素直なままで

 

               第13話

 

 

         「葵!無事!!」
         小蒔の言葉に、うっすらと美里は目を開けた。
         “うふふ。やっと来たわね♪緋勇君・・・。”
         美里の目は、小蒔の後に佇んでいる、龍麻に釘付けになる。
         “さぁ、早く私を助けるのよ!!”
         「・・・・桜井さん、美里さんを頼む。・・・・行くぞ、京一!!」
         「おう!行くぜ!!龍麻!」
         龍麻は、美里を全く見ないで、敵に向かって走っていく。その横を、ピッタリと
         京一が寄り添う。
         「・・・葵、もうこんなこと止めよう。」
         二人が嵯峨野と戦っている間、難なく小蒔は美里の側に近づくと、開口一番、
         そう切り出した。
         「何言っているの?小蒔?」
         自分で計画したとはいえ、すっかり生贄役に嵌っている美里は、弱弱しく微笑んだ。
         「・・・私なら大丈夫。だって、緋勇くんが、私の為に助けに来てくれたんだもの・・・・。」
         うっとりと龍麻の戦う姿を見つめながら、美里は言った。
         「・・・いい加減、芝居するの止めたら?」
         小蒔は繋がれている美里を解放すると、不機嫌に言った。
         「ここ一連の事件を、全部葵が計画していたってことが、緋勇君にばれたら、どうする
         つもりなんだい?」
         「うふふふ。なんだ、そんな事?絶対にばれる訳が・・・。」
         「そう、言いきれる?だって・・・。」
         小蒔は、後を指差した。美里が指差す方を見ると、丁度龍麻と京一に取り押さえられた
         嵯峨野が、頭を地面に擦りつけんばかりに謝罪していた。
         「すみません。もう、二度とやりません!!」
         そんな嵯峨野に、龍麻は優しく言った。
         「・・・判ってくれればいいんだ。でも、何だって、魔人を召喚しようなんて、思ったんだい?」
         「じ・・実は頼まれて・・・。」
         “やばい!!”
         嵯峨野の言葉を聞いた葵は、サッと顔を青ざめた。
         「頼まれた?誰に?」
         「じ・・実は・・・・。」
         次の瞬間、美里は天に向かって、印を結ぶ。
         「四方を守護する五人の聖天使達よ。私達に守護を!!ジハード!!」
         天から降り注ぐ光に、嵯峨野の姿が消える。
         「あ・・葵!!」
         驚く小蒔に、美里はうふふと微笑んだ。
         「うふふ。悪いことをする人を、絶対に許しちゃいけないわ。正義の名にかけて。」
         「こ・・・殺しちゃった・・・の・・?」
         恐る恐る聞く小蒔に、美里の笑みが凄みを増す。
         「うふふ。聖女である私がそんな事する訳ないでしょ。・・・・まぁ、1年くらい意識不明の
         重体くらいのダメージは、受けているはずだけど?」
         「葵・・・・。」
         「さっ、ぐずぐずしている暇はないわ。術者が破れたら、その空間は消滅しちゃうのよ!」
         何で、初期の段階の美里が、そんな専門的な事まで知っているのか、小蒔には謎だった
         が、周囲の空間が歪み始めたことに気づいた小蒔は、慌てて美里の後に続く。
         「緋勇くん!!」
         迷わず、龍麻の胸に美里は飛び込む。
         「美里さん、無事だったんだ。」
         にっこり微笑む龍麻を間近に見れて、美里は内心興奮状態になっていた。
         “きゃー!!緋勇くんが私に微笑んでいるー!!”
         「・・・でも、何で彼が・・・・。」
         だが、次の瞬間、嵯峨野がいた辺りを、悲しそうに見つめる。
         「・・・あのよぉ、さっき、“ジハード”って声が聞こえたんだけど。」
         その時、京一が龍麻と美里の間に割って入るように龍麻を背に庇うと、不信感も露な瞳を
         美里に向けた。
         「もしかして・・・。」
         「あら?何かしら?京一君。レベル3の私がレベル40にならなければ使えない技を使った
         とでも、言いたいのかしら?」
         美里と京一の間に、目に見えない火花が散る。
         「ちょ・・ちょっとぉお、どうやって戻るの?だんだん空間が歪んできたよ!!」
         切羽詰った小蒔の声に、状況を理解した二人は、辺りを見回す。何時の間にか、自分達の
         周辺では、景色が徐々に崩れ始めていた。
         「大丈夫だ。」
         落ち着いた龍麻の声に、三人は一斉に龍麻を振り返る。
         「・・・氣を落ち着かせるんだ。そして、真神学園にいる自分をイメージする。」
         そう言って、目を閉じる龍麻に習い、他の3人も目を閉じ、真神に残っている自分の身体を
         イメージする。
         4人がその場から姿を消した次の瞬間、その空間が音もなく崩れ去った。


         「た・・龍麻!!」
         目を覚ました京一は、慌てて隣で倒れている、龍麻を抱き起こした。
         「緋勇君!!」
         「緋勇君、しっかりして!!」
         次に目を覚ました美里と小蒔も、まだ龍麻が目覚めない事に気がつき、慌てて側に寄ると、
         龍麻の顔を覗き込んだ。
         「う・・・うん・・・・。」
         暫くすると、微かに瞼が揺れて、ゆっくりと龍麻の黒曜石の瞳が現れる。 
         「大丈夫か?龍麻。」
         心配顔の京一に、龍麻は弱弱しく微笑む。
         「だい・・じょ・・・うぶ・・・。ただ・・・眠・・・い・・・・。」
         そう呟くと、スーッと、また眠りについてしまった。そんな龍麻の様子に、そっと安堵の溜息を
         ついた京一は、龍麻を起さないように、細心の注意を払いながら、龍麻を抱き上げると、
         生徒会室を出て行こうとした。
         「京一君、緋勇君をどうするつもり?」
         慌てて追いかけようとする、美里に、京一は一瞥する。
         「ここ最近、寝不足だって言ったいた。多分、今の戦闘で疲れが一気に出たんだろう。龍麻は
         俺が家まで運ぶから、お前らは、もう帰れ。」
         「待ってよ!それなら私も・・・。」
         「お前は来るな!!」
         鋭い京一の言葉に、一瞬美里の動きが止まる。
         「・・・葵、ちょっとボク葵に話があるんだ。京一、龍麻君を宜しく。」
         見かねた小蒔が、間に割って入る。そんな小蒔をチラリと見つめると、京一は無言でその場を
         後にした。
         「い・・・一体、何様のつもりなの!!」 
         京一達の姿が見えなくなると、途端、いつもの様子に戻った美里が、怒りを露にする。
         「葵・・・。ボク、緋勇君のことで、葵に言いたいことがあるんだ・・・・。」
         怒りに燃える美里に、やがて小蒔は意を決したように話し出した。



         「雨が止んでて良かったぜ。えっと・・・鍵は・・・っと。」
         龍麻の部屋の前まで来た京一は、龍麻のポケットから、鍵を取り出すと、龍麻を抱き上げた
         まま器用に開け、ドアを開けた。そのまま、勝手知ったるなんとかで、龍麻をベットまで運ぶ。
         「相変わらず、殺風景な部屋だな・・・。」
         龍麻をベットに寝かしつけると、京一は改めて部屋を見回す。ベットにクローゼット、机、
         テーブル・・・。生活に必要最低限のものしか置いていない龍麻の部屋は、殺風景を通り
         越して、虚無的だ。まるで生活感がない。
         「・・・そういえば、龍麻の事を何も知らないんだよな・・・。」
         知っているのは、真神に転校して来たことと、一人暮しをしていること。以前はどんな
         学校に通っていたのかとか、両親はどんな人なのか、何故、一人で暮らしているのか。
         何故、真神に転校して来たのか・・・・。
         京一は溜息をつくと、龍麻の傍らに座った。
         「龍麻・・・・。」
         ゴロゴロゴロ・・・・。
         遠雷の音が聞こえる。どうやら、また雨が降りそうだ。
         「龍麻・・・・。」
         そっと龍麻の前髪を掻き揚げる。
         「龍麻・・・・。」
         露になった龍麻の顔に、京一は誘われるように顔を近づける。
         「俺は・・・・。」
         龍麻の顎を掴む。
         「・・・・・お前を愛している・・・・。」
         その時、雷が一瞬部屋の中を照らし、一つに重なった影を壁に大きく映した。