素直なままで

                第8話

 

 


        「よぉ!龍麻!!一緒に帰ろうぜ!!」
        HRが終わった直後、京一は手早く帰り支度を終えると、嬉々として、
        龍麻に声をかける。だが、龍麻は振りかえらずに、黙々と帰り支度をしている。
        「龍麻?」
        京一が不信に思って、龍麻の肩に手を置こうとした瞬間、背後から醍醐が声を
        かける。
        「おい。龍麻。帰るぞ!!」
        途端、龍麻は、振り返ると、目の前にいる京一を無視して、京一の背後に立って
        いる醍醐に向かって微笑んだ。
        「あぁ。帰ろうぜ!雄矢。」
        龍麻は京一の前を素通りすると、醍醐の側に寄った。
        「ごめんな。待たせて。今日部活は?」
        「ん?あぁ、龍麻と帰りたくてな。・・・・・実はサボった。」
        そんな事を言いながら、2人、楽しそうに連れ立て歩いていく。
        「なっ・・・・龍麻・・・。」
        京一が慌てて2人の後を追おうとしたが、何故か身体が全く動かない。
        焦れば焦るほど、京一の身体は、底無し沼に沈むように、教室の床に沈み込んでいく。
        そうしているうちに、どんどん2人の姿が遠ざかる。
        “龍麻!行くな!!”
        「龍麻!!」
        自分の声で、ハッと我に返ると、唐突に見慣れた天井が目に飛び込んできた。
        京一は汗で濡れた髪をかるく掻き揚げると、ベットから身を起こした。 
        「良かった・・・・。夢か・・・。」
        はぁあああ・・・・。京一は深い溜息をついた。
        龍麻が自分以外の人間に微笑んでいるのもショックだったが、何よりも恐怖を覚えた
        のは、龍麻が自分を見ないことだった。
        「やっぱ・・・。俺、龍麻に嫌われているのかな・・・・。」
        ガックリと肩を落とす。花見の時も、結局訳のわからないモノに邪魔されて、龍麻と親密を
        深めるには至らなかった。いや、むしろ龍麻は醍醐と親密を深めたかのように、最近2人が
        一緒にいるのを良く見かけ、京一の心を傷つけた。
        「・・・なんで、醍醐なんだよ。俺の方が一番最初に一緒に戦ったじゃん。」
        京一は机の上に置いてある、アン子から1枚1000円で買い取った龍麻の写真を
        手に取ると、話しかけた。
        「だぁーっ!!クヨクヨすんのは、俺らしくねぇ。こうなったら。」
        京一は龍麻の写真を元通り机の上に置くと、愛用の木刀を手に取った。
        「幸い今日は日曜日だ。ストレス発散に、旧校舎に鍛錬に行くか。」
        本当は1人で降りるのは危険だと、龍麻に止められているのだが、この際、頭の隅に
        置くことにする。龍麻を守る為には、龍麻よりも強くならなければならいのだから。
        「よし!強くなった俺に、龍麻を惚れさせてみせるぜ!」
        気合を新たに京一は手早く身支度を整えると、木刀を掴み、部屋を飛び出して行った。


        「な・・・なんで・・・・?」
        「・・・・そりゃあ、こっちの台詞だ。なんで龍麻がここに、いるんだよぉ。」
        考えることは同じなのか。旧校舎の入り口で、京一はバッタリと龍麻と鉢合わせて
        しまった。
        “な・・・なんでよりにもよって京一が・・・。どうしよう。また症状が・・・・。”
        ドキドキする胸を押さえつつ、チラリと横目で京一を見る。
        「京一・・・。1人で旧校舎に降りるのは危険だと言ったはずだけど?」
        早くここから立ち去ってもらいたくって、龍麻はわざとつっけんどんに京一に言った。
        「・・・龍麻も人の事、言えるのか?俺がここにいなきゃ、1人で降りる気なんだろ?」
        「うっ・・・それは・・・・。」
        “だって・・・京一と一緒にいても大丈夫なように、精神を鍛える為にここに来た・・・
        なんて言えないし・・・・。”
        あれこれ考えを巡らせている龍麻に、京一はニヤリと笑うと、龍麻の腕を取って
        旧校舎の中に入って行った。
        「きょ・・・京一!!」
        「要するに、1人じゃなきゃ、いい訳だ。行くぞ!龍麻。」
        いきなり腕を取られた龍麻は、驚きのあまり失神寸前だった。
        “ど・・・・どうしよう!!俺の心臓の音、京一に聞かれて呆れられるかも・・・。”
        そう思った瞬間、心がズキリと痛んだ。
        “うっ・・・。痛い。やっぱ、俺、心臓病なのか?そうなのか?だから、こんなに胸が
        ドキドキしたり、苦しくなったり、痛んだりするのか?”
        もしそうなら、自分はいつ倒れても不思議じゃない。その上、ここは魑魅魍魎が跋扈する
        旧校舎。もし、自分が倒れたら、京一の身に危険が及ぶ。途端、龍麻は恐怖に震える。
        「龍麻?」
        繋いだ手から、龍麻の震えを感じた京一が振り返る。
        「・・・・京一。醍醐を呼んで来よう。やっぱ、2人だけじゃあ、何かあったとき・・・・。」
        龍麻は繋がれていない左手で、胸のポケットから携帯を取り出すと、醍醐に連絡を
        取ろうとしたが、ボタンを押す前に、京一に携帯を取られてしまッた。
        「京一!!」
        慌てて取り返そうとする龍麻の左手を器用に避けると、京一は握ったままの龍麻の
        右手を自分の方に引き寄せた。
        「うわぁっ。」
        いきなり引っ張られて、バランスを崩した龍麻は、そのまま京一の胸に倒れ込んだ。
        「きょ・・・京一!!」
        “ど・ど・ど・どうしよう!!心臓がバクバク言ってる!!”
        パニック状態の龍麻を、京一は優しく抱き締めると、その耳元で囁いた。
        「大丈夫だ。龍麻。お前の身は俺が必ず守る。」
        だから、二人で行こう。
        そう言って、京一は真剣な表情で龍麻を見つめた。
        暫く龍麻はじっと京一を見つめていたが、やがて、コクリと頷いた。
        途端、京一は嬉しそうに笑うと、そのまま龍麻の右手を繋いだまま、歩き出した。
        “なんで・・・京一に見つめられただけで、落ち着くことが出来たんだろう。”
        龍麻は、空いている左手で、そっと胸を押さえる。
        心臓は相変わらずドキドキしているが、それさえも心地好いと感じる心の変化に
        戸惑いながらも、いつまでもこの道が続くことを願っている自分に気づき、そっと
        笑みをこぼした。