約束

 

                     第4話

 

         「うふふふ。いよいよね。用意はいい?アン子ちゃん。」
         菩薩様の言葉に、アン子は用意した3台のカメラを入念にチェックしていた手を
         休めて、頷いた。
         「まっかせて!何時でも準備OKよっ!」
         頼もしいアン子の言葉に、美里は満足そうに頷くと、視線を校庭に戻す。丁度
         3−Bの応援が終わり、次はいよいよ大本命。3−Cの演技が始まる。途端、
         トトカルチョに参加している生徒達は、固唾を飲んで、入場門を一斉に凝視する。
         手元にある紙が、宝になるかゴミになるかは、この一瞬にかかっていた。緊張の
         ためか、途端辺りは水を打ったように静かになった。
         「なぁ、次の応援合戦に出るのって、京一はんやろ?」
         プログラムを見ていた劉は、隣に立っている紫暮に問いかける。
         「あぁ、そういう話だな。」
         「でも、そんならなんで、こう異常なまでに緊張感が漂ってるんや?」
         劉の疑問に、雷人も同意する。
         「そうだよな。こう、嵐の前の静けさっていうか・・・・。」
         その時、丁度笛の音がなり、京一以下数人の男子生徒が入場門からグラウンドの
         中央に駆け出してきた。
         「3−Cの優勝を祈願して〜。」
         応援団長の京一の声が響き渡る。素肌に長学ランを着込み、真っ白なはちまきに
         同じく真っ白な襷をして3・3・7拍子を始める京一は、誰が見ても格好が良かった。
         「キャーッ!!京一先輩!格好いい!!」
         途端、女生徒達から、盛大な声援がかかる。その中に、霧島の姿があったとか、
         なかったとか。
         「・・・・すごい人気やな。京一はん。」
         耳を押さえながら、呟く劉に、こちらもまた同じように耳を押さえながら、雷人も頷く。
         「それにしても、龍麻サンは、どこに行ったんだろうな。見てみろ、3−Cの場所に
         龍麻サンはないぞ。」
         雷人の指し示す3−Cの場所に、龍麻の姿がない。
         「変やなぁ。そう言えば、休憩の時もおらへんかったなぁ。」
         そう劉が呟いた時、周囲がどよめいた。
         「嘘だろ!!」
         「マジかよぉおお。」
         「んなのありかぁ?」
         「きゃー、緋勇先輩かわいい!」
         緋勇という言葉に過剰反応を示した劉達は、グラウンドの中央、いつのまにか
         でてきた数人のチアガールの中に、彼等のお目当ての主を発見して、思わず
         3人は顔を見合わせた。
         「龍麻・・・・。」
         「アニキ・・・・。」
         「龍麻サン・・・・。」
         チアガール姿の龍麻は、にこやかに微笑みながら、BGMに合わせて、踊り
         まくっている。京一達を静とすれば、龍麻達は動。静と動の見事なまでのコントラストに、
         観衆は惹き込まれていた。
         そして、ラスト。京一以外の男子生徒によって作られた人間ピラミッドの上から、ダイブした
         龍麻を京一が見事に受け止め、そのままフィニッシュを決めると、割れんばかりの拍手が
         沸き起こった。
         「アニキー!良かったでー!!」
         「龍麻サン最高!!」
         涙を流しながら、手を叩く二人の横で、紫暮がふと思い出したように聞いた。
         「そういえば、お前達、ちゃんと今のを写真に収めたのか?」
         その言葉に、ハッと我に返った。二人は顔を見合わせた。
         「アカン!あまりの素晴らしさに、写真撮るのを忘れてしもうた〜。」
         「龍麻サン!!ワンモアプリーズ〜!!」
         二人は、演技を終えて退場門に急ぐ龍麻の後ろ姿に、絶叫した。




         「俺、絶対に桜井だと思っていたのに。」
         「俺は、美里かと・・・。」
         「だいたい何で緋勇が出て来るんだ?まぁ、すごく似合っていたから良かった
         けどさ・・・。」
         菩薩様のすぐ近くで聞こえる声に、菩薩様はニヤリと微笑んだ。
         “うふふふ。当然じゃない。何の為にトトカルチョしたと思っているの?”
         乱れ飛ぶ紙をチラリと一瞥すると、美里はトトカルチョの集計結果をパラパラと
         捲った。思った通り、ダントツに小蒔が多い。次点はほんの5票差で美里。
         その後は3−Cの綺麗どころが名を連ねていた。
         「あら?」
         美里は一番最後に書かれた文字を見て、思わず目を疑った。
         「一体誰かしら・・・・。」
         そこには、緋勇龍麻1票と書かれてあり、投票者の名前を確認した美里は、
         隣に座っている生物教師、犬神杜人を横目で見た。
         「犬神先生。一体何時の間に・・・・。」
         「フッ。たまには教師も生徒に合わせんとな。」
         不服そうな美里に、犬神は不敵な笑みを浮かべた。



         「あぁ、龍麻。君はなんて美しいんだ・・・。」
         ビデオ片手に感動の涙を流している壬生の姿は、ちょっとなさけないかもしれないが、
         ここは他校であり、周囲の反応など、今の壬生には全く関係がなかった。
         「蓬莱寺が邪魔だったが、まぁ、龍麻のパセリには丁度いいか。」
         などと、本人が聞いたら、確実に技をかけられる事を呟いた時、背後で聞きなれた
         声がした。
         「よぉ。その分じゃいい場面が撮れたようだな。」
         “その声は・・・・。”
         嫌な予感に振り返ってみると、そこには、如月と村雨が立っていた。
         「何時からここに・・・・。」
         茫然と呟く壬生に、勝ち誇った笑みを浮かべて如月は言う。
         「フッ。勿論、3−Cの応援合戦が始まってからだ。どうせ君の事だ。龍麻のビデオを
         絶好のポイントで撮影すると思ってね、ずっと後をつけていたんだよ。気づかなかったの
         かい?」
         まぁ、相手は本物の忍者だから、全く気が付かなかったのは仕方がない。だが、何で
         村雨までここにいるんだろうと、視線を向けた。
         「へへっ。俺は運がいいんでね。気の向くままに歩いてたら、丁度先生が演技をしている
         だったんだ。まぁ、おまえさんは撮影に夢中で俺には気が付かなかったみたいだがな。」
         その言葉に、決まり悪げに壬生は視線を反らせると、アン子の姿が何時の間にか消えて
         いることに気が付いた。
         「しまった!!次のポイントはここではないのかっ!!」
         壬生はそう叫ぶと、如月と村雨を無視して、アン子の姿を求め走り出した。
         「行くぞ、村雨。壬生の行くところが、次の龍麻を見る絶好の場所だ!!」
         「そういうことなら!」
         壬生の後を、如月と村雨は慌てて追いかけた。



         「ひーちゃん。良かったぜ!」
         京一は、龍麻の肩に腕を回すと、クシャリと髪を掻き回した。
         「緋勇くん!京一!!すっごく良かったよ!!今結果が発表になってうちが1位だって!!
         これでうちの優勝は決まり!だね♪」
         じゃれ合っている京一と龍麻のところに、紙袋を二つ持った小蒔が駆け寄って来た。
         「あったりまえだろうがっ!!俺とひーちゃんが組めば、怖いもんはねぇ。」
         右腕を龍麻の首に絡ませ、左腕を腰に当てた京一は、胸を張って言う。
         「そうそう。これ、着替え。早くしないと京一、次の種目に間に合わないよッ!!」
         「ゲッ!ヤベエ。じゃあ、ひーちゃん、俺先に着替えに行くぜ。」
         「あっ、京一!!」
         小蒔から紙袋を受け取ると、京一は駆け出して行った。
         「・・・・行っちゃった。京一、本当に忙しい奴だよね。応援団長の他に、可能な限り
         出場しているでしょう?これじゃあ、身体がいくつあっても足りないんじゃないのかなぁ。
         ねぇ、緋勇クン。」
         小蒔の言葉に、龍麻は無言で頷く。
         “もう少し一緒にいられると思ったのに・・・・。”
         「これで、うちが優勝したら、確実に京一がMVP賞に輝くんじゃないかなぁ・・・・。」
         小蒔の言葉を耳にしながら、龍麻はもう1度京一の後ろ姿を見つめた。
         龍麻と二人っきりで優勝祝いをしたいがために、頑張っているようにはどうしても思えない、
         京一の頑張りに、龍麻は心の中に急速に不満が広がっていくのを感じ、少し身震いした。