第8話

 

 

 

                ドラクマ国とアメストリス国の両国で結ばれた不可侵条約の中に、
               次の項目があった。即ち、ブリッグズ山を中心に、20q周囲を
               完全なる中立地帯にするというものがある。
               何故、初代ドラクマ国皇帝とアメリスト国大総統がそのような
               条約を結んだのかは、今となっては知りようがない。
               だが、一つだけ言えるのは、その中立地帯に定められている
               地域は、まだドラクマ国を統一する前に、初代ドラクマ国皇帝が
               治めていたという事だ。
               ドラクマ国国境の側、ブリッグズ山の麓に、まるで下界から
               隠されているかのように、その城は存在していた。
               回りを鬱蒼とした森に囲まれ、大きな湖のほとりに、ひっそりと
               聳え立つ城は、小さいながらも、どこか威厳が感じられて、
               見るものの眼を、奪うのには、十分だった。



                「殿下、ここは・・・・・・。」
                馬車を降りたセーラは、驚いて、眠っているエドを抱き上げて
                先を歩くルクタスに声をかける。
                「初代皇帝陛下がまだ国を統一する前に住んでいた城だ。」
                チラリとセーラを見やると、そのまま侍従長を従え、城の中へと
                入っていく。一人取り残されたセーラが、今にも泣きそうな顔で
                湖を眺めている事に、誰も気づかなかった。





                フワリと浮遊する感覚に、エドはぼんやりと眼を醒ます。
                ”どこだ・・・ここ・・・・。”
                確か、無理矢理ドレスを着せられて、皇太子に会った
                所まで覚えているのだが、それ以降の記憶がプツリと
                途絶えており、エドはボンヤリとした辺りを見回す。
                見たことのない景色に、エドは困惑気味に辺りを
                見回して、唐突に違和感に気づいた。
                ”な・・・俺の身体、透けている!?”
                ハッと我に返ると、エドは自分の両手をじっと凝視する。
                ”しかも、なんか身体が浮いてるし!!”
                どこかの森なのだろうか。自分の足元には、鬱蒼と
                茂った森が何処までも続いていた。
                ”どこだよ!ここ!”
                グルリと身体を反転させると、大きな湖があり、
                その畔に城がある事に、気づいたエドは、ふと、
                何かに引き寄せられるように、身体が動くのを
                どこか他人事のように感じていた。
                ”ここは・・・・・。”
                気がつくと、エドは城の前に立っていた。
                ”なんで・・・・懐かしいって思うんだ・・・?”
                城を見上げながら、エドは、訳もなく溢れ出す涙に
                困惑しながら、ふよふよと漂いながら、城の中へと
                入っていく。
                ”どうして・・・俺、ここを知っているんだ?”
                城の中を見て回りながら、この城を訪れた記憶がないのに、
                何故か見覚えのある事実に、プカプカ浮きながら、エドは頭を捻る。、
                ”うーん。俺、どうしちゃったんだろう・・・・。”
                考えながら廊下に出ると、向こうから、誰かがやってくる事に
                気づき、エドは慌ててどこか隠れる場所を探すが、その人物は
                エドに気づかず、黙って通り過ぎた。
                ”そっか・・・俺の姿は見えないんだ・・・・・。”
                安堵しつつ、見えないのならばと、エドは、今すれ違った人の
                後についていく事にした。1人でふよふよ彷徨うより、何か情報が
                得られると思ったからだ。
                ”でも、どっかで見たことのある女の人なんだよなぁ・・・・・。”
                エドは、首を捻りながら、背筋を伸ばして、優雅に歩くドレス姿の
                女性の後につきながら、ブツブツ呟く。
                「リザ!!」
                背後で、良く知っている声が聞こえ、エドは思わず後ろを振り返った。
                ”ハボック中尉!?”
                廊下の向こうから駆けてくる背の高い男の顔を見た瞬間、
                エドは驚きに眼を瞠る。いつものトレードマークのタバコは咥えて
                いないが、明らかに知り合いのジャン・ハボック中尉に、エドは
                唖然とハボックの顔を凝視した。
                「ジャン?」
                後ろから聞こえた女性の声に、更にエドは驚いて、後ろを振り返る。
                ”ホークアイ大尉!?”
                普段の軍服姿ではなく、ドレス姿だから気づかなかったが、エドは
                後を付けていた人物が、リザ・ホークアイ大尉だった事に気づき、
                パニックを起こしていた。
                ”なんでー!なんでー!いつの間に、大尉と中尉が、「リザ」
                「ジャン」って呼び合う仲になってるんだ!?っつうか、2人の
                格好は一体なんなんだっ!!”
                古い教科書に出てくる、まるで中世時代の服装に、エドは
                困惑気味に2人を交互に見比べるが、当の2人は、エドの
                様子など、まるで気にもしないで、深刻な顔で並んで歩き
                出した。
                ”そうだった。俺、見えないんだっけ・・・・。”
                ふと我に返ったエドは、再び2人の後を着いて行くことにした。
                ”一体、この世界は何なんだよ・・・・。”
                確かに2人は自分の良く知っている人物に似ているが、
                今いる世界が自分の世界でない事は、エドには分かっていた。
                ”これで、俺とかロイがいたら、笑っちゃうぜ・・・・。”
                クスリと笑いながら、エドはどこかワクワクしながら2人の会話に
                耳を傾ける。
                「・・・・いよいよ明日だな・・・・。」
                ハボックの言葉に、リザも重々しく頷く。
                「ええ。本当なら止めて欲しいのだけれども・・・・。」
                「・・・・仕方ないさ。エドの唯一の願いだからな。」
                【エド】という名前に、エドはピクリと反応する。
                「そうね。それに、陛下がお許しになっているのですもの。
                私達がどうこう言う権利はないわ。」
                「・・・・人体練成か・・・。本当に可能なのか?」
                ”人体練成!?”
                その言葉に、エドは青くなる。
                「さぁ・・・・。私は錬金術師ではないから、詳しくは知らないけど。
                でも、エドワード君と陛下が信じているものを、私も信じたいと
                思っているわ。」
                俯いて涙を堪えるリザに、ハボックは優しく肩を叩く。
                その様子を見ながら、エドは考えを整理しようと試みる。
                ”人体練成!?”
                しかも、自分が明日行うと言う。
                エドがショックを受けて惚けていると、いつの間にか場所が変わって、
                今度は庭園の中に佇んでいる事に気づいた。
                ”あれ?なんで?”
                一体、いつの間に移動したのかと、辺りをキョロキョロと見回すと、
                視線の先にあるドーム状の東屋の前で、良く見知った人物を
                発見した。
                ”ロイ?”
                既にエドは驚かなかった。多分、彼はこの世界のロイなのだろう。
                ベンチに座っているロイは、膝の上に誰かを乗せて、優しく黄金の
                髪を梳いていた。
                ”俺?”
                ふよふよと2人に近づくと、ロイの膝の上に座って、大人しく眼を閉じている
                女性の顔を見て、エドはハッと息を止めた。
                「・・・・陛下。」
                この世界の自分は、女なのだろうか。頭上にティアラを乗せ、豪華な
                ドレスに身を纏ったエドが、うっとりと微笑みながら、ロイを見上げた。
                「エディ・・・。名前を呼んでくれないか?」
                ロイは、エドの髪に顔を埋めながら、耳元で囁く。
                「何言ってだよ。皇帝陛下なんだから・・・・。」
                真っ赤な顔をするエドに、ロイはふと恨みがましそうな眼を向ける。
                「妻が夫を名前で呼ぶのに、何の遠慮があると言うのだね?
                それにここには、腹心の者以外、誰もいない。あの頃に戻って、
                ロイと呼んで欲しい。」
                まだ一領主だった頃のように名前で呼んで欲しい。
                お願いだと懇願され、しぶしぶエドは小声で呟いた。
                「・・・・ロイ。」
                途端、幸せそうな顔になるロイに、エドは泣きそうな顔でロイの
                首にしがみ付く。
                「エディ?どうしたんだね?」
                優しく髪を撫でながら、ロイはエドの身体を抱きしめる。
                「俺、ロイにすごく感謝している。戦争孤児の俺を助けてくれて、
                そして、明日の事も・・・・。」
                「エディ・・・。泣かないでくれ。私は君の笑顔を守りたいだけなんだ。」
                エドは、オズオズと顔を上げると、涙で濡れた瞳でロイをじっと
                見る。
                「なぁ・・・・。俺、ロイに頼みがあるんだけど・・・。」
                「なんだね?」
                優しく微笑むロイを正視出来ずに、俯きながら、小声で呟く。
                「・・・そろそろ側室を迎えてくれ・・・・。」
                「エディ!!」
                ロイはサッと表情を強張らせると、エドの顎に手をかけ、顔を
                持ち上げる。
                「私に・・・・君以外の人間との間に、子どもを作れと?」
                本気で怒っているロイに、エドは顔をクシャリと歪ませる。
                「だって!俺、男だし!あんたの子ども産めない!!」
                「エディ!!」
                怒鳴るロイに、エドはヒャックリを上げながら、叫ぶ。
                「あんたは皇帝なんだよ!その自覚を持てよ!!」
                「君以外の人間との間に子どもを作らなければ
                ならない皇帝の座など、私には必要ない!!」
                ロイはエドを怒鳴りつけると、キツク抱きしめた。
                「エディ・・・。エディ・・・・。愛している。君しか
                いらない・・・・・。」
                「ロイ・・・・。俺はあんたのその【想い】が怖い・・・・。」
                ポツリと呟くエドに、ロイは顔を上げる。
                「明日、俺は人体練成をする。だが、もしも失敗したら?
                そしたら、ロイはどうなるんだろうかって・・・。
                そう思うと、すごく怖い・・・・。でも、子どもがいれば、
                ロイの心の支えになってくれるだろ?」
                「エディ・・・・。」
                エドはロイの頬を両手で包み込む。
                「本当は、俺だってロイが他の女の人を抱くのは嫌だよ。
                でも、皇帝としての役目をちゃんと果たして欲しい。
                お願いだ。俺が心置きなく人体練成が出来るように、
                俺の最後の願いを聞いてくれ。」
                涙を流す。エドに、ロイは力なく俯く。
                「・・・・わかった・・・・。」
                ピクリと身体を竦ませるエドを、ロイはきつく抱きしめると、
                荒々しく唇を塞ぐ。
                「・・・・と、私が言うと思うのかね?」
                ロイは名残惜しげに唇を離すと、じっとエドの顔を見つめた。
                「第一、何だね。まるでそれでは遺言のようではないか。
                君は、弟を取り戻すのだろ?無事な姿で私の元に
                帰って来ると言う、あの約束は嘘なのか?」
                唇を噛み締めるエドに、ロイは優しく微笑んだ。
                「エディ。子どもの事なら、何の心配もいらない。アルフォンス君を
                養子にしよう。もしも、彼が嫌だと言ったら、他から貰えば
                いいことだ。」
                「ロイ!でも!!」
                青くなるエドの唇を、ロイは人差し指で塞ぐ。
                「エディ。こう考えてはくれないか?民が私達の子供なのだと。」
                「ロイ?」
                困惑するエドに、ロイはクスリと笑う。
                「血筋がなんだと言うのだね?血筋だけに拘った馬鹿を、
                君は何度も見てきたではないか。大事なのは、国を思い、
                民を思い、そして、平和を願う心だ。私達は、親として、
                子どもである民を導かなければならない。そして、そんな民の
                中から、次代に相応しい皇帝がきっといる。私は、そういう
                人間に位を譲りたい。」
                いい考えだろ?と子どもの様にはしゃぐロイに、エドは茫然と
                なる。
                「ロイ・・・・。」
                「エディ。それには、1人では無理だ。君の力が必要なんだよ。」
                ポロポロと涙を流すエドを、ロイは優しく抱きしめる。
                「私と君の子どもが大勢君を待っている。だから、君は
                ちゃんと私の元に戻るんだよ。子ども達の為にも・・・・。」
                黙って抱きついてくるエドを、ロイはいつまでもきつく抱きしめていた。
                2人の会話を黙って聞いていたエドは、流れる涙を拭きもせずに
                じっと2人の様子を見守っていた。
                ”こっちのロイも同じ事を・・・・・。”
                ロイと結婚式を挙げた日の夜、エドは情事の後のぐったりとした
                身体を、ロイの胸に凭れ掛けると、ポツリと呟いた。
                「なぁ・・・・。俺、ロイの奥さんになって良かったのかなぁ・・・・・。」
                ずっと不安に思っていた事を、エドはポツリと呟いた。
                「エディ?」
                驚くロイを、エドはジッと見つめた。
                「なぁ・・・やっぱ俺達・・・・。」
                「エディは、私と結婚したくなかったのかね?」
                ロイの底冷えする鋭い視線に、エドはビクリと身体を震わせる。
                「そうじゃなくて・・・・。」
                視線を反らすエドの顎を捉えると、自分の方へ向かせる。
                「では、なんだ?」
                「・・・・・・子どもが産めない・・・・。」
                ヒックヒックと泣き出すエドを、ロイは優しく抱きしめる。
                「エディ・・・・。夫婦になるのと子どもの問題は、別問題では
                ないのかね?」
                「でも・・・・。」
                縋るような眼で見るエドに、ロイは苦笑する。
                「例え、君が女性であっても、私が君と結婚するのは、
                子どもが欲しいからではない。君が欲しいからだ。」
                ロイはエドの髪を優しく撫でる。
                「勿論、君との子どもだったら、私は欲しい。だが、本末
                転倒してはいけない。私が欲しいのは君だ。子どもが欲しくて
                結婚するのではない。」
                ロイは困惑するエドに優しく笑いかける。
                「子どもだけが夫婦の絆ではないだろ?要は、いかに
                お互いを愛しているかだ。」
                私は君を愛している。
                そう耳元で囁かれて、エドは真っ赤になる。
                「君がどうしても子どもが欲しいと言うのであれば、
                養子を貰えば済むことだ。世界は広い。私と君に似ている
                子どもの1人や2人直ぐに見つかるさ。」
                だが、今は新婚なのだから、子どもよりも私の事だけを
                考えて欲しいと拗ねたロイに、エドは嬉しさのあまり、
                泣きながら抱きついた。
                その時の事を思い出し、エドはハッと我に返ると、
                ゴシゴシと涙を拭った。
                ”惚けている場合じゃない!早くロイの元に帰らないと!”
                他に何か元の世界に戻る手がかりはないかと、辺りを
                見回して気づく。また場所が変わっていると。
                ”ここは・・・・。”
                薄暗い部屋の中央、床に広がる錬成陣の上に、上半身
                裸のエドが佇んでいた。
                ”この錬成陣は・・・!!”
                床に書かれた練成陣と、エドの額と胸と腕に書かれた練成陣を
                一目見て、エドは我を忘れて叫ぶ。
                ”駄目だ!この練成陣では!!”
                人一人を構築する錬成陣。
                そして、その代価は・・・・・。
                ”やめろ!そんなことして、ロイはどうなるんだっ!!”
                声が届かないと分かっていても、エドは目の前にいる人物を
                止めるべく、声を張り上げる。
                「・・・・・ごめんな。ロイ・・・・。」
                エドの声が聞こえた訳ではないのだろうが、絶妙のタイミングで
                この世界のエドは呟いた。
                「ロイとの約束を破ってごめん・・・。でも、俺はどうしても
                アルを・・・・アルフォンスをこの世に呼び戻したい・・・。」
                その言葉に、エドは茫然とこの世界のエドを見つめる。
                ”お前・・・全部分かっていて、この選択をしたの・・・か・・・?”
                「ロイ・・・・。愛してる・・・・。」
                この世界のエドは、祈るように両手を前に組むと、胸に押し当てる。
                途端、練成陣の光が小さな部屋一杯に広がった。
                ”うわぁあああああ!!”
                光の渦に巻き込まれる形で、エドは意識が飲み込まれるのを
                感じ、硬く眼を瞑った。





                ほんぎゃあ・・・・
                ほんぎゃあ・・・・
                ”赤ん坊の・・・・声・・・?”
                どのくらい時間が経ったのだろうか。
                気がつくと、エドは先程の部屋にいることに気づいた。
                ただ以前とは違うところは、エドの姿がなく、代わりに
                部屋の中央、丁度エドが立っていた場所に、蹲るようにロイが
                座っており、その回りをヒューズ、ホークアイ、ハボック、ブレタ、
                ファルマン、フュリーが悲痛な表情で取り囲んでいた。
                「何故だ!どうしてだ!エディ!!私の元に必ず戻ると
                約束したではないかっ!!」
                泣き叫ぶロイの姿を直視出来ずに、エドは顔を反らせる。
                「・・・・・遅かったか・・・・。」
                突然聞こえた声に、エドはハッとして顔を上げると、部屋の
                入り口に、師匠のイズミが立っており、エドは反射的に
                部屋の隅に後擦った。
                「アメストリス国の大総統夫人・・・・・。」
                ホークアイの言葉に、エドは我が耳を疑う。
                ”師匠が大総統夫人!?しかも、アメストリス国って・・・。”
                全く違う世界だと思っていただけに、エドにはショックだった。
                ”って事は、ここは過去の世界?”
                固唾を呑んで事の顛末を見守ろうとエドはじっとイズミを
                見つめる。
                イズミは、スタスタとロイの元へ近づくと、ロイの腕の中に
                いる赤ん坊をじっと見下ろした。
                「それがアルか?」
                イズミの言葉に、泣き腫らした眼でロイはノロノロと顔を上げると、
                ゆっくりと頷いた。
                「・・・・こんなことなら、私も錬金術を勉強するのだった。」
                ポツリとロイが呟いた。
                「そうすれば、彼を1人で逝かせる事はなかった・・・・。」
                2人ですれば、成功したかもしれないと呟くロイに、
                イズミは首を横に振った。
                「いや。練成は成功している。」
                イズミの言葉に、ロイはイズミを睨みつける。
                「これのどこがっ!!」
                激昂するロイを、イズミは静かに見つめた。
                「アンタには辛い事だが、エドは最初から、自分を代価に
                アルをこの世界に呼び戻そうとしていた。」
                「なっ!!そんな馬鹿な!!エディは約束してくれたのだ!
                私の元に帰ると!一緒に国を治めると!!」
                信じられないと首を横に振るロイに、イズミは溜息をつく。
                「今の錬金術では、これが限界なのだ。」
                そんな・・・とロイは茫然と呟く。暫くの間、重苦しい空気が
                辺りを支配していたが、やがてホークアイ達のすすり泣く声の
                中、ロイは決心したように、顔を上げると、イズミに頭を下げる。
                「イズミさん。お願いです。エドに教えたように、私にも
                錬金術を教えていただきたい。」
                その言葉に、イズミの眉が顰められる。
                「錬金術を学んで、何をする気だ?」
                ロイは真っ直ぐイズミを見つめると、きっぱりと言った。
                「例え何年かかっても、エディを取り戻します。」
                ロイの言葉に、イズミは首を横に振った。
                「エドの全てを代価にしても、アルを赤ん坊の姿にしなければ、
                この世に呼び戻す事は出来なかったんだぞ。」
                イズミに言葉に、ロイは必死に食い下がる。
                「しかし!」
                「・・・・今度は自分を代価に、エドを赤ん坊の姿にするのか?
                あんたのいない世界に、あの子を1人残すのか?」
                その言葉に、ロイは悔しそうに俯く。
                「あんたには、あんたのやるべき事があるだろ?一つに統一
                されたとはいえ、まだまだこの国は不安定だ。あんたは
                エドと約束したはずだ。この国を平和にすると・・・・・。」
                イズミの言葉に、ロイはハッと息を呑む。
                「確かに、エドはあんたとの約束を守れずに、存在を消した。
                だが、その心まで消したとは思わない。姿が見えなくても、
                この世界に魂が存在しなくても、あの子の【想い】まで
                消えた訳ではない!!」
                イズミの悲痛な叫びに、ロイはガクリと肩を落とすと、
                腕に収まっているアルの顔をじっと見つめた。
                やはり兄弟だ。どことなくエドの面影を残す顔に、
                ロイは知らずに微笑む。
                「リザ女官長・・・・。」
                どれくらい経ったのか、ロイの自分を呼ぶ声に、リザは
                顔を上げた。
                「城に連絡を。エディーナ皇妃は、第一皇子を出産したと。
                皇妃は・・・・・そのまま息を引き取ったと・・・。」
                「陛下?」
                訝しげなリザに、ロイは悲しそうに微笑んだ。
                「この子は、エディの弟のアルフォンスではない。私と
                エディの息子のアルフォンスだ。」
                愛しそうにアルを抱きしめるロイに、リザは、流れる
                涙を拭う事もせずに、深々と一礼すると、城に伝令を
                出すべく、部屋を後にした。
                ”ロイ・・・・。”
                愛する者を失っても、前へ進もうとするロイの姿に、
                エドは穏やかな眼で見つめた。
                すると、再び場面が変わり、今度は庭園へと景色が
                切り替わった。もうエドは驚かなかった。
                たぶんこれは過去の出来事。
                そして、それを自分が見ているのは、何か意味があるから
                なのだと悟り、最後まで見届けようと、じっとエドは
                眼を凝らした。
                庭園の中に佇む男が1人。
                愛しそうに薔薇を眺めていた。
                ”ロイ・・・・・。”
                先程から更に時が経ったのか、目の前にいるロイは、
                既に40代くらいに見えた。
                「・・・・イズミさんは、本当に容赦のない人だ。
                あの後、悲劇を二度と繰り返さないと言って、人体練成に
                関するものを全て焼き払い、法律で人体練成を禁じて
                しまった。おかげで、私は簡単な錬金術しか教えてもらえなく
                なってしまった・・・・・・。」
                ロイは溜息をつくと、ゆっくりと庭園を歩き出す。だが、直ぐに
                立ち止まると、その中の一輪に手を伸ばす。
                「エディ・・・・。今日はアルフォンス君の即位式だよ・・・。」
                ロイは薔薇に向かって囁いた。
                「流石に君の弟だ。彼以上に次代の皇帝を名乗るのに
                相応しい男はいないよ。この国は、きっと素晴らしい国に
                なる。絶対に・・・・。」
                ロイは、感慨深げに辺りを見回した。
                「シグ大総統に感謝だな。不可侵条約のおかげで、この
                場所はあの頃のまま、何も変わらない・・・・・・。」
                だが、直ぐに苦笑する。
                「本当に、あの頃と何も変わらないから、未だに私は
                期待しているのだよ。君と初めて出会った時のように、
                ここに立っていれば、また君がひょっこりと現れるのでは
                とね・・・・・。」
                我ながら女々しいなと、自嘲するロイは、ふと何かに
                気づいたように空を見上げる。
                「ああ・・・雪だよ。あの時と同じだね。エディ・・・・。」
                ロイは右手を空に向かって伸ばし、雪を受けながら、
                見えない相手に語りかける。
                「愛している。エディ・・・・・。」
                雪に佇むロイを、エドはただ静かに見守っていた。





                「・・・・ここは・・・・。」
                次にエドが眼を醒ました場所は、天蓋付きのベットの上だった。
                「さっきのは・・・・夢?」
                ゆっくり起き上がって自分の両手が透けてないことを確認すると、
                ホッと胸を撫で下ろした。
                「それにしても、妙にリアルな夢だったなぁ・・・・。」
                コキコキと首を鳴らすと、エドはベットから抜け出す。
                「ったく!このドレスなんとかなんねーのかよ!」
                適当に練成するかと、パンと両手を叩こうとした時、
                背後から、笑い声が聞こえてきた。
                「お目覚めですか?姫。」
                その声に、エドは厳しい表情で振り返ると、扉の前に
                佇むルクタスを睨みつけた。








                「・・・・・おかしいな。何故、ここが懐かしく感じるのか・・・。」
                夜陰に紛れ、単身ルクタス達がいる城に入り込む事に成功
                したロイが、部屋の中を見て回りながら、ポツリと呟く。
                だが、今はそんな事に構っている場合ではないと、ロイは
                神経を研ぎ澄ませながら、先を急ぐ。多分、この先にエドが
                いると確信したロイは、服の上から胸ポケットをきつく握り
                しめる。ポケットの中身はアルに渡された、エドの結婚指輪
                だった。
                「・・・・待っていろ。エディ。今行く。」
                ロイは慎重に辺りを警戒しながら、廊下を進もうと、足を踏み
                出すが、前方に人の気配を感じて、ロイは柱の影に隠れる。
                「お待ちしておりました。ロイ・マスタング様。エドワード様の
                元へご案内致します・・・・・。」
                優雅に一礼したのは、セーラ皇太子妃であった。
                月の光を受け、まるで月の女神のような神々しい姿に、
                ロイは魅入られたように、立ち尽くした。