素直なままで

 

               第12話

 

            満開の櫻の樹の下、初めてあいつに出会った。
            そして、同じ櫻の季節に、あいつを失った・・・。
            血で真っ赤に染まった身体を、俺はきつく抱き締める。
            そんな俺達に、櫻の花片は優しく降り注ぐ。
            どうして・・・・。
            どうして、俺なんか庇ったんだ?
            いつも、憎まれ口しか叩かないのに。
            いつも、お前を無視していたのに。
            いつも・・・お前だけを・・・愛していた。
            愛していたのに・・・。
            何も・・・何も伝えられなかった。
            いや、怖くて何も伝えなかった。
            いつかは、俺の前から去っていくんじゃないかと。
            ずっと恐れていた。
            でも、お前はいつも側にいてくれた・・・。
            もっと素直になれば・・・良かったのだろうか。
            お前を失って、この想いは・・・どこへ・・・?



            「雨・・・・。」
            龍麻は教室の窓から、降り出した雨を見つめながら、ポツリと呟いた。
            放課後の3−Cの教室。補習で残っている京一に付き合って、龍麻は、
            窓際の机に座って、ぼんやりと窓の外を眺めていた。教室には京一と二人
            だけで、静かに雨音だけが響いていた。
            「?どうした?龍麻・・・。」
            その言葉を聞きつけた、京一は椅子から立ち上がって、龍麻の側に寄ると、
            そっと顔を覗き込む。
            「・・・雨が降っている・・・。」
            じっと窓の外を眺めている龍麻に、京一は龍麻の視線の先を追う。だが、ただ
            雨が降っている状況に、京一は首を傾げながら、また視線を龍麻に戻す。
            「・・・雨がどうしたんだ?」
            「雨が降っているんだよ。京・・・・。」
            グラリと崩れそうになる龍麻の身体を、京一は慌てて支える。
            「どうしたんだ!!龍麻!!」
            耳元で叫ぶ声に、龍麻はハッと我に返る。
            「え・・えっと・・・俺何してた?」
            きょとんと京一を見つめる龍麻に、京一は心配そうな顔で覗き込んだ。
            ドキッ。至近距離から見る京一の顔に、龍麻は知らず紅くなる。
            「雨が降っているって言って、いきなり倒れそうになったんだぜ。」
            京一の言葉に、龍麻は首を傾げる。
            「雨?俺、そんな事言った?」
            「・・・覚えてなのか?」
            目を見張る京一に、龍麻は頷く。そして、次の瞬間、自分が京一の腕の中に
            いることに気づき、慌てて京一の腕から逃れる。
            「ご・・ごめん。京一!!俺、もう大丈夫だから・・・。」
            「龍麻・・・。お前・・・。」
            京一が何か言おうとした時、ガラッと教室のドアが開いた。
            「蓬莱寺、課題は終わったのか?」
            生物教師、犬神杜人だった。その姿に、京一は苦虫を100匹ほど噛んだように、
            顔を顰めながらプリントを犬神に渡す。
            「・・・ほう。全問正解か・・・。普段もこれだけちゃんとやれば、補習なんてものは、
            やらなくて済むんだぞ。」
            「・・・・・・・。」
            無言のままの京一に、犬神は不敵な笑みを浮かべると、今度は龍麻に向かって言う。
            「緋勇も、いつまでもこいつに付き合っていると、ろくなことはないぞ。」
            「先生!!」
            京一を貶されて、龍麻は思わず犬神に食ってかかろうとするが、その前に、犬神は
            さっさと教室を出ていこうとする。そして、教室から出る直前、犬神は振り返ると、
            龍麻に向かって言った。
            「緋勇・・・。同じ過ちは繰り返すなよ・・・。」
            “同じ過ち?”
            何の事か判らずに首を傾げる龍麻に、悲しそうな視線を向けると、そのまま
            教室を後にした。
            「なんだよ、犬神のやつ・・・。変な奴。な、龍麻!」
            京一は、龍麻の方を振り返ると、龍麻の顔色が悪いことに気がつき、そっと
            身体を抱き寄せた。
            「どうしたんだ?顔、真っ青だぜ?」
            「大丈夫・・・だ・・よ。」
            青い顔をしながらも、大丈夫だの一点張りの龍麻に、京一は思わずカッとなる。
            「何が大丈夫なんだよ!!スッゲー顔色が悪いのに!ったく、今日の
            お前、変だぞ!!」
            「本当に、大丈夫なんだ。・・・ただ・・この所、夢見が悪くって、寝不足な
            だけだから・・・。」
            弱弱しく微笑む龍麻に、京一はハッと我に返る。そして、努めて優しく尋ねる。
            「どんな夢なんだ?」
            そこで、龍麻は言葉に詰まる。まさか、京一が死んでしまう夢だと本人を
            目の前に言いにくい。
            「それが・・・その・・・内容は良く覚えていないんだけど・・・。ただ、夜寝つき
            が悪くなって・・・。」
            しどろもどろに答える龍麻に、京一は探るような目で見つめていたが、やがて
            ため息をついた。
            「夢か・・・。俺もあるぜ。物凄く怖い夢を見たことが。」
            「京一も?」
            深刻そうな京一の態度に、龍麻の方も深刻な顔で尋ねる。
            「ああ。俺がテーブルの上で、ラーメンになっている夢だ・・・。」
            「・・・・・なんだって?」
            “ラ・・・ラーメンって・・・あのラーメン?”
            「怖いだろ?」
            「・・・・・どこが?」
            不信の目を向ける龍麻に、京一は力説する。
            「だって、怖いじゃんかっ!!机の上に、ポツンとラーメンだぜ?まるで、
            砂漠の中に一人でいるみたいだろ?おまけに、ラーメンだ。下手すると
            誰かに食べられてしまうんじゃないかって・・・・。」
            「京一・・・。」
            龍麻はため息をついた。
            「お前、ラーメンの食べすぎ。」
            「龍麻〜。それって、冷たくねぇ?」
            自然、和やかなムードの二人に、災難は小蒔と共にやって来た。
            「ちょっと!!二人とも、大変!!葵が!!!」
            息を切らせながら、小蒔は教室に駆け込んできた。
            「小蒔?」
            「桜井さん?」
            訳がわからず呆然としている二人に、小蒔は一気に捲くし立てた。
            「いいから!早く来て!!二人とも!葵が・・・。葵が・・・。」
            半泣き状態の小蒔に、龍麻は大声を出す。
            「桜井さん!!」
            「は・・・はいっ!!」
            驚く小蒔に、龍麻は安心させるように微笑むと、小蒔の側に近寄った。
            「落ち着いて。いいかい?順序良く話すんだ。できるね?」
            龍麻の言葉に、小蒔はつっかえながらも、なんとか話し出した。
            「生徒会が終わる頃を見計らって、葵を迎えに行ったんだ。丁度部活も
            終わったことだし・・・。でも、まだ片付けが終わってなくってボク達二人で
            片付けしていたんだけど・・・。その時、葵が急に倒れて・・・。ボク、ビックリ
            して保健室に行ったんだけど、保健の先生はいないし、職員室にも、誰も
            いないし・・・。どうしていいのか、わからなくって・・・・。」
            まだ泣き出す小蒔を、龍麻は優しく肩を叩いた。
            「大丈夫だ。とにかく、美里さんの所に案内してくれ。」
            「うん!」
            喜び勇んで、小蒔は二人を生徒会室に案内する。


            「葵!!」
            生徒会室の中央、美里が倒れていた。
            「・・・葵、ここのところ、夢見が悪くって、ずっと寝不足だって言ってたんだ・・・。」
            ポツリと呟く小蒔に、京一は言った。
            「美里もか?とにかく、救急車を呼んだほうがいいかもな。」
            そう言って、踵を返す京一を、龍麻は呼び止めた。
            「待て!京一。」
            そして、小蒔に向き直る。
            「桜井さん、裏密さんは、まだ校舎にいるかな?」
            「いると・・・思うけど?」
            訝しげな小蒔に、龍麻は暫く考え込むと、口を開いた。
            「急いで、裏密さんをここに連れてきてくれ。」
            「裏密を?何でだよ。龍麻。寝不足で貧血を起してぶっ倒れたんだろ?
            だったら、病院に・・・。」
            「病院では直らない。」
            キッパリと言う龍麻に、小蒔は尋ねる。
            「どういう・・・こと・・・?」
            「美里さんが≪力≫に拘束されているのを感じる・・・・。」
            その言葉に、京一はハッと息を飲む。
            「また・・・敵か・・・?」
            「そう言う訳だから、裏密さんを、早くここへ!!」
            「わ・・わかった!!」
            慌てて生徒会室から飛び出していく小蒔を見送ると、龍麻は京一に
            向かって言う。
            「・・・京一、後は俺が何とかするから、京一は・・・。」
            「・・・龍麻、俺だけ帰れなんて、言わねぇよな。」
            京一の鋭い眼光に、龍麻は俯く。
            「俺だって、仲間だろ?お前が危険を承知で敵に向かって行くっていう
            のに、俺が側にいなくってどうするんだ?・・・お前の身は、必ず俺が守る。」
            途端、龍麻は悲しそうな顔をする。
            “でも・・京一。それじゃあ、また、同じ事を繰り返しちゃうんだよ・・・・。”
            「でも・・京一・・・。」
            「お待たせ!ミサちゃんを連れてきたよ!!」
            その時、丁度裏密を引き摺るようにして、小蒔が戻ってくる。
            「さぁ、ミサちゃん。葵を助けて!!」 
            小蒔の哀願に、裏密は不気味な笑みを浮かべる。
            「う〜ふ〜ふ〜ふ〜。ミサちゃん、何でもお見通し〜ぃ〜。どうやら、敵は、
            美里ちゃんの≪力≫に目をつけたみたい〜。」
            「≪力≫?」
            龍麻の形の良い眉が潜まれる。
            「そう〜。美里ちゃんを生贄に〜、魔人を召喚するつもりみたい〜。」
            「ま・・魔人・・・。」
            その言葉に、龍麻は考え込む。
            「そう〜。古の〜忘れ去られた〜、神のなりの果て〜。闇に落とされ〜、
            ≪邪気≫を取り込み、破壊神となる〜。おや〜?どうやら、≪夢≫と≪現≫の
            狭間に、美里ちゃんがいるみたい〜。」
            何時の間にか取り出した、水晶球を見つめながら、裏密は呟く。
            「そこへは、どうしたら行けるの!!」
            小蒔の問いに、裏密はフフフフと不気味な笑みを浮かべる。
            「≪夢≫〜。」
            「夢?」
            「そう〜。≪夢≫を媒体に、その空間に送り込んであげる〜。用意はい〜い〜?」
            そう言うと、裏密は持っていた水晶球を頭上に掲げる。
            「ちょ・・ちょっと待て!送るのは、俺だけに・・・。」
            「い〜い〜?行〜く〜よ〜。」
            龍麻の言葉を聞かず、裏密は何やら呪文を唱える。途端、水晶球が輝き出し、
            光の洪水が、龍麻達3人を襲う。そして、光が収まった場所には、龍麻と京一と
            小蒔の3人が倒れていた。
            「う〜ふ〜ふ〜。これで完了〜。」
            倒れている3人を、裏密は満足そうに見つめていた。


            「美里さん、お腹すいてませんか?ラーメンを作ったんですけど・・・。」
            エプロンまでして、嵯峨野は美里の世話を甲斐甲斐しく行なっていた。
            「あら?気が利くわね!」
            テーブルに置かれたラーメンに、美里は嬉しそうに席についた。
            「頂きまーす!」
            美里が食べようとした瞬間、時空の歪みを感じた。
            「美里さん!!」
            慌てる嵯峨野に、余裕の笑みを浮かべる美里が叱咤する。
            「何をうろたえているの?予定通りよ。さっ、急いで準備しなくちゃ。」
            「は・・・はい!!」
            二人がその場から姿を消した瞬間、時空の歪みの中から、龍麻と小蒔が出てきた。
            「一体、ここは・・・。」
            見渡す限りの砂漠。一体どうやって美里を捜せばいいのだろうか。
            「ところで、京一は?」
            京一の≪氣≫を感じるが、肝心の京一の姿が見えないことに、龍麻が気がついた。
            「えっ!京一?ど・・どこ?」
            小蒔も周りをキョロキョロと見まわす。だが、京一の姿がどこにも見えない。
            「一体・・・どこに・・・。」
            顔面蒼白になって、ガタガタ震え出す龍麻に、小蒔はオロオロする。
            「だ・・大丈夫だよ!京一なら!!ほ・・ほら、ここにラーメンがあることだし、これ
            食べて元気出して!」
            目の前に置いてあるラーメンに気がつき、小蒔は龍麻に食べるように進める。
            途端、龍麻の顔が驚愕に目を見張る。
            「・・・京一・・・。」
            「?どうしたの?緋勇君。」 
            「これ・・・京一だ・・・・。」
            龍麻は、ラーメンを震える手で、大事そうに持ち上げる。
            「な・・なんで?どうして?これが京一になるの?」
            「京一が言ってたんだ・・・。≪夢≫の中でラーメンになったことがあるって・・・。
            もしかしたら、≪夢≫の世界では、これが京一なんじゃ・・・。」
            「そんな・・・。」
            恐る恐るラーメンを覗き込む小蒔。
            「でも、これ伸びてるよ。捨てちゃおっか。」
            「おい!!」
            「うわああああ!!」
            いきなり、背後からかけられた声に、小蒔は驚いて飛び上がった。
            「京一!!」
            振り返った先に、京一の姿を発見して、嬉しさのあまり、龍麻は京一に抱きついた。
            「心配したんだぞ!!京一!」
            「へへっ。心配かけてすまなかったな。」
            抱きしめ合う二人に、小蒔はハッとなった。
            “ま・・まさか・・・緋勇君と京一って・・・・・。”
            「さっ、美里さんを、助けに行こう!」
            龍麻の声に、小蒔はハッと我に返る。そして、前を歩く二人の後ろ姿を見つめながら、
            そっと溜息をついた。
            “葵・・・失恋決定だよ・・・。”



            「うふふ。生贄にされた私を救いに、緋勇君が助けに来る。アンドロメダ計画を、
            今度こそ成功させなくっちゃ。」
            十字架に括り付けられた葵は、不敵な笑みを浮かべながら、生贄役に浸っていた。
            嵯峨野は、その足元で黒いフードを頭から被り、何やら妖しげな呪文を唱えている。
            準備万端。後は主役の登場を待つばかり。
            「さぁ・・・。緋勇君・・・。私を助けて・・・・。」
            美里の呟きは、嵯峨野の呪文にかき消された。