「ふう。」 櫻の樹の下、龍麻は降り注がれる櫻の花片をじっと見つめる。 “何だろう・・・・。以前にも、これと似たようなことが、あったような・・・・。” 「よう、緋勇。早いな。」 背後からかけられた言葉に、龍麻はゆっくりと振り返る。だが、そこに立って いる醍醐の姿を一目見た途端、龍麻は内心がっかりした。 “違う、・・・・じゃない・・・・。” 次の瞬間、ハッと我に返る。今、自分は何を考えていた? 「どうした?緋勇。」 そんな龍麻の様子に気付き、醍醐は訝しげに尋ねる。 「い・・・いや、何でもない。それにしても、みんな遅いな・・・。」 龍麻の言葉に、醍醐は頷いた。 「全くだ。緋勇の歓迎会を兼ねた花見だというのに、主役をこんなに待たせて しまって、済まなかったな。」 律儀に頭を下げる醍醐に、龍麻はクスリと笑う。 「やだなぁ。醍醐が謝ることじゃないだろ?それに約束の時間まで、まだあと 五分はある訳だし・・・・。」 「・・・・あのな、緋勇・・・。」 改まった口調の醍醐に、龍麻は首を傾げる。 「どうした?醍醐。」 「いや・・・、こんなこと言って、気を悪くするかもしれないんだが・・・。どうも、 気になってな・・・・。」 珍しく歯切れの悪い醍醐に、龍麻はきょとんとなる。 「気になること?」 「あぁ・・・。その・・・お前と京一の事なんだが・・・。」 “京一!” 京一の名前に、龍麻は動揺したように、視線を醍醐から逸らせた。そんな龍麻の 態度に、醍醐は気遣うように、言葉を選びながら話を続けた。 「その・・・俺の目には、お前らの態度が、どうもぎこちなく感じるんだ。なんというか、 その・・・・避けているような・・・。」 “だって・・・・、そんな事、俺にだってわかんないよ。なんでこんなことになった のかなんて・・・・。” 龍麻は途方に暮れてますます俯いた。 旧校舎以来、龍麻は京一を避けるようになった。仲間内でワイワイやっている分なら、 問題はないのだが、ふとした拍子に手が触ったとか、声を聞いたとか、そんな何でも ないことに、龍麻の心拍数が異常に上がるようになったのである。もっと始末の おえないことに、京一の姿が視界から外れると、不安になって、妙に落ち着かなく なるのである。 “俺、一体どうしちゃったんだろう・・・。もしかして、悪い病気なんだろうか・・・・。俺の 家系で心臓が弱い人いたっけ・・・・?” 龍麻はゆっくりと傍らの醍醐を見上げた。 “醍醐となら、なんともないのに・・・・。” 「緋勇、俺ばかり見てないで、櫻を見ろ。」 「櫻・・・?」 醍醐の言葉に、素直に櫻を見上げる。 “櫻・・・・。何だろう。ひどく懐かしいような、悲しいような・・・・。” そのまま、自分の世界に入っていきそうになるのを、醍醐の声で何とか踏み 留まった。 「緋勇?」 龍麻は夢から醒めたように、瞬きを2・3度繰り返すと、じっと醍醐の顔を見つめた。 「・・・・心配してくれてありがとう。醍醐・・・・。京一の事は、もう少し時間をくれない か?俺自身どうしたらいいかわかんないし。ただ、これだけははっきり言っておく。 別に俺達喧嘩しているとか、そんなんじゃないから・・・・。」 その言葉に、醍醐は苦笑しながら、龍麻の肩を優しく叩いた。 「・・・・わかった。もう何も聞かん。ただ、もしどうしても困ったことがあったら、 遠慮なく俺に言ってくれ。俺はお前達2人と親友だと思っているのだからな。」 醍醐の言葉に、龍麻はただ静かに微笑んだ。 「ちっくしょう!一体、何だって言うんだ!!」 先ほどからずっと、京一は龍麻と醍醐の様子を、櫻の樹の影に隠れて覗っており、 2人の間に流れる、ラブラブムードに、怒りを隠しきれない。 「龍麻〜!そんな格闘技オタクのどこがいいんだ〜。」 仮にも親友を捕まえて、京一はそんな事を言う。 「こんなことなら、さっさと龍麻に声をかけりゃあ、良かった。」 実は、京一は一番始めに待ち合わせの場所にやって来ていたのだが、最近、 龍麻に避けられているせいもあり、なかなか声をかけられなくって、うろうろしていた 所、醍醐に先を越されたのである。 「よし、こうなったら、この花見で俺の魅力を龍麻にアピールしてやるぜ!!」 決意を新たに、京一は気合充分に、龍麻が待つ待ち合わせ場所に向かって、 一歩足を踏み出した。 “みんなと一緒にいると、そうでもないんだよな・・・。” 龍麻はチラリと目の前に座っている京一を見る。 “うん。大丈夫だ。この調子なら、完治も夢じゃない!!” そんな事を龍麻が思っていることなど、露知らない京一は、チラリと龍麻を盗み 見た。 “龍麻・・・・。さっきから、醍醐の事ばかり見てやがる・・・。よし、こうなったら・・・・。” 京一は、自分の隣に座っている醍醐に、そっと耳打ちした。 「よぉ、醍醐、そんなに櫻の樹の近くに座って大丈夫か?」 「?何の事だ?京一。」 突然こいつは何を言い出すのだろうと、醍醐は不信も露な瞳を京一に向ける。 そんな醍醐に、京一は人の悪い笑みを浮かべる。 「なんだ、知らねぇのかよ。櫻の樹の下には、死体が埋まっているんだぜ。 お前みたいな奴は、真先に取り込まれてしまうんじゃねーの?」 コンマ1秒の早さで、醍醐の姿が忽然と消える。 “ふう。邪魔者は去ったな・・・・。” チラリと龍麻の方を振り返ると、いきなり目が合ってしまい、龍麻はフイッと横を 向いてしまった。 “ちょ・・・、今思いっきり京一と目があった・・・。” ドキドキする心臓を、龍麻はなんとか平常に戻そうと、呼吸を整える為に、横を 向いのだが、京一には、そんな風には見えなかった。 “龍麻・・・。そんなに俺の事が嫌いなのか?” しゅんとなる京一だったが、次の瞬間、思い直した。 “いや、諦めたら駄目だ!第一、醍醐が良くって、俺が駄目な理由ってのは 何だ?” うーんと、京一は考え込む。 “そうか!判ったぞ!!” 京一は、着ていた上着を脱ぎ捨てる。まだ寒いこの季節、上半身裸はかなり キツイが、これも龍麻への愛の為。京一の身体から、気迫のオーラが辺り 一面に華麗に舞う。 “きっと、龍麻は筋肉質ってのに、弱いんだ!!俺だって、筋肉ぐらいちゃんと ついてんだぜ!見てくれ、龍麻!!” 「ちょっと、やだ京一!何やってんのよ。みっともない。」 アン子が、お腹を抱えて笑いながら、京一の背中をバシバシ思いきり叩く。 おかげで京一の背中には、アン子の手形がくっきりと赤く浮かび上がる。 “いってぇ〜!アン子、あとで覚えておけよ!” だが、よくよく考えてみれば、自分の行動は周りには、変に映っただろう。 他の連中はどうでもいいが、最愛の龍麻に、これ以上嫌われたくない。 で、苦しい言い訳を口にする。 「アン子達に色気ってものがねぇから、代わりに俺がこの場を和ませよう とだな・・・・。」 だが、京一の言い訳は、女性陣の笑い声にかき消されてしまった。 「京一君って、面白いわね。ねぇ。緋勇君・・・・。緋勇君?」 クスクス笑いながら、葵は、龍麻の振り返ったが、何故かそこに龍麻の 姿はなかった。 “まさか・・・。醍醐の所に行ったのか?” 龍麻の姿がないのに気がついた京一は、手早く服を着ると、慌ててその 場から飛び出して行った。 “龍麻・・・。何処に行ったんだ!” 櫻の樹の下に陣取った、数多くの人間。こんなに多くの人間がいるのに、 想い人だけが見つからない。京一は内心焦りながら、器用に人を避けながら、 全力で走り去って行った。 ふと前方に、立派な櫻の樹が目に飛び込んでくる。どの櫻よりも綺麗に咲いている のに、何故か陣取るべき宴会の人間も、立ち止まる人間もいない。そこだけ空間が 切り取られたかのように、静寂な空気に包まれていた。 “幽玄の美・・・・。” 思わず息をするのを忘れるほど、幻想的な光景に、京一はただ見惚れて立ち尽くす。 ふと、櫻の樹の下に、誰から立っていることに気がついた。 「龍麻・・・か?」 恐る恐る声を掛ける京一に、その人物はゆっくりと振り返る。 “あれ・・・?前にもこれと同じような状況がなかったか?” 振りかえった人物が龍麻である安堵感よりも、京一は既視感に、心が強く捕らわれて いた。そして、何かに誘われるかのように、ゆっくりと京一は龍麻に近付く。 龍麻の方も、ただ静かに京一を見つめる。 「龍麻・・・・。」 「京一・・・・。」 おずおずと京一は、龍麻の頬に触れようと、右手を伸ばす。あと少しで触れられる、 そんな時、どこからか、凄まじい悲鳴が聞こえ、反射的に2人は悲鳴が上がった方を 見た。 その只ならぬ空気を、敏感に感じ取った2人は、頷き合うと悲鳴のした方向へと、 駆け出して行った。 |