「一体、なんなんだっ!!あの男はっ!!」
皇太子の部屋から退出したロイは、自分の執務室に
戻った途端、机に蹴りを食らわせる。
「あー・・・准将。そんなに怒ると脳の血管が切れて
しまいますよー。一体、どうしたんスか?」
部屋に入った途端荒れる上司に、部屋で待機していた
ハボックは無駄だと知りつつも、一応声をかける。
「うるさい!!ハボック!くそっ!!大総統の命令で
なければ、即消し炭にしてやったのに・・・・・。」
フフフ・・・と不気味な笑みを浮かべながら、発火布を
つけるロイに、ハボックは青くなりながらも、ロイの暴挙を
止めてもらおうと、ロイと共に戻ってきたホークアイに
助けを求めようと振り返ったが、次の瞬間、恐怖のあまり
表情をなくした。見ると、ホークアイも尋常でない怒りに
満ちており、愛用の銃を片手にブツブツ何かを呟いて
いた。
「・・・・やはり、一発で仕留めるよりも、急所ギリギリに
弾を撃ち込んで、のた打ち回らせるくらいはしないと・・・。」
上司2人の様子に、ハボックはガタガタ震えながら、
こうしてても埒が明かないと、恐る恐る事の顛末を
尋ねた。
「一体何が・・・・。」
「何がじゃない!!何様のつもりだっ!!あの男はっ!!」
ロイはバンと机を叩く。
「ドラクマ国皇太子です。」
律儀に答えるハボックに、ロイの怒りは頂点に達する。
「他国の皇太子だから、何を言っても許されるというのか!
貴様!!」
「いや、そこまでは言っていないですけど・・・・。」
自分に向けて発火布を翳すロイに、ハボックは青くなって
首を横に振った。
「くそっ!おい、警備は手抜きでいいぞっ!!あんな男など
知ったことか。」
吐き捨てるように言うロイに、流石にそれはまずいだろうと
ハボックは口を開きかけたが、その前に、ホークアイの
信じられない言葉を聞いた。
「そうですね。24時間体制を解除しておきます。」
「た・・・大尉!?」
一体、皇太子に何を言われたのか、ハボックは、
恐る恐る今度はホークアイに尋ねる。
「一体、何があったんですか・・・・?」
ホークアイはピクリと眉を跳ね上げさせると、持っていた銃を
壁に向かって発砲する。その壁には、丁度皇太子の顔写真が
貼っており、額ど真ん中に貫通しているのを見て、ホークアイの
怒りの度合いを感じ、ハボックは顔面蒼白しながら後擦さった。
「・・・・あの皇太子、よりにもよって、エドワード君を侮辱したのよ。」
全く怒りの収まらないホークアイは、立て続けに銃を発砲する。
「た・・・大将を・・・ですか?また准将が性懲りもなく、皇太子の前で
惚気たんですか?」
何で皇太子がエドの話を口にするのか分からず、もしかしたらと
普段のロイの態度から推測したのだが、2人は揃って
首を横に振った。
「・・・・・そんな事は、せん。」
「確かに、珍しく准将はエドワード君の惚気どころか、エドワード君の
エの字も言いませんでした。」
2人の言葉に、ハボックはますます首を傾げる。
「それじゃあ、何だってそんな話になったんですか?」
その言葉に、ロイとホークアイは顔を見合わせた。
「・・・・そういえば・・・。」
「・・・・なんででしょう・・・・。」
首をひねる2人に、ハボックは更に尋ねる。
「詳しく教えてくださいよ。」
ハボックの言葉に、ホークアイは、ざっと事の顛末を語って聞かせた。
それは突然起こった。
皇太子と皇太子妃に挨拶を終えたロイとホークアイは、そのまま
退室をしようとした時だった。それまで黙っていた皇太子が、
いきなり何の脈絡もなくロイに話しかけたのだった。
「ところで、噂で聞いたのだが、マスタング准将の奥方は、
実は男だというのは、本当なのか?」
ニヤニヤと笑う皇太子の口調に、含むものを感じたロイは、
ムッとしながらも、それでも相手は国賓だと、己に言い聞かせて
ニッコリと微笑みながら言った。もっとも、顔は引きつっていたが。
「ええ。そうですが。それが何か?」
何か文句でもあるのか、この野郎!!と、正直な眼は、皇太子を
睨みつける。
「ふーん。本当なんだ〜。へぇえええ?」
クククと笑う皇太子に、ロイの怒りがフツフツとこみ上げてくる。
「それでは、失礼します。」
こんな奴とは、一分一秒でも同じ部屋にいたくないとばかりに、
ロイは敬礼をすると、そのまま部屋を出て行こうとした。
「何でも、最年少国家錬金術師だって?おおかた、身体で
得た資格だろ?」
その言葉に、とうとうロイの理性はプツリと切れた。素早く
振り向くと、皇太子を殴るべく、一歩前に足を踏み出した。
横にいたホークアイも、反射的に銃に手を伸ばしていた。
そんな2人の殺気を面白そうに、皇太子が眺めている側で、
皇太子の側近達が慌てたようにロイに駆け寄った。
「マスタング准将!お怒りはもっともです。しかし、この場は
お引き下さい!!」
数名によって、ホークアイと共に部屋を出されたロイは、
扉の向こうから聞こえる、狂ったような皇太子の笑い声に、
相当な怒りを感じ、発散できなかった怒りを執務室の
自分の机にぶつけたというのが、真相らしい。
「はぁ〜。訳わからんッスね〜。」
他国ながら、そんな皇太子で、国は大丈夫なのか?と
本気で心配しているハボックだった。
「とにかく、現場の指揮は、ハボックに一任するからな!
私は知らん!!」
完全に怒りで切れたロイに、ハボックは青くなった。
「勘弁してくださいよ!俺なんかじゃ務まりませんって!!」
「なに、いい機会だ。思い切って殺ってみたまえ。
ハハハハハ・・・・。」
”アンタ、今の言葉、やるを殺るに変換しただろう・・・・。”
高らかに笑うロイに、ハボックは心の中でツッコミを入れる。
「冗談はこれくらいにして、警備の方ですが・・・・。」
書類を片手にホークアイが、ロイに警備の最終確認を
行おうと、ロイに近づく。その様子に、ハボックはホッと
安堵の溜息を洩らす。
”良かった〜。国際問題だもんな〜。”
常識あるホークアイの言葉に、ハボックは1人ウンウンと
頷いていたが、次のホークアイの言葉に固まった。
「この時間帯ですと、このように兵を配置しますので、
ここの場所が死角になります。天誅を下すのであれば、
ここにおいて、他にありませんが。」
「そうだな・・・・。だが、ここでは十分な焔が出せん。
やはり、殺るからには、それ相当の・・・・・。」
ロイの言葉に、ホークアイは考え込む。
「そうですね・・・。では、国境を離れて直ぐに・・・・。」
物騒な計画を立てていく二人に、ハボックは顔を
青くさせていると、控えめなノックの音が聞こえた。
「どうぞ!!」
皇太子暗殺計画を練っている上官2人はその事に気づいて
いない為、ハボックは慌てて入室を許可する。
「へへ〜。こんにちわ〜。差し入れ持って来ちゃった〜。」
ひょっこりと扉から顔だけを覗かせているのは、ロイの最愛の
妻で、ホークアイの最愛のお気に入り、エドだった。
「エディ!!」
エドの存在に気づいたロイは、慌てて椅子から立ち上がると、
光速の動きでエドの側まで駆け寄った。
「ロイ〜。お仕事ご苦労様。あの・・・その・・・お昼作って
来たんだけど・・・・今、大丈夫?」
真っ赤な顔で自分を見上げているエドの可愛らしさに、ロイは
鼻血が出そうになるのを、何とか気力で抑えて、穏やかな
笑みを浮かべてエドを抱きしめた。
「ああ・・・。嬉しいよ。エディ。一緒に食べよう!!」
「あっ、あのな!ホークアイ大尉達の分もあるんだ!良かったら、
食べてくれる?」
頬を紅く染めているエドに、ホークアイは、首が折れるかと思うほど、
ブンブン首を縦に振る。
そんなエドにメロメロ状態の上官2人の様子に、ハボックは苦笑すると、
エドから大きい方のバスケットを受け取る。どうやら、ロイと2人だけで
食べたかったらしく、お弁当を二つに分けているらしい。
「では、行こうかエディ。」
嬉々としてエドを抱き上げると、ロイは自分個人の執務室へと
足を向けた。先程までの怒りが嘘のように上機嫌なロイの後ろ姿に、
当面の危険は脱したと、安堵の思いで隣に立っているホークアイを
振り返って、ぎょっとした。
「・・・・・よくよく考えてみれば、あの無能がエドワード君と結婚したから、
あのボンクラ皇太子に、エドワード君が言われもない辱めを
受けたのよね・・・・・。」
やはり、あの男を先に始末すべきだったと、怒りの形相でロイを
睨み付けているホークアイに、ハボックは執り成すように言った。
流石に上官殺しは外聞が悪い。
「と・・・ところで、ホークアイ大尉!あと30分程で准将に会議が
入っています!その間、上官の奥様とお茶をするのは、副官と
しての務めでは!?」
声が裏返るのは仕方がない。何とかホークアイの怒りを
静めなければと、ハボックは必死だ。
「それもそうね・・・・。」
エドとお茶という一言に、ホークアイの機嫌が最高に良くなる。
その様子に、ハボックは今度こそ安堵の溜息を洩らした。
「良かったよ。大将が来てくれて・・・・・・。」
だが、ハボックは知らない。
この日、普段なら訪れないエドが、中央司令部に訪れた事で、
更なる騒動が起こると言う事を。
「ごめんな・・・。今日ロイが帰って来ないと思ったら、
その・・・寂しくて・・・・お昼を一緒に食べたかったんだ・・・・。」
仕事の邪魔してごめんと、しゅんとなるエドに、ロイは極上の
笑みを浮かべて、膝の上に乗せているエドを抱きしめた。
「何を言うんだね!私だって君と離れたくないんだよ。
本当なら、今すぐにでも君と共に家に帰りたいくらいなんだよ。」
耳元で囁かれる言葉に、エドは真っ赤になって、首を横に振る。
「駄目!絶対に駄目!仕事きちんとしなきゃ!!」
「そうは言ってもだね、エディ。」
ますますきつく自分を抱きしめるロイに、エドは照れながら、
ロイの頬に軽く口付ける。
「だーめ。お仕事頑張って。ロイ?」
「・・・・ったく、君にそこまで言われたら、頑張らなければならない
ね。その代わり、帰ったら、真っ先にご褒美を貰うよ?いいかい?」
ロイの言葉に、エドはさらに真っ赤な顔になりながら、コクリと
小さく頷いた。
「愛しているよ。エディ・・・・。」
「俺だって!ロイ・・・・。」
深く唇を重ね合わせる2人は、その後、とんでもない騒動に巻き込まれる
とは、全く思いもよらずに、暫しの逢瀬を思う存分堪能していた。