約  束

                  第1話

 

 

            「いいか!お前等!負けたりしたら、承知しねぇぞ!!」
            応援団長である京一は、運動会の開会式が終わり、競技に移る数分の間を
            使って、クラスにカツを入れる。
            「うふふふ。今年は京一君、すごく張り切っているわね。」
            そんな京一の様子に、菩薩様は微笑む。
            「やっぱさ、勉強しなくっていい日だから、張りきってんじゃないの?いつもなら、
            寝ている時間なのにね。」
            菩薩様の親友、小蒔がうんうんと頷きながら、美里に同意する。
            「はははは。ひどいな、桜井は。なぁ、そう思わんか?龍麻。・・・・・龍麻?
            どうした?」
            醍醐に話を振られて、ハッと我に返った龍麻は、慌てて周囲を見回す。不信そうな
            醍醐達の視線に気がつき、龍麻ははにかむような笑みを浮かべた。
            「ごめん、聞いてなかった。」
            「いや、別に・・・。今年は京一の奴がえらく張りきっているなって言っていたんだ。」
            醍醐の言葉に、龍麻は引きつった笑みを浮かべた。
            「もともとお祭り好きな奴だからじゃないのか?」
            龍麻の言葉に、その場にいる全員は思わず顔を見合わせた。
            「そうだっけ?」
            「・・・・確か去年は、堂々とサボっていたわよね。」
            「あぁ、ガキじゃないんだから、こんな事やってられるかとか言っていたなぁ。」
            龍麻は首を傾げる。
            「そうなの・・・か?」
            「あぁ、よっぽど奴をやる気にさせることでもあるんだろうか・・・。」
            何気なく呟かれた醍醐の言葉に、龍麻はギクリとする。
            「・・・龍麻?」
            その事に気が付いた醍醐が、訝しげに龍麻を眺めていると、天の助けか、
            龍麻が出場する種目が近付いてきた事を告げるアナウンスが、校庭に流れた。
            「じゃ・・・じゃあ、そろそろ出番だから・・・。」
            そそくさと入場門へと駆け出す龍麻の後ろ姿を、京一は、やや離れた場所で
            見つめながら、ニヤリと笑った。
            “へへっ。ひーちゃん。約束は守って貰うぜ。”



            運動会前夜・・・・。
            「フフフフ・・・。」
            先ほどから不気味な笑みを浮かべているのは、蓬莱寺京一17歳。
            「何、不気味な笑いしてるんだ?ほら、さっさと飯を食え!片付かないだろ!!」
            テーブルの上に、手際良くお皿を並べながら、龍麻は京一を軽く睨みつけた。
            「だってよぉおお。」
            京一は椅子から立ち上がると、龍麻を後ろから抱き締めた。
            「明日は、運動会だぜ?C組優勝の前祝をだな・・・・。」
            そのまま龍麻の首筋に顔を埋めようとする京一の頭を、龍麻は容赦なく叩く。
            「痛ってぇ・・・。」
            「当たり前だ!ボケ!」
            龍麻は京一の腕を振り解くと、そそくさとキッチンへと戻ろうとする。
            だがその前に、京一の腕は伸びてきて、またしても龍麻は京一の腕の中に
            掴まってしまった。
            「へへへっ。離さねぇぜ!ひーちゃん♪」
            ニコニコと笑う京一に、龍麻は思いっきり溜息をついた。
            「あのさ、京一、明日は運動会なんだけど・・・・。」
            「おう!だから優勝前祝をひーちゃんとふたりっきりで・・・・。」
            「まだ、優勝するって決まった訳じゃないだろ?」
            呆れ顔の龍麻に、京一は人差し指を立てて、チッチッチッと龍麻の目の前で
            振った。
            「各運動部の部長が揃っている、うちの3−Cが負ける訳ないだろ?それに、
            ひーちゃんもいるし、優勝は戴きだぜ!」
            そう言って、さり気なく京一は龍麻の服をゆっくりと脱がせにかかる。
            「だ・・・だから!明日は運動会で、その・・・ちょっとこの行為はまずいだろ!!」
            「なんで?」
            「な・・・なんでって・・・。そんなの・・・・。」
            真っ赤になって俯く龍麻の頬を、京一は音を立てて口付けた。
            「判ったよ。嫌なんだろ。跡つけられんのが。」
            コクリと無言で頷く龍麻の身体を、京一はあっさりと開放する。
            「きょ・・・京一?」
            信じられない思いで見つめる龍麻に、京一は苦笑しながら言った。
            「しょうがないだろ?ひーちゃんが嫌だって言うんだから。但し、明日は絶対に
            優勝祝いをするぞ!いいな!!」
            真剣な表情の京一に、龍麻は思わずコクリと頷いてしまった。
            「ふふふふふ・・・。明日が楽しみだぜ。」
            腰に手を当てて、高笑いする京一の姿に、自分が間違った選択をしてしなったと、
            後悔する龍麻だった。


            「はぁあああ。」
            「?どうした?緋勇?」
            思いきり深い溜息をついた龍麻に、クラスメートが声をかける。
            「いや、何でもない。」
            「そうか?判った!借り物のカードに何が書いてあるか、気になるんだろう!」
            「え?あ・・そう。一体何が書いてあるんだろうな。」 
            まさか、京一の事を考えていたとは言えない龍麻は、適当に話を合わす。
            「簡単なヤツだといいよな。どうする?<恋人>って書かれていたら。」
            クラスメートの言葉に、龍麻はギクリとする。確かに恋人ならいる。でもそれは・・・。
            「ははは・・・。冗談キツイぜ。恋人がいないやつはどうするんだ?」
            龍麻の言葉に、それもそうだなと、クラスメートは無邪気に笑う。
            だが、龍麻にとって、それは笑い事ではなかった。それに気がつくのは、ほんの
            数分後になるのだが・・・・。



            「どうしたんだ?京一。お前の出番はまだ先だろ?」
            いきなりウォーミングアップを始めた京一に、醍醐は訝しげな声を出す。
            「へへへっ。それはどうかな?」
            対する京一は、不敵な笑みを浮かべながら、前方をじっと見つめた。視線の先にいる
            龍麻は、借り物カードを拾おうとしていた。




            「ま・・・マジ・・・・?」
            借り物カードを一目見た瞬間、龍麻は固まってしまった。
            「<恋人>って・・・・。」
            茫然と佇む龍麻の耳に、クラスメートの野次が飛ぶ。
            「緋勇!どうした!!とにかく、走れ!!」
            「緋勇くん!!」
            “そんな事言ったって・・・これどうしろっていうんだよ!!”
            無責任に野次を飛ばすクラスメート達を、龍麻は睨みつけようとして、3−Cが
            陣取っている場所に顔を向けると、京一が不敵な笑みを浮かべて立っているのに、
            気が付いた。
            “きょ・・京一?”
            「龍麻ーっ!!こっちだ!!」
            反射的に、龍麻は大地を蹴って京一の元へと急ぐ。
            「京一!一緒に走ってくれ!」
            「おう!まかせろ!!」
            京一は、龍麻の腕を取ると、そのまま一位でゴールに駆け込む。
            「では、借り物カードを確認します。」
            龍麻の手から、強引にカードを取り出すと、審判役の生徒は、カードと二人を見比べ、
            数秒間固まった。
            「えっと・・・・。お二人の関係は・・・・・。」
            「・・・?え?何が?<変人>だろ?書いてあるの。」 
            いけしゃあしゃあと龍麻は、審判役の生徒にニッコリと微笑みながら言う。
            「へ・・<変人>そ・・・そうですね!<変人>って書いてありました。・・・・でも、
            蓬莱寺先輩って<変人>なんですか?」
            好奇心丸出しの後輩に、ますます龍麻はにっこりと微笑んだ。
            「嘘。だって、<変人>って誰も思いつかなかったんだもん。・・・いいよね♪」
            極上の笑み付きの龍麻のお願いを断る事ができるはずもなく、審判役の生徒は、
            ブンブンと首を立てに大きく振った。
            「勿論OKです!!緋勇先輩!!」
            審判が上機嫌で去った後、京一は、龍麻にそっと耳打ちをした。
            「・・・・ひーちゃん。これが終わったら、ちょっと話があるんだけど。」
            「奇遇だな。実は俺もなんだ。」
            龍麻は不敵な笑みを浮かべながら、京一に頷いた。



            「で?どういうことだよ。」
            京一は龍麻を人気のないところまで連れてくると、先手必勝とばかりに、
            一気に捲くしたてた。
            「どうって?」
            「俺のどこが<変人>なんだよ!<恋人>だろ?借り物カードに書かれていた
            のは!!」
            怒鳴る京一に、龍麻はにっこりと微笑んだ。
            「京一君。どうして、借り物カードに書かれていた言葉を知っているのかなあ。」
            ハッと我に返った京一は、そこでようやく龍麻が微笑んでいるのではなく、実は
            怒りの為に凶悪な笑みをしている事に気が付いた。
            「そ・・・それは・・・・。」
            「お前、借り物カードを裏工作しただろ。」
            龍麻はピシャリと本当の事を言う。途端、京一は視線を逸らす。
            「何で、こんな事したんだよ。」
            「だって、ひーちゃんと俺が恋人同士だって、全員に知らせたかったんだよ。」
            京一の台詞に、龍麻の怒りの鉄拳が炸裂する。
            「馬鹿!そんなの公表する事か!!」
            龍麻の鉄拳を紙一重で避けながら、京一は言葉を繋げる。
            「そうすれば、他人に跡が見られるのが嫌だとか言って、体育の前夜に
            拒まれないかなぁと・・・・。」
            龍麻の動きが止まる。
            「何だって?」
            「だから、俺達が公認になれば、ひーちゃんだって、誰に気兼ねする必要ない
            だろ?いつでも、側にいられる。」
            胸を張ってそんな事を主張する京一に、龍麻は思わず頭が痛くなった。
            「・・・・ったく、馬鹿な事考えて・・・・。」
            龍麻は、京一の頭をぺシッと叩いた。
            「・・・今日はこれだけで勘弁してやる。大事な戦力だからな。但し、今度同じ事を
            してみろ。即“黄龍”だからな!!」
            「ひ〜ちゃ〜ん〜。怒ってんのか?」
            上目遣いで龍麻を見つめる京一に、龍麻は頬を膨らませた。
            「当ったり前だろうがっ!!・・・・まぁ、これから京一が出場する種目全部、一位を
            取ったら、許してやってもいい・・・・。」
            「判った。まかせろ!!」
            京一はそう言うと、二ヤリと笑いながら、掠めるように龍麻に口付けした。
            「きょ・・・京一!!」
            真っ赤になって怒鳴る龍麻に、京一はハハハと笑いながら駆け出した。
            「今日は、絶対にひーちゃんのために優勝するからな!!」
            小さくなる京一の後ろ姿に、龍麻は苦笑する。
            「・・・ったく、俺もつくづく京一に甘いよな・・・。」
            龍麻は、そっと唇に触れると、にっこりと微笑んだ。