素直なままで

 

                  第6話




            “ちっ、何でこんな事になっちまったんだ?”
            京一は、目の前の楽しそうな3人組、取り分け、龍麻の両隣をキープしている
            醍醐雄矢と桜井小蒔の背中を思いきり睨みつけた。
            担任のマリアに呼び出された龍麻を、チャンスとばかりに校門で待っていた
            京一だったが、何故か醍醐や小蒔までが一緒にラーメンを食べるはめに
            なってしまい、内心怒りを隠しきれない。
            “俺は、龍麻と2人っきりでラーメン食って、その後理由をつけて、龍麻の家に
            遊びに行こうと思っていたのに・・・・。”
            うまくすれば、泊まれたかもしれない、千載一遇のチャンスを、醍醐と桜井は
            ものの見事に粉砕してくれた。普段は部活部活と煩いくせに、なんで今日に
            限って、部活を休むんだ?お前ら!!
            「折角の俺の計画が・・・・。」
            「計画?」
            聞きなれた声に、京一はハッと我に返ると、龍麻が京一の顔を覗き込んでいた。
            「うわぁあ!」
            「京一・・・・。何か予定でもあったのか?」
            悲しそうな龍麻の顔に、京一は思いきり首を横に振った。
            「違うって!用事なんてないぜ!!」
            力説する京一に、龍麻はふわりと花が綻ぶように笑った。
            “う・・・鼻血が出そうだぜ。なんて、可愛いんだ!龍麻!!”
            「良かった。いきなり立ち止まるから、どうしたのかと心配になったんだけど・・・・。」
            ふと前方を見ると、遥か向こうに醍醐と小蒔が立っていた。
            “やっぱ、龍麻は優しいぜ。俺の為にわざわざ戻ってきてくれたのか!!”
            ジーンと感動している京一に、醍醐が向こうの方で叫んでいる。
            「おーい。何してんだ!置いていくぞ!!」
            「ごめんなー!今行くから。さぁ、京一!!」
            醍醐に手を振ると、龍麻はくるりと振り返り、京一に手を差し出した。
            京一はその意味が掴みきれず、差し出された手と龍麻の顔を交互に見つめる。
            その視線の意味に気がつき、龍麻は慌てて手を引っ込めた。
            「ご・・・ごめん。小さい子じゃないんだから、手をつなぐ必要なんてないんだよな。」
            真っ赤な顔で弁解する龍麻に、京一はニヤリと笑うと龍麻の手を取り、醍醐達が
            待っている方へと歩き出した。
            「へへっ。心配かけて済まなかったな。龍麻。」
            「・・・・京一・・・・。」


            「ねぇ、醍醐君、ボク、京一が男の子と、ニコニコ嬉しそうな顔で手を繋ぐって
            いうの、初めて見たよ・・・・。」
            「あぁ・・・・。」
            醍醐は腕を組みながら、頷く。
            「・・・・。」
            「・・・・。」
            その光景を、どうコメントしたら良いのか判らず、醍醐と小蒔は京一達が
            追いつくまで、暫く無言で佇んでいた。


            「やっぱ、ここのラーメンは日本一だよなっ!龍麻!!」
            真神学園の生徒にご用達のラーメン屋「王華」。
            カウンターの奥から順に、龍麻、京一、醍醐、小蒔が座っている。龍麻の隣を
            一人キープ出来た京一は、先程とは打って変わって、ご機嫌である。一人
            ハイテンションな京一に、少々呆れ顔の醍醐と小蒔は、お互い顔を見合わせて、
            コソコソと話している。
            「ちょっと、何?京一のあの態度。さっきと態度、違くない?」
            「まぁ・・・そうだな・・・。何か悪いものでも食べたか?」
            「何2人でコソコソ話してんだ?」
            自分の事を話されると、誰でも地獄耳になるらしい。睨んでいる京一に、
            2人は慌てて誤魔化した。
            「別に。何も話してないよ。ねっ、醍醐君。」
            「あぁ。桜井の言う通りだ。もう食べ終わったんなら、そろそろ店を出るか・・・・。」
            “このまま京一を置いておくと、営業妨害だしな。”
            そう言って立ち上がりかけた醍醐を、意外にも引き止めたのは、小蒔だった。
            「ちょ・・・ちょっと待って。ボク、まだ食べ終わってないよ。」
            「何だって?もう食べ終わっているじゃねぇか。」
            小蒔のどんぶりを覗き込んだ京一を、小蒔は睨む。
            「うっさいなぁ。ボクは最後の1滴まで、味わう主義なんだよ。」
            そう言って、殊更遅くスープを飲みながら、ちらりと店内にある時計を見る。
            “ったく・・・。アン子ったら、遅いよ。折角の計画が・・・。”
            そう、小蒔がラーメン屋に同行したのは、何もラーメンが食べたかったから
            ではなかった。これも全て美里葵の計画の一つだったのである。
            話は、放課後の生徒会室にまで遡る。
            生徒会室には、他の役員の姿はなく、生徒会長の葵、その親友の小蒔、
            そして、新聞部部長のアン子の3人だけであった。
            「ええっ!ボクが緋勇君を見張っているの!!」
            生徒会室内に小蒔の大音響が響き渡る。
            「まぁ、嫌だわ。小蒔ったら。人聞きの悪い。」
            生徒会室の主、美里葵は口元に片手を添えて、上品に笑う。
            「だって、この計画では、緋勇君が家に帰っちゃったら、全部水の泡なのよ!」
            アン子の言葉に、小蒔は嫌そうな顔をした。
            「でも・・・・。」
            「桜井ちゃん、美里ちゃんの親友でしょ。美里ちゃんの恋の成就の為に、
            協力してくれないの?」
            「そりゃあ、もちろん、協力は惜しまないよ。」
            小蒔の言葉に、美里は嬉しそうに微笑んだ。
            「うふふふ。(菩薩笑い)ありがとう。小蒔。前回の不良に絡まれて怪我を
            した緋勇君を介抱して、一気にラブラブになる、ナイチンゲール作戦は失敗に
            終わっちゃったけど、今度の作戦は、自信作よ!!」
            そう言って二人の前にレポート用紙を置く。
            「題して、「眠りの森の美女」作戦!!旧校舎で行方不明になった私を、
            緋勇君が危険を顧みず、救いに来てくれるの。そして、倒れている私に
            緋勇君が・・・・。嫌だ、葵、恥かしい!!」
            一人真っ赤になって、葵は机をバンバン叩く。そんな葵の様子に、小蒔は
            そっと耳打ちした。
            「ねぇ、本当にこの計画で大丈夫だと思う?」
            「・・・さぁ。まっ。私としては、旧校舎の取材の他に、緋勇君も取材できるから、
            いいんだけどね。」
            うまくすれば、スクープになるかも・・・。ふふふふと不気味に笑うアン子に、
            小蒔は、本気で2人の友人をやめたくなった。


            “ったく、遅い。遅い。遅い。もう、緋勇君が帰っちゃっても、ボクのせいじゃない
            からね。これ以上、引き止めてられないよ・・・。”
            無情にも、1滴残らずスープを飲み干した小蒔は、ゆっくりと席を立つ。既に会計を
            済ませた龍麻達は、もう店を出ようとした、まさにその時、待ち人、アン子が息を
            切らせながら、店に飛び込んできた。
            「た・・・大変よ〜!!」
            “やっと、来た!”
            ほっと安堵の息を漏らしそうになった事に気がつき、小蒔は慌てて表情を引き締めた。
            そして、さも驚いたふうを装い、アン子に話しかけた。
            「そんなに慌てて、どうしたの?アン子。」
            「大変なのよ!!旧校舎の取材をしてたら、いきなり美里ちゃんの姿が青白く光ったと
            思ったら、次の瞬間消えちゃったのよ!!」
            一気に捲くし立てるように言うと、アン子は龍麻の手を取った。
            「お願い。緋勇君。美里ちゃんを助けて!!」
            「・・・判った。京一、醍醐、行こう!!」
            龍麻はそう言うと、学校に向かって走り出した。その後を、慌てて京一と醍醐が追う。
            そんな三人の後姿を眺めながら、小蒔はアン子に食ってかかった。
            「ったく、遅かったじゃないか。何やってたのさ!」
            「だって、美里ちゃんったら、一番綺麗な倒れ方っていうのが、なかなか決まらないって
            いうんだもの・・・・。そんなことより、早く追いかけるわよ!!折角のスクープがっ!!」
            アン子は、そう言うと、水を得た魚のように、生き生きとした瞳でカメラ片手に3人を
            追いかけた。
            「もう、待ってよ〜。」
            これからの事を知っているだけに、龍麻に同情を多少していた小蒔だったが、やはり
            好奇心は押さえられず、嬉々としてみんなの後を追いかけた。



            「いた、葵だ!!」
            旧校舎内。予め決めていた、美里が倒れている教室に、龍麻達をさり気なく誘導
            することに成功した、小蒔とアン子は、嬉しさを隠しきれない。
            “えっと、ここで計画だと、緋勇君が葵を抱き起こすんだよね。”
            だが、実際には一向に龍麻が葵を抱き起こそうとはしない。焦れた小蒔は、
            龍麻に声をかける。
            「緋勇君、葵を起こしてあげて・・・・緋勇君?」
            振り返ると、龍麻は教室の後ろの暗闇を凝視して動こうとしない。
            「緋勇君?」
            訝しげに龍麻の名前を呼ぶと、龍麻は目を暗闇から離さず、小蒔とアン子に
            声をかける。
            「桜井、遠野。美里を連れて、ここから、一刻も早く出るんだ。」
            突然の龍麻の言葉に、驚いて小蒔とアン子は顔を見合す。どうしよう。こんな事は
            計算外だ。ちらりと葵の様子を見るが、相変わらず倒れたままだ。
            “ちょ・・・ちょっとぉ・・・・。どうすればいいのよ・・・。”
            「桜井!!遠野!!」
            龍麻の怒鳴り声に、小蒔とアン子は反射的に葵を両脇から支えると、教室から
            出て行く。それが合図かのように、教室の後ろの闇から、数十匹の蝙蝠が一匹、
            また一匹と這い出てきた。
            「こりゃあまた・・・。」
            京一は不敵な笑みを浮かべて龍麻と背中合わせに立つ。
            「醍醐は中央を。京一は左。俺は右だ。」
            龍麻の言葉に、2人は無言で頷くと、蝙蝠の群れの中に飛び込んでいった。


            「あぶねぇ!龍麻!!」
            背後からの蝙蝠の攻撃から、龍麻を守ろうと、京一は龍麻を抱え込んで横に
            飛んだ。
            「大丈夫かっ!!龍麻!!」
            腕の中の龍麻に、京一は安否を尋ねる。
            「あぁ。大丈夫。ありがとう、京一。」
            「そうか!良かった!!」
            ほっとして笑う京一の顔を一目見た龍麻は、身体の中を、まるで電流が
            駆け抜けたかのような衝撃を味わう。と、同時に鼓動が激しくなる。
            “な・・・何で、俺こんなにドキドキしてんだ?”
            「?龍麻?どうした?」
            龍麻の肩に触れようとした京一の手を、龍麻は反射的に叩いた。
            「た・・・龍麻・・・。」
            驚きに目を見張る京一に、ハッと我に返った龍麻は、京一から目をそらせると、
            そそくさと立ち上がった。
            「だ・・・大丈夫だから・・・。それよりも、醍醐一人じゃ苦戦する。
            そろそろ戦闘に戻ろう。」 
            何か言いたそうな京一をその場に残し、龍麻は醍醐の元に駆け寄ると、
            襲ってくる蝙蝠達を片っ端から倒していく。
            “俺・・・一体どうしちゃったんだろう・・・・。”
            生まれて初めての感情に、龍麻は訳が判らず、ただ目の前の敵を倒すことに、
            神経を集中させた。