約   束 

 

                 第2話

 

 

          「だーかーら、俺は嫌だって言っただろう!!」
          プログラムは既に前半部分が終わり、今はお弁当タイム。午後からのプログラムに
          備えて、英気を養う最重要な時間帯であるにも関わらず、龍麻はクラスの女子数人に
          囲まれ、3−Cの教室へと連行されていた。
          「うふふふ。緋勇くん。往生際が悪いわよ。」
          菩薩様が不気味に笑いながら、手にチアガールの服を持って、ジリジリと近寄ってくる。
          「なんで・・・俺が・・・・。美里がやるはずだろ!」
          恐怖に引きつりながら、龍麻は何とか逃げ出そうとするが、両脇を既に固められている
          ため、身動き一つ出来ない。
          「ごめんなさいね。ちょっとしたプログラムの手違いで、応援合戦に出ちゃうと、次の種目に
          出れなくなっちゃうのよ。」
          にっこり微笑む菩薩様に、勇敢にも、龍麻は必死の反撃を試みる。
          「あのさ、チアガールって、普通女の子がやるもんだろ?俺なんかがやらなくっても、
          うちのクラスには美里の他にも綺麗どころが揃っている訳だし・・・。」
          「あら、京一君とピッタリ息の合う人間なんて、緋勇くんだけじゃない。この前の、
          練習の時の要領でやればいいのよ。」
          ますますニッコリと菩薩様は微笑む。だが、その眼は私に逆らうことは許さなくってよ!!
          とばかりに、凄んでいた。
          「あれは、美里が生徒会の仕事があるっていうから、代わりにやっただけで・・・。」
          菩薩様は無言でチアガールの服と、鬘を龍麻に差し出す。
          「せめて、京一と同じ学ランを・・・・・。」
          「却下!!」
          その場にいた女生徒全員が口を揃えた。
          「絶対に、似合うから〜。」
          「お願い!お願い!この通り!」 
          「緋勇大明神様〜!」
          女生徒達は、龍麻の周りを取り囲むと、一斉に両手を合わせて拝み始めた。
          「ちょ・・ちょっと待てよ・・・・。」
          その異様な光景に飲まれ、龍麻はおろおろするばかりだった。
          「うふふふ。みんな、大丈夫よ。」
          菩薩様は、微笑みながらみんなを見回した。
          「3−Cが優勝するためですもの。緋勇くんは喜んで、この大任を果たしてくれるはず。」
          勝手な事を言うな〜!という龍麻が怒鳴り声は、女生徒の歓声に消されてしまった。
          「流石、緋勇くん!物分りがいいわね!!」
          「じゃあ、時間が勿体無いし、さっさと着替えさせちゃおう!」
          「うわあああああ!!よせぇえええええ!!」
          その場にいた全員にもみくちゃにされ、気が付いた時には、龍麻はチアガールの格好を
          させられ、茫然と立っていた。しかも、ロングの鬘も被らされ、薄化粧まで施されていた。
          「うふふふ。思った通り。良く似合うわ!」
          満足そうに菩薩様は微笑むと、手早く龍麻の着替えを持つと、他の女生徒を引き連れ、
          教室を出て行った。
          「じゃあ、またあとでね♪緋勇くん。」
          その言葉に、ハッと我に返った龍麻は慌てて追いかけようとしたが、自分の格好に
          気が付き、教室のドアから廊下に向かって叫ぶことしかできなかった。
          「美里〜!!服を置いてけ〜!!」
          だが、返ってきたのは、美里の高笑いのみだった。
          「ど・・・どうしよう。こんな格好・・・・。」
          途方に暮れた龍麻は、肩を力なく落として、自分の席に立つ。校庭に椅子を持ち
          出している為、仕方なく龍麻は机に座ろうとした時、教室の後ろのドアがガラリと
          開いた。
          「ひーちゃん!早く弁当を食べないと、時間がなくなる・・・・。」
          聞き覚えのある声に、龍麻が後ろを振り向くと、そこには、弁当箱を二つ持った京一が、
          口をポカンと開けて立っていた。
          「ひ・・・ひーちゃん・・・か・・?」
          「京一〜!!」
          茫然と立っている京一に、龍麻は思いっきり抱きついた。
          「美里が〜。」
          「あぁ、そうか。」
          ポンと京一は手を打った。
          「?」
          訳が判らず首を傾げる龍麻に、京一はニコニコと笑いながら、龍麻を抱き締めた。
          「俺の相手役、やっぱひーちゃんだったんだ。」
          「やっぱ?どういうことだ?」
          嫌な予感に龍麻は恐る恐る尋ねる。
          「美里が、相手は当日のお楽しみよ!なんて意味深な事を言うからさ。」
          「相手って、美里だろ!」
          龍麻の言葉に、京一は首を振った。
          「いや。決まっていなかったぜ。・・・・もしかして、ひーちゃん知らなかったのか?
          3−Cの応援合戦で俺の相手が誰か、全校でトトカルチョしてたって。」
          「はぁああああ?何それ。」
          これって、完璧に仕組まれた事だったのか・・・。がっくりと肩を落とす龍麻を、
          京一はぎゅっと抱き締めた。
          「へへっ。午後の応援合戦、楽しみだな!」



          「あっ、美里ちゃん!さっきはありがとう!」
          校庭に戻った葵を、目聡く見つけたアン子は、カメラ片手に近寄ってきた。
          「美里ちゃんが、借り物競争に裏工作してくれたおかげで、もうバッチリいい写真を
          撮る事が出来たわ!」
          「うふふふ。大したことはしていないわ。それよりも、次の応援合戦も頼んだわよ。」 
          アン子は、カメラ片手にウィンクした。
          「まっかせて!年に数回あるかないかの稼ぎ時だもの。絶対にいい写真を撮るわよ。
          売上の2割は、今度生徒会の方に持っていくわね。」
          「ええ。期待しているわ。」
          「それにしても、今年の体育祭は、例年に比べて凄いわ。全校はもとより、他校にまで
          関心を集めているんだもの。写真の売上に、全校巻き込んでのトトカルチョで、かなり
          生徒会は潤うんじゃない?」
          そんなアン子の問いに、美里はただ笑うだけであった。