「ひーちゃん。ちょっといいか?」 放課後、早々と帰り支度を始めた龍麻に、京一は声をかける。 「・・・・用がある。また明日にしてくれ・・・。」 だが、龍麻は俯いたまま、手早く荷物を纏めると、さっさと教室を出ようとするが、 その腕を京一が強く掴む。 「・・・離せよ。」 「嫌だね。」 俯いたままの、龍麻の顔を覗く込むように、京一は腰を屈めた瞬間、背中をドンと 押されて、そのまま床に倒れた。 「きょ・・・京一!!」 慌てて助け起そうとする龍麻の腕を、菩薩様がさり気なく自分の腕を絡ませた。 「うふふ。ごめんなさいね。緋勇君。生徒会が長引いちゃって・・・。待った?」 「・・・今、HPが終わったばかりだろ?」 首を傾げる龍麻に、葵は困ったような顔をした。 「・・・実は、緋勇君を見込んで、お願いがあるの・・・。」 「何?」 「実は・・・。最近鴉が人を襲うって事件が多発しているでしょう?それで、 私怖くって・・・・。」 「・・・気をつけて帰れよ。」 龍麻が何か言う前に、二人の間を復活した京一が、割って入った。 「龍麻は、今日用事があるんだってさ。なぁ、そうだろ?龍麻。」 京一の鋭い眼光に、龍麻は正視できずに俯く。 「まぁ。そうだったの・・・。」 しゅんとなる美里に、龍麻は慌てて言った。 「あっ、でも急ぎじゃないし、途中まで送るよ。」 「本当!!」 喜ぶ美里とは、反対に、京一の顔が険しくなる。 「じゃ、ちょっと待ってて!帰りの仕度をするわ♪」 美里は、京一に勝ち誇った笑み向けると、嬉々として自分の席に戻った。 「・・・どういう事なんだよ。龍麻。」 「・・・・・・・。」 なんで自分より美里を優先するのか。そう京一は目で訴えていた。だが、 それに対する答えが見つからず、二人は無言でお互いを見詰め合っていた。 「お待たせ。さっ、行きましょう!緋勇君。」 二人の険悪な雰囲気を無視して、美里は龍麻の腕を取ると、そのまま ずるずると引き摺る様に教室を出て行った。後に残された京一は、ため息を つくと、二人の後を追うように、教室を出て行った。 「一体、いつまで付いて来るの?京一君の家は、こっちじゃないでしょう!」 自分たちより10歩ほど後を歩いている京一に、美里は耐えきれず、叫んだ。 「俺はこっちに用があんだよ。」 対する京一は平然とそんな事を言う。 “冗談じゃないわ!!私の計画が台無しになるじゃない!!” 美里はチラリと腕時計を見た。 “そろそろ時間だわ・・・。” その時大量の鴉が、美里達に向かって飛んできた。 “うふふ。計画通りね。鴉に襲われた私を、緋勇君が助けてくれて、その時に 負った怪我を、私が治療して二人はラブラブ〜!!” 美里は不気味な笑みを浮かべる。 「龍麻ーっ!!」 慌てて京一が龍麻の所に駆け寄った瞬間、鴉の大群は、180°方向転回して、 何処かへと飛び去った。 「・・・なんだったんだ?今の・・・。」 龍麻は呆然と呟く。 「緋勇君、怪我はない?」 “ちょ・・ちょっとおぉお、何がどうなったっていうの?私の計画が!!何が任せて 下さいよっ!!あの役立たず!!” 心配そうに龍麻に駆け寄りながら、美里は心の中で唐栖の悪口が渦巻いていた。 「あぁ、大丈夫だ。」 「そうか?顔色がすげェ悪いぜ。」 青い顔をしている龍麻に、京一が心配そうに手を伸ばそうとしたが、次の瞬間、 龍麻は京一の手を払った。 「龍・・・麻・・・・。」 「・・・ごめん。俺、大丈夫だから・・・。それじゃあ、用があるからこれで・・・。」 龍麻はそう言うと、そのまま駆け出した。 「龍麻!!」 慌てて京一はその後を追う。後に残された美里も、龍麻の後を追おうとしたが、 その前に唐栖の制裁が先とばかりに、二人とは反対の方向へ歩き出した。 “全く!また計画を練り直さなくっちゃ!!” 美里の怒りのオーラに、道行く人は自発的に道を開けた。 “どうしよう・・。俺のせいだ・・・。” 走りながら、龍麻は泣きそうになるのを堪えた。 “俺が、真神に転校したから・・・・。” 人込の中、間を縫うように、龍麻は駆け抜ける。 “みんなが・・・京一がどんどん危ない目にあう・・・。” 「危ねぇ!!」 赤信号の交差点で、飛び出そうとする龍麻の腕を取ると、京一は自分の方へ 引き寄せた。途端、目の前を車が走り去る。安堵の息を漏らす京一は、 次の瞬間、龍麻の頬を叩く。 「馬鹿野郎!!死にてぇのかっ!!」 打たれた頬を擦りながら、項垂れる龍麻に、京一は優しく言う。 「・・・ぶって悪かったよ。でも、最近の龍麻は、可笑しいぜ。一体、何が あったんだ?」 「・・・・・。」 無言のまま、ますます項垂れる龍麻に、京一は悲しそうな瞳で言った。 「・・・俺、そんなに頼りにならないのか?・・・俺は・・・龍麻、俺はお前が 心配なんだ。俺でよければ話してみろよ。」 「・・・・・。京一・・・・。」 暫く無言で俯いていた龍麻は、やがてポツリと呟いた。 「・・・俺に構わないでくれ・・・。」 「龍麻!!」 龍麻は、京一の声を振りきるように駆け出すと、丁度点滅し始めた交差点を 今度こそ渡り、人込みの中へと姿を消した。慌てて京一も後を追おうとしたが、 時既に遅く、信号は赤に変わり、目の前を車が通る。 「龍麻ーっ!!」 京一の叫び声は、車の音にかき消されて、龍麻の耳には入らなかった。 |