その日も、いつもと同じ日常だった。
ずっとこの日常が続くと、ボクは信じて疑わなかった・・・・・。
「ん・・・。ロ・・・イ・・・・・。」
「愛しているよ・・・。エディ・・・・。君を離したくない・・・・。」
ロイは、深い口付けを最愛の妻、エドワードに贈りながら、
その華奢な身体を抱きしめた。
「駄目・・・ってばぁ・・・・・。」
弱々しくロイの身体を自分から引き離そうと試みるエドだったが、
両手ごとガッチリと抱き込まれ、エドは途方にくれる。
「・・・・・あのぉ・・・・・。」
そんな2人の様子に、勇敢にも声を掛けるのは、ジャン・ハボック
中尉。大陸一の新婚馬鹿ップルに、滂沱の涙を流しながら、
ハボックは勇気を振り絞り、声をかけた訳なのだが、あっさりと
ロイは無視すると、エドの身体をますます強く抱き締める。
「ハボック中尉、無駄ですよ。あと30分は離れないんじゃないんですか?」
ハボックの横で苦笑するのは、エドの弟のアルフォンス。
中でお茶でもどうです?と薦めるアルに、ハボックはガックリと肩を
落とす。
「一体、どうしたんだ?准将は。いつもよりも行ってきますのキスが
激しくないか?いつもは30分で終わるだろ?」
ロイを迎えに来て既に30分が経過している。
いつもなら、そろそろエドを解放して、車に乗っている時刻の
はずである。それが、あと30分もこの状態だと言うアルに、
ハボックは訝しげに尋ねる。
「・・・・今日から、准将は司令部に詰めるでしょう?その間、兄さんに
触れられないからと、昨日非番を良いことに、一昨日の夜から
兄さんにベッタリで離れないんですよ。准将・・・・。」
げっそりとした顔で、アルは達観した笑みを浮かべる。どうやら、
一昨日の夜からずっとロイとエドのイチャイチャを見せ付けられた
ようで、疲労の色が濃い。
「ああ、今日からドラクマ国皇太子が訪問するからな。准将は、
警備責任者だから、本当はもっと早く出勤していなければ
いけないんだが・・・・・・。」
チラリとロイとエドを見て、ハボックとアルフォンスは、同時に溜息を
つく。
「無理だな・・・・。」
「無理ですね・・・・・・。」
あの2人を引き離す事が出来るのは、ただ1人、リザ・ホークアイ大尉
である。しかし、今ここに彼女はいない。
「なぁ、アル、消し炭になるのと蜂の巣になるのとでは、どちらが
ダメージが少ないかなぁ・・・・・。」
どんよりとした空気の中、自嘲気味にハボックが尋ねると、アルは
にっこりと微笑んだ。
「心配しなくても、大丈夫みたいですよ?」
「へっ?」
アルの視線の先には、数人の部下を引き連れた、我らが女王陛下、
リザ・ホークアイ。彼女は愛用の銃を手に、ロイからエドワードを
無事奪還する。
「マスタング准将。時間が押しております。急いで司令部に
出勤してください。」
エドワードを片手に抱きとめながら、ゴリゴリとロイの額に銃を
突きつける姿は、まさに勇者そのもの。そのあまりの凛々しい姿に、
周囲は感嘆の声を上げる。
「た・・・大尉・・・・・。」
不服そうなロイの様子に、ハボックはニヤリと笑う。
銃を突きつけられて、流石のロイも観念したかと思ったが、
それが間違いであると、ハボックは思い知った。
ロイはホークアイに手を差し伸べると、きっぱりと言い切った。
「エディを返したまえ!私はまだ明日からエディから離れなければ
ならない日数分のキスがまだ終わっていない!!」
その場にいた全員、ロイの臆面もないセリフに、固まった。
「な・・・なぁ、ちなみに、普段のキスの所要時間って、何分だ?」
恐る恐る小声でハボックは、横で引きつっているアルに尋ねる。
「おはようのキスやおやすみなさいのキスの時間まではわかりません
けど、准将から兄さんに行ってきますのキスが30分。兄さんから
准将への行ってらっしゃいのキスが30分強制的に奪われています。
それから、准将が帰宅すると直ぐに、兄さんから准将へのお帰りなさいの
キスが30分で・・・あっ、勿論強制的に奪われていますよ?その後は、
准将から兄さんへのただいまのキスが1時間弱くらいですか。
その他に、何だかんだ言っては行う軽いキスがありますから・・・・・・。」
アルの言葉に、ハボックはギョッとなる。
「行ってきますのキスは、30分だけではないのか!?」
「違いますよ。ハボック中尉が来る30分前から、准将は兄さんに
行ってきますのキスを行っています。」
つまり、ハボックが目撃するのは、その後の行ってらっしゃいのキス
なのだと言うアルに、ハボックは引きつった笑いをする。
「エド、唇がどうかなってしまうぞ・・・?」
「それ、准将に言って下さいよ・・・・・。」
同時に溜息をつく2人だったが、続くエドの切羽詰った声に、顔を
上げる。
「ロ・・・ロイ!!」
見ると、ロイが地面に倒れ伏しており、一瞬事件かと思った
ハボックだったが、次のホークアイの言葉に肩の力を抜く。
「手間をかけさせないで下さい。・・・・准将をお連れして。」
額に手をかけながら、ホークアイは部下達に命じた。
どうやら、埒が明かないと思ったホークアイが実力行使に
出たようだ。ズルズルと部下達に引き摺られていくロイを、
心配そうに見つめるエドに、ホークアイはにっこりと微笑んだ。
「うふふ。心配しなくても大丈夫よ。ちょっと気絶させただけだから。」
ちょっと!?気絶!?
ホークアイの言葉に、ロイを運んでいた部下達は、恐る恐るロイを
見下ろす。頭からだらだらと血を流してぐったりとしているロイに、
青ざめた表情で、ホークアイを振り返るが、ホークアイの笑顔に、
何も言えずに、ただ黙って命令通りにロイを車に運ぶ。
誰だって命が惜しい。
部下達の共通した感想だった。
「うわぁ。」
その時、突風が吹きぬけて、エドの髪を揺らす。
「大丈夫?エドワード・・・・。」
「大丈夫か!!エディ!!」
ゴミが眼に入ったのか、眼を押さえるエドに気づき、心配して
顔を覗き込もうとするホークアイを押しのけるように、いつの間にか
復活したロイは、エドの身体を抱きしめる。
「ん・・・・。大丈夫。いきなりで驚いただけ・・・・。」
眼を擦ろうとするエドの手をやんわりと押さえ込むと、ロイはエドの
眼に舌を這わせる。
「・・・・・これで大丈夫だよ。もう、痛くないだろ?」
舌でエドの眼に入ったゴミを取り除いたロイは、蕩けるような
笑みを浮かべる。
「ん。ありがとう・・・。ロイ・・・・。」
真っ赤な顔ではにかむエドに、ロイは本能の赴くまま、再び
エドに口付けようとするが、その前に、ホークアイの怒りの
銃声が閑静な住宅街に響き渡る。
「准将さえ時間通りに出勤していれば、エドワード君の綺麗な
瞳にゴミなんか入らなかったんですよ!!」
半分屍状態のロイを無理矢理に車に押し込むホークアイの姿を
見て、今日も平和だなぁと、アルフォンスはのほほんと思った。
この時、まさかこのような突風が嵐を運んでくる事も知らずに・・・・・。
「皇太子殿下。そろそろ到着致しますが。」
侍従長の言葉に、それまで、本を読んでいた顔を
上げると、皇太子はチラリと横目で時計を見た。
「ふん・・・・・。定刻通りか。つまらん。」
「殿下?」
皇太子は、大げさに溜息をつくと、パタンと本を閉じた。
「・・・・・もういい。下がれ。」
「しかし、殿下・・・・・。」
侍従長の言葉に、皇太子の眉が顰められる。
「貴様、私に口答えをするつもりか?」
「い・・いいえ!!失礼致します!!」
さっと顔色を変えると、侍従長は慌てて貴賓室から
出て行く。
「ふん。」
そんな侍従長の後姿を横目でチラリと見送ると、
先程まで読んでいた本の表紙を、愛しそうな眼で
見つめながら、そっと撫でる。
「・・・・ドラクマ国初代皇妃、【黄金の薔薇】か。」
本の表紙を飾る一枚の肖像画に、皇太子はそっと
口付ける。ゆっくりと唇を離す皇太子を、肖像画の中の
黄金の豊かな髪を下ろし、黄金の瞳を持つ華奢な
体つきの少女が優しく微笑みかけていた。
「・・・・・・愛しています。・・・・エディーナ姫・・・・。」
皇太子を乗せた列車は、ゆっくりと速度を落とし、
中央駅へと入っていった。運命の導くままに・・・・・。