素直なままで

 

               第14話

   

 

          触れ合うだけのキスが、だんだんと濃厚なものに変わるのに、さして時間は
          かからなかった。
          「龍麻・・・。」
          キスの合間に、京一はずっと龍麻の名前を呼ぶ。
          「龍麻・・・。」
          一段と激しくなる雨音と、息苦しさから、龍麻はぼんやりと目を開ける。そして、
          至近距離にある京一の顔に、一気に覚醒する。
          「ん!!んんんん!!!」
          口を塞がれて、龍麻はうめき声しか発せられなかったが、その声に、京一はハッと
          我に返ると、唇を離した。
          「・・・・・。」
          「・・・・・。」
          時折、雷に照らされる部屋の中、二人はベットの上で向かい合ったまま、暫く固まった。
          「・・・言っておくが、俺、謝らねぇぞ。」 
          最初に復活したのは、京一の方だった。唇に手を当て固まったままの龍麻に、京一は
          真剣な表情で言った。
          「俺、お前の事が好きなんだ。」
          “え・・・・。”
          驚きに、さらに龍麻は目を見開く。
          「初めて会った時から、ずっと好きだった。」
          京一は、固まったままの龍麻をそっと抱き締める。
          「龍麻は?龍麻は、俺の事、どう思っているんだ?」
          「お・・・俺は・・・。」
          “う・・・嘘だろ?俺の事好きって・・・・。俺達って、両想いだったのか!!”
          内心のパニックに、龍麻は直ぐには反応できずにいた。
          「俺は?」
          京一は、龍麻を抱きしめる腕に力を入れると、先を促した。
          「お・・俺は・・・。」
          好きだと、口を開こうとしたが、次の瞬間、ある事を思い出して、龍麻は唇を噛んだ。
          暫く無言のままだったが、やがて一言呟く。
          「俺は・・・お前の気持ちに応えられない・・・・。」
          「・・・・・・・・・・・・・・そっか・・・・。」
          大きな溜息をついた京一は、そっと龍麻から離れ玄関に向かって歩き出す。そして、
          ドアの前で、俯いたままの龍麻を振り返ると、キッパリと言った。
          「・・・・・すまねぇな。変なこと言って。でも、俺本気だから。本気で、お前のことを愛して
          いる。」
          その言葉に、龍麻は固く目を瞑る。
          「・・・じゃあな・・・。」
          そう呟くと、京一は部屋を出て行った。
          「京一・・・・。」
          龍麻の目から、涙が溢れる。自分も京一の事を愛している。愛しているからこそ、
          京一の<想い>に応えられない。
          「だって・・・・。またお前を喪うのって、嫌なんだ・・・。」
          ここ数日、繰り返し見る夢が、龍麻の脳裏に浮かんでは消える。龍麻を庇って、
          死んでいく京一の夢。最初はただの夢かと思っていた。しかし、毎日、毎日、全く同じ夢を
          見るのが、気になった龍麻は、一人でコッソリと裏密に占ってもらったのだ。

          オカルト研究部の部室。分厚いカーテンで幾重にも仕切られた中央、薄暗い空間の中に、
          部長の裏密ミサは、頭に黒いフードを被って小さいテーブルの前に座っていた。テーブルの
          上に置いてある蝋燭だけが、唯一の明かりだった。
          “まるで、本物の魔女みたいだ・・・。”
          裏密の姿に、龍麻は正直そんな感想を持った。魔女裏密は、テーブルの上に置いてある
          水晶球を覗き込みながら、なにやら呪文を呟いた。
          「それは〜、ただの夢じゃないね〜。」
          「夢じゃない?」
          う〜ふ〜ふ〜と、不気味な笑みを浮かべながら、裏密は水晶球に手を翳す。途端、
          水晶球に白いモヤが映し出された。
          「なんなんだ?その白いモヤみたいなのは・・・。」
          不思議そうに水晶を覗き込む龍麻に、裏密は少し驚いたように、龍麻を見つめた。
          「緋勇くん〜。霊感が強いのね〜。普通の人には、何も見えないのに〜。だ〜か〜ら〜、
          ミサちゃん〜、緋勇君、好き〜。」
          「あ・・・あはははは・・・。ありがとう。で?これで何がわかるんだ?」 
          龍麻は引きつった笑みを浮かべながら尋ねる。
          「う〜ふ〜ふ〜。どうやら、魂に刻まれた想い〜。」
          「魂に刻まれた?」
          「そう〜。前世の記憶に近いね〜。」
          裏密は、さらに言葉を繋げる。
          「人にはね〜、前世の記憶ってものは、全くないの〜。人は死ぬと〜、魂は業火に包まれ、
          全く違う者に生まれ変わる〜。例えて言うなら、ガラス細工みたいに〜。その時、記憶は
          一つの例外もなく、抹殺される〜。だ〜か〜ら〜、前世の記憶というものは、地球上のどこ
          にも存在しない〜。ただ〜。」
          そこで言葉を切ると、裏密は水晶球を脇にどけ、テーブルの上にタロットカードをシャッフル
          すると、並べ始めた。
          「ただ?」 
          「<想い>は別〜。」
          1枚、1枚、ゆっくりとカードを捲る。
          「<想い>?」
          「そう〜。魂の核に刻み込まれた<想い>は、業火にも溶けない〜。でも〜、普段は魂の
          奥底に眠っているの〜。ただ、何かの拍子に、表に出てくるんだよ〜。大体が<夢>を
          媒体に〜。」
          「夢・・・・。じゃあ、あれは・・・・。」
          龍麻の顔が蒼白になる。
          「多分、同じような事を、経験したはず〜。」
          裏密の言葉に、龍麻は考え込む。
          「おや〜。このままでは〜、危ない〜。」
          その言葉に、龍麻は顔を上げる。裏密は捲ったタロットカードを見つめながら、呟いた。
          「京一君に〜、前世と同じ暗示が〜。」
          「なんだって!!」
          龍麻は裏密の肩を両手で揺さぶりながら、詰め寄る。
          「じゃ・・どうすれば、京一は助かるんだっ!!」
          「そ〜れ〜は〜、緋勇君次第〜。」
          龍麻の動きが止まる。
          「俺?」
          「そう〜。前世と〜同じ過ちを繰り返さない事〜。」
          「同じ過ち・・・・。そうか・・・。占ってくれてありがとう。」
          そう言うと、龍麻はヨロヨロと、オカルト研究部を後にした。だが、龍麻は知らない。
          その後裏密が呟いた一言を。
          「う〜ふ〜ふ〜。緋勇君〜。前世と同じ過ちをせずに〜、京一君と幸せになってね〜。」


          「京一が俺を庇うって事は、前世では、俺達(多分)恋人同士だったんだよ。だから、
          俺達が恋人同士にならなければ、京一は俺を庇うことはなく、京一は死なずにすむ
          んだ・・・。よしっ。完璧な推理だ。まっ、前世では、どうかしらないけど、現世(いま)の
          京一は、お姉ちゃん大好き男だからな・・・。俺なんか・・・眼中にないし・・・。」
          そう、思っていた矢先、突然の京一の告白。龍麻としては、どうしても受けたかった。
          だが、ここで恋人になってしまっては、前世と同じ事を繰り返してしまう。それだけは、
          避けなければ。
          「折角・・・・、京一と両想いになれたのに・・・・・。」
          龍麻は、いつまでも声を上げて泣き続けた。