素直なままで

 

                第11話

 

 

             「京一、一体何処まで行くんだ?」
             人気のない裏路地に入り込むと、京一に手を引かれている龍麻は、耐えきれず
             話しかけた。なんだか、さっきから同じ所をぐるぐる回っているような気がしたのだ。
             「・・・・・。」
             だが、京一は無言のまま歩みを止めようとしない。
             「京一!」
             龍麻の抗議の声にも、京一は無言のままだ。
             「京一!いい加減に・・・。」
             「・・・・悪い。龍麻。」
             いきなり京一が立ち止まったので、龍麻は京一の背中に顔をぶつけた。
             「・・・痛い・・・。」
             「・・・・道に迷った・・・。」
             ポツリと呟く京一の言葉に、龍麻は一瞬呆気に取られた。
             「道に・・・迷っただとぉおおおお!!」
             「だから、すまねェって言ってんだろ?」
             怒りの為に、龍麻は京一の胸倉を掴んだ。
             「すまねェじゃない!!俺はお前がどんどん歩いていくから、道を知って
             いると・・・。な・・何笑ってんだよ。京一・・・。」
             見ると、京一がニヤニヤと笑っている。
             「・・・・・やっと俺を見てくれたな。龍麻。」
             「え?」
             一瞬何を言われたのか分からない龍麻は、手の力を緩めた。そんな龍麻に、
             京一は不敵な笑みを浮かべながら、龍麻の手を握り締めた。
             「きょ・・京一?」
             「すまねェ。迷子になったっていうのは嘘だ。」
             「う・・嘘?」
             訝しげな龍麻に、京一は更に言葉を繋げる。
             「最近、俺のことを避けていただろ。」
             「そんなことは・・・。」
             視線を逸らそうとする龍麻の顔をグイっと自分の方に向けた。
             「ほら、今だって、俺と目を合わせようとしねぇ。何故だ?」
             “何故だって言われても・・・・。”
             困惑する龍麻を京一はじっと探るような目で見つめた。
             「俺が嫌いなのか?」
             「まさか!!」
             慌てて言ってしまって、龍麻は顔を顰めた。これでは、京一に自分の
             気持ちがばれてしまう。
             「京一の事は嫌いじゃない・・・・。友達だし・・・。」
             「友達・・・か・・。」
             京一はため息をつくと、龍麻に悲しそうな顔で言った。
             「友達なのに、俺を避けるのは、どうしてなんだ?」
             「避けてない・・・。」
             「避けてるじゃん。」
             「避けてないって言ってるだろ!!」
             ムキになって言い返す龍麻に、京一はニヤリと笑う。
             「避けてないって証拠に、今から龍麻の家に遊びに行っていいか?」
             「え?」
             「いいだろ?」
             京一はそう言うと、さらに顔を近づけてくるので、龍麻はドキドキしながら、
             必死でいい訳を口にする。
             「でも・・急な話だし・・・。そう・・掃除してないし・・・。」
             “うわああああ。きょ・・・京一の顔がこんなに近くに!!ど・ど・ど・ど・どうしよう。”
             内心、パニックしている龍麻に、京一は極上の笑みを浮かべる。
             「いいって。掃除なんて。俺の部屋だって、綺麗って訳じゃねぇもん。だから、
             今から遊びに行っていいだろ?」
             そう言われて、龍麻は真っ赤になりながら、やがてコクリと頷いた。
             「やったぜ!さ、行こうぜ♪龍麻!」
             嬉々として龍麻の手を取りながら、今度は足取りも軽く歩き出す。そんな京一に
             手を引かれながら、龍麻は気づかれないように、そっと微笑んだ。
             “京一が家に来る・・・。”
             京一に恋愛感情がばれることを恐れて、京一に近づかないようにしていた龍麻
             だったが、京一と一緒にいられる事に喜びを隠せない。
             “もしかしたら、俺、難しく考えすぎていたのかもしれない。”
             横を歩く京一の顔をチラリと横目で見つめる。
             “友達として、側にいるくらいは、いいよ・・・ね?”
             “友達”という単語に、ズキリと心が痛んだが、それでも全てを知られて目の前から
             去られるよりは、未練だと分かっていても、友達として側にいられればそれでいい。
             他に何も望まない。そう、歩きながら龍麻が決心した事とは、露知らない京一は、
             横を並んで歩いている龍麻に、内心喜びを隠せない。
             “やっぱ、告白する前に、俺の事を良く知ってもらわなくっちゃな!”
             龍麻には大迷惑であろうこの想い。時々、友として側にいられれば、それでいい
             とも思ったのだが、日々募っていく龍麻への想いに、もう自分の心を偽って生きる
             なんてゴメンだ。好きになってしまったのだ。例え龍麻に忌み嫌われる結果になって
             もいい。結果を恐れて何もしないなんて、性格に合わない。
             “その為には、やっぱ必要最低限の親密度を上げなくっちゃな♪”
             結局、今まで避けられていた理由は判らないが、どうやら自分は龍麻に嫌われてい
             ない事が判って、京一は一応満足する。
             “あとは、どうやって告白するかだな・・・・。”
             京一はチラリと横目で龍麻を見つめた。最近、何故か辛そうな表情しか見せない
             龍麻が、穏やかな表情をしていることに気づき、京一は嬉しくなりギュと繋いで
             いた手を握った。
             「京一?」
             首を傾げながら、それでも今度はちゃんと視線を向けてくれることが嬉しくって、
             京一は龍麻の手を握り締めたまま、駆け出した。
             「ちょ・・京一!!」
             「へへっ。早く行こうぜ!龍麻!!」
             人込に紛れる二人の後ろ姿を、栗色の髪の少女が不敵な笑みを浮かべ
             ながら見送っていた。
             「・・・緋勇さん・・・。逃がさないわ・・・・。」
             少女はクルリと二人から背を向けると、ゆっくりとその場を後にした。



             「あなたは・・・確か・・・・。」
             廃墟ビルの屋上。取り残された葵と唐栖の前に現れた、嵯峨野に、
             葵は戸惑った顔をした。
             「お久し振りです。美里さん。」
             フフフと不気味に笑う嵯峨野に、葵はポンと手を叩いた。
             「・・・誰?」
             にっこりと微笑みながら尋ねてくる葵に、嵯峨野は一瞬固まった。だが、
             次の瞬間、気を取り直して自己紹介を始めた。
             「ぼ・・僕、嵯峨野麗司って言います。2週間前、不良達に苛められた所を、
             助けて頂いた・・・・。」
             「2週間前・・・・?」
             “えっと・・2週間前って言えば、緋勇君が具合が悪くなって早退した時の
             事かしら・・・?確かあの時、緋勇君と一緒に二人だけで帰る計画が駄目に
             なり、気分がむしゃくしゃしたから、目に付いた不良達をやっつけて、ストレス
             解消したような・・・。そういえば、確かその場には苛められていた人がいた
             わね。”
             「あの時の・・・・。」
             「思い出してくれましたか!」
             途端、嵯峨野は嬉しそうに微笑んだ。
             「あの時、あなたに授けて頂いた≪力≫を、完全に自分のものとすることが
             出来ました。お礼を兼ねて、この≪力≫をあなたの願いを叶える為に、
             どうぞ役立てて下さい!」
             そこで、ようやく葵は全てを思い出す。
             “そうよ、この人だわ。苛められていたの。確かあの時、覚えたばかりの
             外法を試してみたくって、実験体にしたんだったわ。”
             美里家の本家である九角の家の蔵で見つけた、外法が書かれた巻物を
             読んだばかりだったので、術を使いたくって、うずうずしていたことを思い出す。
             「そう。でも、あなたの力って確か・・・。」
             「夢を操る力です。」
             “夢かぁ・・・。使えるのかしら・・・。”
             考え込む葵に、嵯峨野は言葉を繋げる。
             「あなたを夢に取り込むんです。で、緋勇さんには生贄にするために取り込んだ
             ことを告げれば、緋勇さんは必ずあなたの為にやってくるでしょう。」
             「生贄にされそうな私・・・。そこへ助けに来る緋勇君・・・。素晴らしいわ。まさに、
             私にピッタリな役所よ!!そして、二人は・・・・・・。」
             うふふふふ。美里の目が妖しく光る。
             「うふふ。嵯峨野君。ありがとう!あなたのおかげで、私の願いは必ず叶うわ!」
             「いえ・・それほどでも・・・。」
             美里に感謝され、嵯峨野は真っ赤になった。
             「さぁ、真神に帰って作戦を練るわよ!!」
             うふふふと、夕陽をバックに、美里は高笑いをするのだった・・・・。