「ロイ!」
パタパタと向こうから駆け寄ってくるのは、
愛しいエドだと判り、ロイは立ち止まって、
その華奢な身体を抱きとめた。
「やっと授業が終わったのだね。」
ロイの問いに、エドはコクンと頷いた。
「ああ。最初はどうなるかと思ったんだけど、
結構スジがいいな。もう簡単な防御が出来るぞ。」
ニコニコと笑うエドをきつく抱きしめると、ロイは
エドに深く口付ける。
「んっ・・・ちょ・・・・ロイ・・・・・。」
「エディ。私の目の前で他の男の話をしないでくれ。」
懇願するように、ロイはますますエドを抱きしめる
腕に力を込める。
「ちょっと!痛いって!!」
「ああ・・すまない。」
慌てて少しだけ腕の力を緩めると、ロイは
エドの顔を覗き込む。
「皇太子に何もされなかっただろうね?」
「何かって、何だよ・・・。」
プクっと膨れるエドに、ロイは心配そうに
エドの髪を撫でる。
「君は美しいんだ。あの皇太子が君の例え指一本でも
触れたら、即消し炭にしてやる!!」
息巻くロイに、エドはクスクス笑う。
「あのなぁ、見当違いの嫉妬はみっともないぜ?」
「何を言う!当然の心配だ。」
ふんぞり返るロイに、エドはがっくりと肩を落とす。
「何心配してっか知んないけど、あの皇太子、
もっぱら、アルに相手させてるぞ。それに、
ホークアイ大尉もいるし・・・・。」
ちゃんとロイの言いつけを守ってるんだと、エドが
上目遣いでロイを見つめる。あまりの可愛さに、
ロイは理性がブチ切れる寸前である。
「明日には、皇太子達は帰国するし・・・・その・・・
久々に家に帰って来れるんだよね。」
真っ赤な顔ではにかむエドを見て、もはやロイの
理性は完全になくなった。
「エディ・・・・。」
ロイは手近な部屋にエドを連れ込もうと、エドの身体を
抱き上げる。もうエドに一週間も触れていない。
我慢の限界だった。
「あっ!月が綺麗!!」
一瞬驚くエドだったが、窓から見える月に気づき、
子どものような歓声を上げる。
「明日、晴れだといいな。」
にっこりと天使のように無邪気な笑顔でロイを見る
エドに、ロイは流石にこのまま抱く事を諦める。
「もっとよく月を見ようか・・・・。」
ロイは苦笑すると、エドを抱き上げたまま、バルコニー
へと続く大きな窓へと歩き出した。
「愛しているよ、エディ。」
「俺も・・・ロイ・・・・。」
バルコニーに出た二人は、月の光の中、ゆっくりと
口付けを交わした。
「殿下!何と言う事を!!」
ルクタスの言葉に、侍従長を初めとしたその場にいた
全員が声を失う。
「聞こえなかったのか?セーラと離婚して、エドワードを
妃に迎えると言ったのだ。用意しろ。」
ニヤリと笑う皇太子に、侍従長は、怒りを露にした眼を
向ける。
「お戯れは程ほどになさって下さい。」
「戯れでははない。第一、世継ぎが生まれた時点で、
この女の義務は終わったのだ。」
ルクタスは、冷え冷えとした眼を隣に座って微動だにしない
妃に向ける。
「殿下、それはあまりにも酷いお言葉・・・・。」
顔色を失う侍従長に、ルクタスは面白くなさそうに言った。
「うるさい!俺はエドワードを・・・【黄金の薔薇】を
手に入れるのだ!さっさと準備をしろと言っている!!」
「お言葉を返すようですが、エドワード・マスタング殿は、
ロイ・マスタング准将の奥方ですぞ!!」
「それがどうした?そうだな、セーラをやるからエドワードを
寄越せとあの准将に言ってみようか。」
クククと笑うルクタスに、侍従長は悲しそうな顔を向ける。
「准将は、決してエドワード殿を手放しは致しません。」
傍から見ても、ロイのエドに対する執着は、凄まじいものが
ある。あの准将が大人しく愛妻を手放すとは思えない。
「なら、奪うまでだ。そして、俺はそれを許される身・・・・・。」
「殿下・・・・・。」
狂っていく夫に、女は悲しそうに眼を伏せた。
後数時間で、皇太子一行が、帰国するという時に、
ロイは皇太子に呼ばれ、皇太子が泊まっている部屋へと
足を向けた。
「失礼します。皇太子殿下。」
敬礼するロイに、皇太子は上機嫌で迎え入れた。
ロイと、2人だけで話がしたいというルクタスの申し出に
より、部屋には、ロイとルクタスの2人だけが残される。
「長い間、警護をご苦労だった。マスタング准将。」
ルクタスの言葉に、ロイは敬礼で応える。
「いえ。これも任務ですので。」
「いや。准将のお陰で、有意義な日々を送ることが
出来たよ。ありがとう。」
にっこりと微笑むルクタスに、ロイは無表情に、
じっと見つめるだけだった。だが、そんなロイを
気にした様子も見せず、ルクタスは、組んでいた足を
組み直すと、面白そうにニヤニヤ笑いながら、
言葉を繋げる。
「時に、君には未だ子どもがいないようだが?」
「・・・・・必要ありませんので。」
エドワードが男である以上、子どもが望めない事は
判っているだろうに、ルクタスはそんな事を言い出す。
そんなルクタスを、嫌悪も露な眼でロイは睨みつけるが、
ルクタスは、相変わらず笑みを浮かべたままだ。
「それは、いけないね。准将の地位にいる者ならば、
子どもは必要だろう。」
「・・・・エドワード以外の人間との間に子どもを設ける
つもりはない!」
冷ややかな眼で睨みつけるロイに、ルクタスは
ふと真顔になった。
「それでは困るな。俺は今回の君の働きを高く評価して、
君にセーラを下賜しようと思っているのだが。」
ルクタスの言葉に、ロイは耳を疑った。
「セーラとは、まさか、皇太子妃の!!」
「ああ。元だがな。昨日、正式に離婚した。」
ルクタスは、ロイに書類を投げつける。
「ふざけるな!!第一、私にはエドワードが・・・。」
「そのエドワードは、俺が頂くよ。」
ロイの言葉を遮って、ルクタスはニヤリと笑う。
そんなルクタスの言葉に、ロイの眼が怒りの為に
細められる。
「何だと?」
「聞こえなかったのか?セーラを貴様にやるから、
エドワードを俺に寄越せと言っているんだ。」
「!!貴様!!」
ルクタスの言葉に、反射的にロイは発火布の
手袋をルクタスに向けると、パチンと指を鳴らす。
「許さん!!」
途端、最大級の焔がルクタスに襲い掛かる。
もう既にロイの頭の中には、他国の皇太子である
とか、国際問題という考えは、綺麗サッパリなくして
いた。ただ、目の前の男を消さないと、エドワードを
奪われてしまう!そんな恐慌状態に陥ったロイは、
目の前の敵を倒す事に、神経を集中させた。
「!!何だと!!」
だが、次の瞬間、ロイは驚きに眼を見張る。
ルクタスは、焔に包まれるより前で、自分の前に
錬金術で壁を練成したのだった。
まさかと思ってロイが一歩前に歩いたのと、ルクタスが
眼を光らせたのは、同時だった。
ルクタスが、素早く床に手を置くと、途端、床一面に
描かれた錬成陣が浮かび上がり、床から鉄の格子が
ロイを包み込んだ。そこで漸く、ロイは自分が嵌められた
事に気づいた。ルクタスがエドに錬金術を習っていた
のは、最初からこうすることが目的だったのだと、
今更ながらに気づいたのであった。
「さすがは、俺の【黄金の薔薇】。見事な練成だ。」
ルクタスは、檻に入れられたロイに、勝ち誇った顔で
ニヤリと微笑む。
「【黄金の薔薇】だと・・・?一体・・・・。」
聞きなれない単語に、ロイの眼が細められる。そんな
ロイに、ルクタスはただ笑みを浮かべるだけで、
何も語ろうとはしなかった。それよりも、指を
パチンと鳴らす。途端、ギリリと唇を噛み締めるロイを
取り囲むように、控えの間から飛び出してきた。
ドラクマ国の兵士の一団は、ロイを取り囲むと、一斉に
剣を向けた。
「マスタング准将!!ドラクマ国皇太子暗殺未遂の首謀者として
逮捕する!!」
観念したように瞳を閉じるロイを、ルクタスは、狂ったように
笑い続けた。