「呼び出された理由は、判っているわね。」 真神学園内生徒会室では、生徒会長である美里葵が、深深と会長の椅子に 腰掛けており、その左右に親友の桜井小蒔、新聞部部長の遠野杏子が立って いる。そして机を挟んだ美里の向かい側には、唐栖亮一が、項垂れて立っていた。 「・・・申し訳ありま・・・。」 「亮一君。私は、謝って欲しいわけではないのよ。」 うふふと不気味な笑みを浮かべながら、美里は唐栖の言葉を遮り、立ち上がった。 「私が知りたいのは、何故私が考えた完璧な計画が、その通り実行できなかった かってこと。」 「そ・・・それは・・・。」 美里の詰問に、唐栖はますます項垂れる。 “まさか、鴉達が本能的に美里さんを避けたなんて、口に出して言えない。ここは、 どう誤魔化すべきか・・・。” 「・・・唐栖君。どうしたの?何故答えられないのかしら?」 美里の笑みに凄みが増す。俯いている唐栖には美里の表情は、見えないのだが、 美里の全身から溢れ出る怒りのオーラを感じ、ますます身体を硬直させた。その姿は、 まるで蛇に睨まれた蛙。その証拠に、だらだらとガマの油、もとい、全身からどっと 汗が流れていた。 「そ・・それは・・鴉達が言うには、葵様の≪氣≫が、高貴すぎて近寄れなかった らしく・・・・。」 嘘は言っていない。ただ、鴉が美里を避けのは、≪氣≫が高貴すぎたのではなく、 本能的に危険であることを察知したのだが、ここで本当の事を言えば、完璧に命は ない。唐栖はドキドキしながら、上目遣いで美里の様子を伺った。 「そう・・・。鴉って頭がいいと言うけど、本当だったのね・・・。」 途端、上機嫌になる美里に、唐栖は安堵のため息をついた。どうやら誤魔化せた らしい。 「でもさぁ、これからどうするの?美里ちゃん。」 アン子の問いに、美里は考え込む。 「そうね・・・・。」 「あのさ・・葵・・・。」 その時、遠慮がちに小蒔が話しかける。 「何?小蒔?」 「一体、何時までこんな事続けるの?」 「どう言う事?」 美里の形の良い眉が顰められる。 「だって、こんなやり方変じゃないか。」 「・・・どうして?」 首を傾げる美里に、小蒔は言葉を繋げた。 「葵は、緋勇君が好きなんでしょ?」 「ええ。勿論。だからこうして・・・・。」 バンと小蒔は机を叩く。途端、美里とアン子は、ビクッとなる。 「違うだろ?緋勇君が好きなら、好きって告白すればいいじゃないかっ!こんな ワナに嵌めるような事をして・・・・。」 興奮のため、肩で息をする小蒔に、美里は、ふふふと微笑んだ。 「うふふ。小蒔ったら、急に何を言い出すのかと思えば・・・。そうねぇ。小蒔って、 恋愛シュミレーションのゲームをしたことある?」 「恋愛シュミレーション・・・?」 美里の言いたいことが分からず、小蒔は首を傾げる。だが、そんな事はお構い なしに、美里は話しを続ける。 「そういうゲームには、相手から告白されるバージョンと自分が告白するバージョンと があるわけなんだけど、確実にラブラブEDを迎える為には、どっちのバージョンの 方が有利だと思う?」 「?」 「当然、告白されバージョンよっ!!」 バンと美里は机を叩く。 「そうよねぇ。自分から告白して、振られちゃったら、今までのプレイした時間返せっ てなもんよねぇ。」 うんうんとアン子が頷きながら同意する。 「・・・でもさ。告白されるのを待ってて、時間切れってことも・・・・。」 控えめな小蒔の反論を、美里は一笑した。 「現実世界では時間切れなんて事はないわ。」 「そりゃそうだけど・・・・。」 納得がいかない小蒔に、今度はアン子が言う。 「まっ、要するに、美里ちゃんは、振られたくない・・・。」 「私が振られる訳ないわっ!!」 アン子の言葉を、美里は強く遮る。 「・・・だったら、告白すれば?」 小蒔の言葉に、美里は困ったような顔をした。 「小蒔ったら・・・。親友ならわかるでしょ?控えめな私に大胆に告白出来る 訳ないじゃない。」 “控えめ・・・?誰が・・・?” その場にいる全員が同じ事を思った。 「それでは、私はこれで・・・・。」 そそくさと、生徒会室を後にしようとしている唐栖に気づき、美里は呼び止めた。 「何処へ行くの?これから新しい計画を練るっていうのに。」 「それがその・・・。そう、そろそろ鴉達の餌の時間なので・・・。」 「鴉と私、どちらが大事なの?」 そんな二人をやり取りを聞いているアン子は、クスクス笑い出した。 「嫌だ。美里ちゃんたら。鴉と私、どちらが大事なの?なんて言って。台詞だけ 聞いていると、まるで恋人同士みたい。」 その言葉に、唐栖は冗談でも止めてくれ!!と本気で思い、美里はピンと閃きを感じた。 「そうかっ!その手があったわ!!」 嬉しそうに手を叩く美里に、アン子と唐栖は顔を見合わせる。一体、どんな悪巧みを 思いついたのだろうか。 「ねぇ、みんな、ちょっと私の計画を聞いてちょうだい!」 嬉々として、たった今立てた計画を話し出す美里を見つめながら、小蒔は心の中で呟いた。 “でも・・・緋勇君の気持ちはどうなんだろう・・・・。” 「で?俺に一体何の用?」 放課後、唐栖に呼び出された龍麻は、不機嫌そうに言った。 工事中のビルの屋上。唐栖の横には、何故か心配そうな美里が立っており、龍麻は 訳が分からない。 “うふふ。緋勇君たら。やっぱ私の事が好きなのね♪” 唐栖の隣で、美里は内心喜ぶ。 「緋勇君。僕には≪力≫があるんだ。」 「それで?」 “そう。≪力≫を正しい事に使わないお前のような奴らがいるから、京一を危険な事に 巻き込んでしまうんだよっ!!” 龍麻の不機嫌が最高潮に達する。 「この≪力≫で、この世界を粛正するつもりだ。」 “粛正ねぇ。意味わかって言ってんのか?なんか台詞が棒読みだし。” 不信も露な目で龍麻は唐栖を見つめる。それもそのはず、龍麻は知らないが、台詞は 全て美里の作であり、ここにくる直前に覚えさせられた為、つっかえないように言うのが 精一杯の状態だった。その上、隣には美里がいる。ここでトチろうものなら、次の瞬間 唐栖は、あの世の住人になっているだろう。生命の危機を感じ、唐栖の緊張感はさらに 高まり、台詞もますます棒読みになっていく。 「そして、この世界を正した僕は、世界の王となる。」 「で?俺に何の用?」 不機嫌極まりない龍麻の言葉に、一瞬唐栖が躊躇する。 「龍麻!無事かっ!!」 その時、京一が龍麻と唐栖が立っている間に、木刀を投げつけた。 「京一!!」 “なんでここに・・・・。” 突然現れた京一を、龍麻は呆然と見つめた。 「龍麻、無事か?」 京一は、慎重に唐栖との間合いを取りながら、木刀を拾うと、唐栖から守るように、 龍麻を自分の背に庇う。 「龍麻、俺が来たから、もう大丈夫だ。」 「京一・・・。」 京一は、木刀を唐栖に付きつけながら、鋭い眼光を向ける。 「一体、お前どういうつもりだ?鴉を人に襲わせたりする理由はっ!!」 「そ・・それは・・・。」 しどろもどろになる唐栖の背中を、美里は思いっきり叩く。 「・・・緋勇君。助けて・・・。」 そして、そのまま美里は龍麻の方へと駆け出す。 「美里さん?一体これは・・・。」 龍麻の胸に飛び込んだ美里は、目に一杯涙を溜めながら、じっと龍麻を見つめた。 「あの人、この世界の王になった僕の隣に相応しいのは、君だと言って、私を 無理矢理ここに連れてきたの。」 「・・・それって・・・。もしかして、あいつ美里さんに気があるってこと?」 龍麻の言葉に、美里は恥かしそうに俯く。 「どうやら、そうみたい・・・。」 “うふふ。さぁ、緋勇君!今こそ葵をお前なんかに渡さない!って言って唐栖君を やっつけるのよ!!” 「唐栖・・・。」 “うふふ。緋勇君、かなり怒っているわね。どうやら、ライバル登場計画は 成功しそうね。” だが、次の瞬間、美里の計画は大きく失敗した。 「美里さんが好きなら、こんなことはやめて、真面目になるんだ!」 「・・・え?」 想像していた台詞と違う台詞を言う龍麻の顔を、美里はまじまじと見つめた。 「そうだぜ。」 龍麻の言葉に、京一も同意する。 「好きな奴を振り向かせたいんなら、好きになってもらうように努力すること から始めるもんだぜ。」 京一の言葉に、龍麻は辛そうに、顔を歪める。だが、龍麻に背を向けている 京一は、そのことに気づかず、さらに言葉を繋げる。 「自分の気持ちを押し付けるんじゃなくって、相手の気持ちも考えて・・・・。」 そこで、京一は言葉を切った。 “やっぱ、俺の想いって、龍麻には迷惑だよな・・・。” その場に、気まずい沈黙が流れる。 「・・・緋勇君・・・・?」 見る見る顔色を無くす龍麻を心配そうに、美里は顔を覗き込んだ。 「大丈夫?何だか顔色が・・・・。」 「美里さん。あいつを救えるのは君だけだ。」 龍麻は、俯きながらポツリと呟いた。 「恋愛は、当事者の問題だから、ちゃんと二人で話し合うんだ。いいね。」 「ちょ・・緋勇君!!」 美里の手を振り払うと、龍麻は駆け出そうとした。だが、その前に京一に 腕を取られてしまう。 「龍麻。待て。」 「・・・・・・。」 黙ったままの龍麻に、京一は言う。 「俺、お前に話があるんだ。」 「・・・俺にはない。」 ポツリと呟く龍麻に、京一はカッとなると、そのまま龍麻を引き摺る ように歩き出す。 「きょ・・京一!!」 「お前になくっても、俺にはあるんだ。」 俯く龍麻を引き摺るように歩き出す京一の背に向かい、美里は叫んだ。 「ちょ・・ちょっと待って!!私にどうしろっていうのよ!!」 だが、京一は振り返らずどんどん歩いていく。完全に二人の姿が消えると、 美里は八つ当りとばかりに、唐栖を睨んだ。 「あなたがちゃんとやらないから!!私の計画がっ!!」 美里が“ジハード”の印を結ぼうとしようとした時、どこからともなく声がした。 「ご安心下さい。あなたの望み。この僕が叶えてあげる。」 「あなたは、確か・・・・。」 美里と唐栖の前に、何時の間にか嵯峨野麗司が、不気味な笑みを浮かべ ながら立っていた。 |