まだドラクマ国が一つに統合されずに、いくつかの
国であった時代のお話。
小国同志の小競り合いが続き、人々は疲れきっていた。
その事を憂いた天の神は、人々を憐れに思い、戦いを
終結させるべく、ある王の元へ、1人の女神を使わした。
黄金の髪と黄金の瞳を持つ、麗しい女神は、神の御業を
持って、敵を退け、王を手助けした。
やがて、王は国を統合して、ドラクマ国建国の皇帝として、
世界に名を馳せることとなる。役目を果たした女神は、
天に帰ろうとしたが、その前に、王は別れの宴に出て欲しいと
言う、皇帝の懇願によって、女神は宴に出る事にした。
「女神様。あなた様のお力によって、国は平定し、民達も
安心して暮らせる時代となりました。何と感謝してよいやら・・・。」
皇帝は、女神に酒を勧めながら、頭を下げた。
「私は手助けをしただけに過ぎません。全ては、あなたの力によるもの。
これからは、民のよき見本となるよう努力することです。私はいつでも
天から見守っていましょう。」
ゆっくりと杯を空けていく女神に、そう言えばと、皇帝は言葉を選び
ながら尋ねる。
「あなた様と出会ってから、だいぶ時間が経ちますが、未だに私は
あなた様の御名すら知りません。どうか教えて頂きたいのですが。」
皇帝の言葉に、女神は困ったように顔を伏せる。
「神にとって、名前は神聖なもの。伴侶以外に教える事は出来ません。」
頑なな女神の言葉に、皇帝はさらに酒を勧めながら、悲しそうな顔で
言った。
「申し訳ありません。人間の分際で過ぎた願いを言いました。許して
下さい。ただ私は、二度とこのような愚かな戦いが起こらないように、
あなた様のお名前と共に、今までの悲惨な戦いを後世に伝えたい。
そう思ったものですから・・・・。」
あまりにも悲痛な顔の皇帝に、お酒の力もあって、つい情に絆された
女神は、うっかり自分の真の名前を皇帝に教えてしまった。
女神の真名を知った皇帝は、女神を酔い潰れさせると、女神を
寝室に運び、己の妻としてしまった。
翌朝、嘆き悲しんでいる新妻に、皇帝は流石に酷い事をしてしまったと
改めて自分の罪の深さを知った。だが、女神を真剣に愛していた
皇帝は、女神が自分から離れる事は、耐えられなかったと、
女神に許しを請うた。その真剣な皇帝の言葉に、自身も皇帝を
憎からず思っていたこともあって、女神は人間として、王の傍らに
いることを約束した。やがて、時が過ぎ、女神は皇帝の世継ぎを
産んだ。世継ぎを得て、ますます皇帝の治世は繁栄の一途を
辿るのだが、それを快く思わない、隣国の国々が同盟を結び、
一斉にドラクマ国に襲い掛かった。人となった女神に、敵を
退ける力はなく、女神は天の神に祈りを捧げた。
自分はどうなっても構わない。ただ、愛する人を守って欲しいと。
天の神は、女神が天に戻る事を条件に、その願いを叶えた。
天に帰る女神を、離すまいと皇帝は女神を地下に閉じ込めようと
したが、天の神の力に、人間の小細工が通用するはずもなく、
女神は泣く泣く天へと帰っていく。帰る間際、女神は皇帝に
自分は必ず人間として、この地上に戻ってくる。その時には、
再び夫婦となってほしいと、懇願した。そして、女神は、約束の
しるしだと、黄金の薔薇の花を与えた。皇帝は女神に誓った。
黄金の薔薇にかけて、必ず転生した女神を見つけて、
自分の妻にすると。
「・・・・だから、【黄金の薔薇】。しかし、わからん!
それとエディが何故繋がるんだ?まぁ、黄金の髪と黄金の瞳の
美人は認めるが・・・・。」
ファルマンからドラクマ国の【黄金の薔薇】の逸話を聞いた
ロイは、腕を組んで唸る。
「・・・・・皇太子自身に何か問題があると言う事か・・・・。
ホークアイ大尉、とにかくエディを安全な場所に頼む。
私は・・・・・・。」
「大変です!准将!!兄さんが皇太子に連れ去られました!!」
ロイの言葉を遮るように、アルフォンスが泣きそうな顔で
ロイの元へ駆けつけた。
「しまった!先手を打たれたか!!ホークアイ大尉!直ぐに
皇太子一行の行方を追え!ハボック少尉は・・・・。」
ロイは舌打ちすると、部下に次々に指示を出していく。
「それから、准将・・・・。兄さんが准将に、【保険】だと
言って・・・・。」
アルフォンスは、ロイにオズオズとエドから託された
結婚指輪を差し出す。アルから差し出されたものが、
エドの結婚指輪だと気づいたロイは、慌てて受け取ると、
じっと指輪を見つめた。
「兄さん、准将の命を救うために・・・。」
「アルフォンス君。エディはこれを【保険】だと言ったのだね?」
きゅっと唇を噛み締めて俯くアルに、ロイは確認するように
尋ねた。
「ええ・・・・。それが何か・・・・?」
「判った。」
ロイはきつく指輪を握り締めた。
セントラル駅から特別列車で北に向かう事、数時間。
皇太子は途中で下車し、馬車で国境を越えようと
していた。列車にいつまでも乗っていると、足止めを
されてしまう可能性があるからだ。
ブリッグズ山さえ越えれば、この【黄金の薔薇】は、
永遠に俺のもの・・・・・。
腕の中で眠るエドを、満足そうな顔で見つめている
夫を、妻は静かに見つめていた。何の表情も浮かべずに。
皇太子達を乗せた馬車の目の前に、巨大なブリッグズ山が
行く手を阻むように聳え立っていた。