約 束

 

                 第3話

  

 

            「やぁ、奇遇だな。」
            真神学園の校門の所で、ばったりと如月と壬生は出会ってしまった。
            「確か、君の所も今日、体育祭のはずだろ?何でここにいるんだい?」
            如月の言葉に、壬生はちらりと一瞥すると、ボソリと呟いた。
            「そう言う如月さんの所も、今日が体育祭だと記憶しているんですが・・・。」
            「フッ。愛のためなら、僕は常識をも覆すのさ。」
            「要するに、サボったのですね。」
            壬生の鋭い一言に、如月は負けじと反撃する。
            「そういう壬生もサボリだろ?」
            「僕は違います。」
            きっぱりと否定する壬生に、訝しげな顔をする如月。
            「どういうことだ。」
            「僕は頼まれたんですよ。館長に。」
            そう言って、壬生は手にしたビデオカメラを見せる。
            「館長の代わりに、龍麻のビデオを撮ってくるのが、今日の僕の使命だ。」
            「・・・・なんで、おまえの所の館長が・・・・。」
            「何でも、遠く離れた龍麻の両親に、龍麻の元気な姿を送るそうですよ。」
            拳武館の館長、鳴瀧は龍麻の実の父親と親友で、当然龍麻の養父母とも
            顔見知りだった。
            「そうだったのか・・・。」
            如月はすんなり納得したが、実は壬生は全然納得していなかった。龍麻の
            両親に近状報告を兼ねてビデオを送るという、鳴瀧の建前を壬生は完璧に
            看破していた。ただ単に、鳴瀧は龍麻のビデオが欲しいだけなのである事に、
            壬生は気が付いていた。
            “館長・・・。僕はあなたを尊敬していますが、龍麻に関しては譲れませんよ。”
            そういう壬生も、鳴瀧には適当に映したビデオを提出して、自分用に龍麻オンリーの
            ビデオを撮る事を目論んでいた。だが、そんなことを如月に一々説明する必要はない。
            「では、僕はこれで。色々とビデオを撮って回らなければならないので。」
            これ以上、話す事は何もないとばかりに、壬生はさっさと門の中へと入っていった。
            そんな壬生の後ろ姿に、如月は声をかける。
            「うまく撮れたら、コピーしてくれよ!」
            “フッ。誰が。”
            内心、壬生は舌を出す。
            “全く、館長にも困ったものだ。昨日のうちに命令してくれれば良かったのに。”
            そうすれば、ビデオテープを買いに走ったりという無駄な手間のせいで、龍麻が
            唯一プログラム前半に出場する「借り物競争」を撮り損なうという失態をおこさずに
            済んだのだ。相手が館長でなければ、今頃<裏・龍神翔>で、地獄への超特急便を
            放っていたものを・・・・。
            「とにかく、午後からのプログラムは全て制覇しなければ。」
            壬生は鳴瀧から入手した、プログラムにザッと眼を通す。大きく赤丸がしてあるのが、
            拳武館の情報網で調べた、龍麻の出場する種目である。
            「<応援合戦>、<騎馬戦>、<400M走>、<1000M走>、<男女混合リレー>
            か・・・。」
            壬生はプログラムを閉じると、涼しげな眼差しを人だかりに向けた。
            「では、真神学園新聞部部長、遠野杏子の姿を探すとするか。」
            拳武館情報によれば、今年の真神の体育祭は、例年に無いほどの盛り上がりを見せて
            いるそうだ。答えは簡単だ。全て龍麻の存在が大きい。彼の写真は、校内および近隣の
            学校では、高値で売買されていると言う。体育祭という特殊な環境での龍麻の写真は、
            さらに値が釣り上がること間違いはない。そのような、葱をしょった巨大なカモを、杏子が
            見逃すはずはない。その上、彼女は真神の生徒だ。真神の体育祭を知り抜いている。
            つまり、杏子がいる場所が、絶好の撮影ポイントなのだ。
            「・・・・それにしても、人が多いな。半数ほど倒した方が、撮影の妨害をされなくって良い
            かもしれない・・・・。」
            などと、拳武館ナンバー1のアサシンが物騒な事を呟いた時、いきなり人込みが
            どよめいたと思ったら、まるでモーゼの十戒のように、何の前触れもなく人込が二つに
            割れた。
            「はい!皆さん!下がって!撮影の邪魔!邪魔!!」
            腕に<スタッフ>の腕章をつけた霧島諸羽が、人員整理を始めていた。
            「・・・霧島?」
            何で霧島がここに?プロのカメラマンと思しき人物が、手際良く機材を並べていた。
            「あっ!壬生さん!!こんにちは!壬生さんも応援ですか!!」
            人員整理をしていた霧島は、茫然と佇む壬生に気が付き、駆け寄って来た。その後ろを、
            ピッタリと現役女子高生アイドル、舞園さやかがくっついていた。
            「・・・すごい機材だね。」 
            感心して呟く壬生に、霧島は、にっこりと満面の笑みで答えた。
            「はい!美里さんにビデオを撮ってくれって頼まれたんです!これで、京一先輩の
            勇姿はバッチリです!!」
            そんな霧島の態度に、やや同情的な視線を、後ろに立っているさやかに向けた。
            「このスタッフ、全部舞園さんのツテ?」
            「私、霧島君のお願いに弱いんです・・・・。」
            肩を軽く竦ませるさやかの姿に、このカップルは、これでも何とかやっているらしいな、
            などと壬生が暢気に考えていると、背後で声がした。
            「壬生はん!久し振りやな〜!!」
            背後を振りかえると、ひよこを肩に乗せた劉弦月と紫暮兵庫、雨紋雷人が立っていた。
            「・・・君達も応援かい?」
            壬生の言葉に、劉が頷いた。
            「アニキの晴れ舞台や!弟分のワイが応援に来んと、誰が来るんや!!」
            「さっき、コスモレンジャー達にも逢ったぞ。何でも、<応援合戦>に友情出演で
            参加するらしい。」
            「俺様も他の仲間数人に逢ったぜ。まっ、龍麻サンが出ると聞いて、応援に来ない
            人間はいないからな。」
            雷人の言葉に、一同大きく頷いた。京一先輩も格好いいです!という霧島の叫びは、
            この際無視することにする。
            「なんだ、みんな来てくれたのか!!」
            そこへ、ニコニコと笑いながら醍醐が歩いてきた。
            「・・・・龍麻の姿が見えないみたいだけど?」
            京一の姿も見えないのだが、あくまでも龍麻に固執する壬生は、いつもなら一緒にいる
            であろう龍麻の姿を求め、醍醐に疑問の眼差しを向ける。
            「あぁ・・・。その辺にいるんじゃないのか?そろそろ競技が始まるからな。じき戻るだろう。」
            珍しく、歯切れの悪い醍醐を訝しげに思いながらも、そろそろ競技が始まるという
            醍醐の言葉に、杏子を捜していた事実に気が付いた。
            「ところで、新聞部部長の遠野さんはどこにいるか知らないか?」
            「遠野?遠野に何の用だ?壬生。」
            醍醐が首を傾げるのも無理はない。アン子と壬生に接点はまるでない。
            「いや、遠野さんに渡してくれと頼まれた物があるんだ。」
            壬生はすまして答えた。真実を知って、我も我もとついて来られてはたまらない。やはり、
            龍麻の姿を特上席で見るのは、自分だけでいい。
            「そうか?遠野なら・・・・。」
            醍醐はキョロキョロと辺りを見回す。
            「ほら、あそこの来賓用のテントの脇に立っているぞ。」
            醍醐の指差す方向を素早く確認すると、壬生は挨拶もそこそこに駆け出して行った。
            「あんなに慌てて、よほど大切なものなんだろうな・・・。」
            感心したように呟く醍醐に、雷人はニヤニヤと笑いながら言った。
            「意外と、壬生さんが書いたラブレターだったりして・・・。」
            「えっ!壬生さんと遠野さんって、そういう関係だったんですか!!」
            騒ぐ霧島に、劉がツッコミを入れる。
            「な、訳ないやろ!壬生はんはアニキ一筋なお人やし〜。多分、面倒な頼まれ事を
            さっさと済まそう思ってるんやないか?」
            「それもそうだな。」
            頷く雷人に、劉は持っていたカメラを出しながら言う。
            「それにしても、早よお、アニキの出番が来ないかなぁ。ワイ、新品のカメラ買ってきた
            んやで〜。」
            「おう、勿論俺様もだ!龍麻さんの体操着姿って、他校生である俺達には、お目に
            かかれない代物だしな!!」
            などと、劉と雷人が盛り上がっている時、当の龍麻は、京一の腕の中で、ブツブツ
            文句を言っていた。
            「ううううう・・・。絶対に出たくない〜!!」
            そんな龍麻の髪を撫でながら、京一は先ほどから辛抱強く説得を繰り返していた。
            「だって、もう既に決定事項なんだぜ?」
            その言葉に、龍麻の怒りは頂点に達する。
            「だったら、京一が女装すればいいじゃんかっ!!」
            「お・・・俺がぁ〜。」
            ポンと龍麻は手を叩く。
            「そうだよ!それがいい!!俺と京一が入れ替われば、俺を嵌めた美里に一泡
            吹かせてやれるってもんだろ!!」
            気を良くしてニコニコ笑う龍麻に、京一はがっくりと肩を落とした。
            「ひーちゃん。俺にチアガールが似合う訳ないだろ?」
            「そんなことない!」
            ブンブンと首を横に振る龍麻に、京一は呆れた顔をした。 
            「俺、チアガールの振りつけ知らないし、第一、ひーちゃんを抱き上げる場面が
            あるじゃん。ひーちゃん、俺を抱き上げられるか?」
            「う・・・それは・・・。」
            言葉に詰まる龍麻に、ここぞとばかりに京一は追い討ちをかける。
            「無理だろ。この細腕じゃ。」
            「そんなの、やってみなくっちゃ・・・・。」 
            みなまで言わせず、京一は龍麻を抱き締めた。
            「京一・・・・?」
            「あのな、もしもそれで、ひーちゃんが怪我をしたらと思うと、俺は自分で
            自分が許せねぇ。」
            その言葉に、龍麻は京一にぎゅっとしがみつく。
            「判ってくれよ。なっ。」
            「・・・・・なんか、上手く丸め込まれたような気がする・・・。」
            上目遣いに睨む龍麻に、京一はそっと口付ける。
            「・・・・京一・・・。」
            「さっ、そろそろ時間だ。行こうぜ!ひーちゃん。大丈夫、ひーちゃんなら立派に
            やれるさ!なんせ、この俺が選んだ人間なんだからな。」
            そう言って手を差し出す京一に、一瞬龍麻は躊躇した。
            「大丈夫。俺を信じろ。龍麻。」
            その言葉に、龍麻はおずおずと京一の手に自分の手を重なり合わせる。
            「さっ、<応援合戦>も一位を取るぜ!じゃないと、俺ひーちゃんに許して
            もらえねーもん。」
            「京一ってば・・・。」
            クスリと笑う龍麻に、もう1度口付けると、京一は龍麻の手を引いた。
            「さっ、行くぜ!相棒!」
            「了解!」
            二人は、お互い顔を見合わせて微笑むと、皆が待っている校庭へと一歩踏み出した。