の顔を、隣を歩いている京一が、心配そうに覗き込む。 「う・・・ん・・・。違うと思うけど・・・・。」 「そうか?風邪っていうのは、ひき始めが肝心なんだと。気をつけろよ、 龍麻。」 「あぁ、ありがとう。京一。」 にっこりと微笑む龍麻に、京一はその場に押し倒しそうになる。 “くーっ、なんて可愛いんだ!龍麻!!今すぐ押し倒してぇ・・・。” だが、いくらなんでも、そんな事をするわけにはいかない。折角友達に なれたのだ。焦って絶交を言い渡される事は避けなければならない。 京一は深呼吸をすると、話題を逸らした。 「とにかく、今日は暖かくして早く寝ろ。お袋さんに言って、風邪薬でも・・・。」 「言ってなかったけ?俺、今一人暮らしなんだ。」 その言葉に、京一は立ち止まった。 「えっ?だって、親の仕事の都合でって・・・・。」 確かにHRの時、そう紹介されたはずだ。 「う・・・ん。ちょっと理由があって・・・。」 その件にはあまり触れて欲しくないのか、龍麻は弱弱しく微笑んだ。 その顔が、あまりにも哀しそうだったので、京一は、思わず龍麻を 抱き締めた。 「きょ・・・京一?」 「あのよぉ、今日会ったばっかだけど、俺、お前のこと親友だと思って いる。だから、何か困った事があれば、俺にだけは絶対に言ってくれ。 いいな。」 京一の言葉に、龍麻はにっこりと微笑む。 「ありがとう・・・。京一・・・・。」 「いいってことよ。」 そこで、京一は龍麻を抱き締めている今の状況に気付き、思考が 固まった。 “し・・・しまった!思わず抱き締めてしまった!” 恐る恐る京一は龍麻から離れると、じっと龍麻の様子を覗う。だが、 龍麻は別に怒った様子はない。ほっと胸を撫で下ろす京一だった。 “ふーっ、危ねぇ。もう少し慎重に事を運ばねぇと・・・。” 「じゃあ、俺こっちだから。」 二又に別れた交差点で、龍麻は左の方を指す。残念な事に、 京一は右へ行くのだ。 “あぁ・・・ここでお別れかぁ・・・・。” がっくし肩を落とす京一に、龍麻は、ニコニコと右手を差し出す。 「じゃあ、京一、今日は一緒に戦ってくれてありがとう。また、明日。」 ニヤリと笑って、京一も龍麻の手を握り返す。 「いいってことよ。じゃあ、明日。」 そして、二人はそれぞれの方向へ歩き出す。だが、龍麻は数歩 行きかけて、くるりと京一の方を向いた。 「京一!」 その声に、京一は振り返る。 「どうした?龍麻。」 「今度うちに遊びに来いよ!じゃあな!」 そういうと、龍麻は走り出した。その後姿を茫然と見送っていたが、 やがて龍麻の姿が完全に消えると、京一は絶叫した。 「やったぜー!!」 “これで、龍麻は俺のもの!!” だが、京一の幸せな気分はそう長くは続かなかった。その事に 気がつくのは、もう少し先の事である。 |