第6話

 

 

 

               マスタング准将によるドラクマ国皇太子暗殺未遂事件は、
               軍内部に大きな衝撃を与えた。
               「全く!何を考えているのかしら!!」
               ハボック、ブレタ、ファルマン、フュリーを従え、ホークアイが
               ロイが捕らえられている地下牢へと足音も荒く歩いていた。
               「きっと、何か事情があるんですよ。」
               蒼褪めた表情のフュリーに、ハボックはウーンと腕を組むと
               唸る。
               「准将、妙に大将と皇太子の間を相当気にしていたからな・・・。」
               まさか只の嫉妬かも。と呟くハボックに、ホークアイは
               ギロリと肩越しに睨む。
               「そんな子どもじみた感情で、暗殺未遂を起こしたというのならば、
               裁判の前に、私が天誅を下します!!」
               ガチャンと愛用の銃を鳴らすホークアイに、4人は青くなって、
               一歩下がる。
               「・・・・・ここね。」
               ある一つの牢屋の前に立つと、鉄格子越しに、ホークアイは
               冷めた目で、壁に背を預けて座っているロイを見下ろした。
              
 




               
               いつロイが帰ってもいいようにと、得意のクリームシチューを
               煮込んでいたエドは、荒々しく鳴らされる呼び鈴に、
               リビングで本を読んでいる弟に声をかける。
               「ごめん!アル。今、手が離せないんだ。出てくれるか?」
               「判った。兄さん。」
               アルは、読んでいた本をパタンと閉じると、未だ呼び鈴が
               鳴り続けている玄関へと足を向けた。
               「はい。どちら様・・・・って、クロスフォードさん?」
               ドアを開けた先に、ドラクマ国の侍従長の姿を見て、
               アルは驚きの声を上げる。
               「何故ここに?もう帰国したのかと・・・・・。」
               「失礼。エドワード様はご在宅ですかな?」
               アルを押しのけるように家の中に入るクロスフォードに、
               アルは嫌な予感を覚える。いつもの礼儀正しいクロスフォード
               とは、明らかに違う彼の態度に、アルは慌ててクロスフォードの
               行く手を遮るように、前に立つ。
               「待ってください!いきなり失礼ではないですか!!」
               「・・・・・どうしたんだ?何の騒ぎなんだよ。」
               あまりの騒がしさに、エドは火を止めて、玄関へとやってくる。
               そこで、蒼い顔をしたクロスフォードとアルの言い争いを
               目にして、訝しげに声をかける。
               「・・・・エドワード様。先程、ロイ・マスタング准将が、我が皇太子の
               暗殺を行い失敗。ただ今、牢にて身柄を拘束されております。」
               「な・・・なんだって!ロイが!!そんな馬鹿な!」
               唖然となるエドワードに、クロスフォードは、痛ましげに顔を
               歪ませる。
               「残念ですが、それが事実です。」
               「・・・・・一体何があったんだ。」
               きつくクロスフォードを見据えるエドに、クロスフォードは
               さっと目線を反らす。
               「ロイは、人の命を軽く見る奴じゃない。」
               エドはゆっくりとクロスフォードに詰め寄った。
               「一体、何があったんだ。」
               「・・・・存じません。ただ・・・・・。」
               クロスフォードは、きつく目を瞑ると、搾り出すような声で
               エドに告げた。
               「ただ、皇太子からの伝言を預かっております。」
               「伝言?」
               スッとエドの目が細められた。
               「他国の皇太子の命を狙った者は、即死刑に値する。
               だが、エドワードがロイ・マスタングと離婚をして、我が物と
               なるのであれば、マスタングの命を保障しよう。」
               クロスフォードの言葉に、エドとアルは絶句する。
               「・・・・エドワード様。どうか逆らう事のなきように・・・・。」
               恭しく頭を下げるクロスフォードに、エドはギリリと唇を
               噛み締める。
               つまり、自分達は、まんまと皇太子の罠に嵌ってしまった
               のだ。
               ”ロイの忠告を聞けば良かった・・・・・。”
               だが、後悔している場合ではない。今、自分がすべき事を
               するだけだ。
               そう思うと、エドは深い溜息をついた。
               「判った。」
               ポツリと呟くエドに、アルは青褪めた顔で思わずエドの
               顔を凝視した。
               「兄さん・・・・。」
               そんなアルに、エドはにっこりと笑いかける。
               「アル・・・・。ロイにこの【保険】を渡してくれ。」
               そう言って、ゆっくりと左の薬指に嵌められた結婚指輪を
               抜き取ろうとするエドの腕を、アルは慌てて掴む。
               「兄さん!!」
               「アル、後を頼む・・・・・・。」
               エドは結婚指輪をアルに託すと、車に乗り込んだ。








               「准将・・・・。これは一体どういう失態ですか!!」
               怒りの為、無表情に自分を見つめるホークアイに、
               ロイは閉じていた目を開ける。
               「ホークアイ大尉。エディを直ぐに安全な場所へ隠せ。
               皇太子の狙いは、エディだ。」
               「エドワード君が狙いとは、一体・・・・・。」
               ホークアイの言葉に、ロイも頭を払う。
               「奴はエディの事を【黄金の薔薇】と言っていたが・・・。
               あの様子では、エディに惚れて欲しがるというより、
               【黄金の薔薇】に執着しているようだった。」
               「【黄金の薔薇】ですか?」
               ロイの言葉に、後ろに控えていたファルマンが、顔を
               上げる。
               「心当たりがあるのか?」
               全員の目が一斉にファルマンに集まる。
               「【黄金の薔薇】・・・ドラクマ国建国の皇帝の伝説の皇妃、
               エディーナ姫を指して言う。」
               「伝説の皇妃?」    
               建国の皇帝の妃が、何故伝説となっているのかと、
               ロイは訝しげにファルマンを見る。
               「・・・これは、ドラクマ国の御伽噺なのですが・・・・・。」
               そう言って、ファルマンは話し始めた。




               「殿下、エドワード様の支度が整いました。」
               侍女の先導で、ゆっくりと1人の美少女が部屋に
               入ってくる。普段は三つ編みにしている黄金の髪を
               高く結い上げ、耳元に深紅の薔薇の花を挿し、
               そして、両肩とスカート部分にふんだんに縫い付けられた
               同色の薔薇のコサージュも可愛らしい、深紅のドレスを
               身に纏った姿は、まさに薔薇の女王のようだった。
               「これはこれは、エディーナ姫。とても美しい・・・・。」
               部屋に入ってきたエドを一目見るなり、ルクタスは
               嬉しそうに椅子から立ち上がると、エドの元へと
               駆け寄る。
               「これは、一体何の茶番だ!!人にこんな格好をさせて!!」
               エドの手を取ると、その甲に口付けようとするルクタスの
               手を乱暴に振り払うと、エドは鋭い視線を向ける。
               「茶番?何を言っているんだい?エディーナ姫。」
               うっとりとした目で、ルクタスは愛しそうに、エドの
               髪に触ろうとするが、その前に、エドは手がルクタスの
               手をピシャリと叩く。
               「・・・・俺に触れていいのは、ロイだけだっ!!」
               「・・・・あなたの夫は、俺だよ。エディーナ姫。」
               剣呑な目を向けるルクタスに、エドは負けずに睨み返す。
               「寝言は寝てから言え。第一、俺の名前はエドワードだ!
               エディーナ・・・ましてや、女なんかじゃない!!」
               だが、ルクタスはニヤリと笑うと、エドの腕を取ると、
               自分の方へ引き寄せた。
               「あなたは、エディーナ姫だ。俺だけの【黄金の薔薇】。」
               「離せ!!俺に触れるな!!」
               暴れるエドを、ルクタスは、更にきつく抱きしめる。
               「これで、俺は漸く正統な皇帝になれる・・・・。」
               うっとりと呟くルクタスに、エドは鳩尾に容赦ない一撃を
               与えると、緩んだ腕を振り払うように、ルクタスから
               離れる。
               「エディーナ姫・・・・・。」
               痛みに顔を歪めるルクタスに、エドは険しい表情で
               見据える。
               「正統な皇帝になれるって・・・・お前、皇太子だろ?
               黙っていたって、皇帝に・・・・・。」
               「確かに皇帝にはなれるだろう。だが・・・・直ぐに
               剥奪されるだろうな。なんせ、俺に皇統の血は一滴も
               入っていないのだから。」
               「・・・・養子か?でも養子だからと言って、剥奪される
               なんて・・・・・。」
               訝しげなエドに、ルクタスは、狂ったように笑い出す。
               「養子?養子だったら、どんなに良かっただろうね。
               俺は、不義の子どもなんだよ。エディーナ姫。」
               「不義の・・・・子?」
               驚くエドを、ルクタスはふと真顔で見つめる。
               「だから俺はあなたが欲しい。伝説の皇妃である
               エディーナ姫さえ手に入れれば、俺はこの呪縛から
               解放される。」
               ゆっくりとエドに近づくルクタスに、エドは恐怖を感じ、
               一歩後ろに下がる。
               「さぁ、エディーナ姫。俺と共に帰ろう。ドラクマ国へ。」
               「く・・・来るな・・・・。」
               ゆっくりと自分に手を差し伸べるルクタスを振り払うように、
               エドはクルリと背を向けると、扉に向かって走ろうと
               したが、次の瞬間、エドの視界がグニャリと歪む。
               「な・・・なんで・・・・・。」
               ふらりと身体が揺れて、そのまま崩れ落ちそうになるのを、
               ルクタスが抱きとめる。
               「漸くクスリが効いてきたようだね。」
               「くす・・・り・・・だと・・・・?」
               急に襲われる睡魔に抵抗しようと、エドは目に力を込める。
               「あなたの髪につけた薔薇の香油は、頭皮から浸透して
               体内に入ると、睡眠効果を齎すんだよ。」
               愛しそうに髪を撫でるルクタスの手を払いたくても、身体が
               言う事を聞かない。あまりの悔しさに、エドはポロポロと涙を
               流す。
               「ああ。泣かないで下さい。エディーナ姫。」
               ルクタスはエドの涙を拭うを、その身体を抱き上げた。
               「・・・・・ロイ・・・・。」
               襲い掛かる睡魔に勝てず、エドはロイの名前を呟くと、
               一筋の涙を零し意識を闇に沈ませた。