「うふふふ。いよいよね。用意はいい?アン子ちゃん。」 菩薩様の言葉に、アン子は用意した3台のカメラを入念にチェックしていた手を 休めて、頷いた。 「まっかせて!何時でも準備OKよっ!」 頼もしいアン子の言葉に、美里は満足そうに頷くと、視線を校庭に戻す。丁度 3−Bの応援が終わり、次はいよいよ大本命。3−Cの演技が始まる。途端、 トトカルチョに参加している生徒達は、固唾を飲んで、入場門を一斉に凝視する。 手元にある紙が、宝になるかゴミになるかは、この一瞬にかかっていた。緊張の ためか、途端辺りは水を打ったように静かになった。 「なぁ、次の応援合戦に出るのって、京一はんやろ?」 プログラムを見ていた劉は、隣に立っている紫暮に問いかける。 「あぁ、そういう話だな。」 「でも、そんならなんで、こう異常なまでに緊張感が漂ってるんや?」 劉の疑問に、雷人も同意する。 「そうだよな。こう、嵐の前の静けさっていうか・・・・。」 その時、丁度笛の音がなり、京一以下数人の男子生徒が入場門からグラウンドの 中央に駆け出してきた。 「3−Cの優勝を祈願して〜。」 応援団長の京一の声が響き渡る。素肌に長学ランを着込み、真っ白なはちまきに 同じく真っ白な襷をして3・3・7拍子を始める京一は、誰が見ても格好が良かった。 「キャーッ!!京一先輩!格好いい!!」 途端、女生徒達から、盛大な声援がかかる。その中に、霧島の姿があったとか、 なかったとか。 「・・・・すごい人気やな。京一はん。」 耳を押さえながら、呟く劉に、こちらもまた同じように耳を押さえながら、雷人も頷く。 「それにしても、龍麻サンは、どこに行ったんだろうな。見てみろ、3−Cの場所に 龍麻サンはないぞ。」 雷人の指し示す3−Cの場所に、龍麻の姿がない。 「変やなぁ。そう言えば、休憩の時もおらへんかったなぁ。」 そう劉が呟いた時、周囲がどよめいた。 「嘘だろ!!」 「マジかよぉおお。」 「んなのありかぁ?」 「きゃー、緋勇先輩かわいい!」 緋勇という言葉に過剰反応を示した劉達は、グラウンドの中央、いつのまにか でてきた数人のチアガールの中に、彼等のお目当ての主を発見して、思わず 3人は顔を見合わせた。 「龍麻・・・・。」 「アニキ・・・・。」 「龍麻サン・・・・。」 チアガール姿の龍麻は、にこやかに微笑みながら、BGMに合わせて、踊り まくっている。京一達を静とすれば、龍麻達は動。静と動の見事なまでのコントラストに、 観衆は惹き込まれていた。 そして、ラスト。京一以外の男子生徒によって作られた人間ピラミッドの上から、ダイブした 龍麻を京一が見事に受け止め、そのままフィニッシュを決めると、割れんばかりの拍手が 沸き起こった。 「アニキー!良かったでー!!」 「龍麻サン最高!!」 涙を流しながら、手を叩く二人の横で、紫暮がふと思い出したように聞いた。 「そういえば、お前達、ちゃんと今のを写真に収めたのか?」 その言葉に、ハッと我に返った。二人は顔を見合わせた。 「アカン!あまりの素晴らしさに、写真撮るのを忘れてしもうた〜。」 「龍麻サン!!ワンモアプリーズ〜!!」 二人は、演技を終えて退場門に急ぐ龍麻の後ろ姿に、絶叫した。 「俺、絶対に桜井だと思っていたのに。」 「俺は、美里かと・・・。」 「だいたい何で緋勇が出て来るんだ?まぁ、すごく似合っていたから良かった けどさ・・・。」 菩薩様のすぐ近くで聞こえる声に、菩薩様はニヤリと微笑んだ。 “うふふふ。当然じゃない。何の為にトトカルチョしたと思っているの?” 乱れ飛ぶ紙をチラリと一瞥すると、美里はトトカルチョの集計結果をパラパラと 捲った。思った通り、ダントツに小蒔が多い。次点はほんの5票差で美里。 その後は3−Cの綺麗どころが名を連ねていた。 「あら?」 美里は一番最後に書かれた文字を見て、思わず目を疑った。 「一体誰かしら・・・・。」 そこには、緋勇龍麻1票と書かれてあり、投票者の名前を確認した美里は、 隣に座っている生物教師、犬神杜人を横目で見た。 「犬神先生。一体何時の間に・・・・。」 「フッ。たまには教師も生徒に合わせんとな。」 不服そうな美里に、犬神は不敵な笑みを浮かべた。 「あぁ、龍麻。君はなんて美しいんだ・・・。」 ビデオ片手に感動の涙を流している壬生の姿は、ちょっとなさけないかもしれないが、 ここは他校であり、周囲の反応など、今の壬生には全く関係がなかった。 「蓬莱寺が邪魔だったが、まぁ、龍麻のパセリには丁度いいか。」 などと、本人が聞いたら、確実に技をかけられる事を呟いた時、背後で聞きなれた 声がした。 「よぉ。その分じゃいい場面が撮れたようだな。」 “その声は・・・・。” 嫌な予感に振り返ってみると、そこには、如月と村雨が立っていた。 「何時からここに・・・・。」 茫然と呟く壬生に、勝ち誇った笑みを浮かべて如月は言う。 「フッ。勿論、3−Cの応援合戦が始まってからだ。どうせ君の事だ。龍麻のビデオを 絶好のポイントで撮影すると思ってね、ずっと後をつけていたんだよ。気づかなかったの かい?」 まぁ、相手は本物の忍者だから、全く気が付かなかったのは仕方がない。だが、何で 村雨までここにいるんだろうと、視線を向けた。 「へへっ。俺は運がいいんでね。気の向くままに歩いてたら、丁度先生が演技をしている だったんだ。まぁ、おまえさんは撮影に夢中で俺には気が付かなかったみたいだがな。」 その言葉に、決まり悪げに壬生は視線を反らせると、アン子の姿が何時の間にか消えて いることに気が付いた。 「しまった!!次のポイントはここではないのかっ!!」 壬生はそう叫ぶと、如月と村雨を無視して、アン子の姿を求め走り出した。 「行くぞ、村雨。壬生の行くところが、次の龍麻を見る絶好の場所だ!!」 「そういうことなら!」 壬生の後を、如月と村雨は慌てて追いかけた。 「ひーちゃん。良かったぜ!」 京一は、龍麻の肩に腕を回すと、クシャリと髪を掻き回した。 「緋勇くん!京一!!すっごく良かったよ!!今結果が発表になってうちが1位だって!! これでうちの優勝は決まり!だね♪」 じゃれ合っている京一と龍麻のところに、紙袋を二つ持った小蒔が駆け寄って来た。 「あったりまえだろうがっ!!俺とひーちゃんが組めば、怖いもんはねぇ。」 右腕を龍麻の首に絡ませ、左腕を腰に当てた京一は、胸を張って言う。 「そうそう。これ、着替え。早くしないと京一、次の種目に間に合わないよッ!!」 「ゲッ!ヤベエ。じゃあ、ひーちゃん、俺先に着替えに行くぜ。」 「あっ、京一!!」 小蒔から紙袋を受け取ると、京一は駆け出して行った。 「・・・・行っちゃった。京一、本当に忙しい奴だよね。応援団長の他に、可能な限り 出場しているでしょう?これじゃあ、身体がいくつあっても足りないんじゃないのかなぁ。 ねぇ、緋勇クン。」 小蒔の言葉に、龍麻は無言で頷く。 “もう少し一緒にいられると思ったのに・・・・。” 「これで、うちが優勝したら、確実に京一がMVP賞に輝くんじゃないかなぁ・・・・。」 小蒔の言葉を耳にしながら、龍麻はもう1度京一の後ろ姿を見つめた。 龍麻と二人っきりで優勝祝いをしたいがために、頑張っているようにはどうしても思えない、 京一の頑張りに、龍麻は心の中に急速に不満が広がっていくのを感じ、少し身震いした。 |