たった一言が人の運命を大きく変えることがある・・・・。
「今ならまだ笑って許してやる。俺を解放しろ!!」
エドの鋭い視線に、ルクタスは満足そうに微笑む。
「気が強い姫も私の好みだよ。」
「だーかーらー!!俺は女じゃねー!!」
怒り狂うエドに、ルクタスは面白そうに笑う。
「いいんだよ。男だろうがなんだろうが。俺の元に
【黄金の薔薇】さえいれば・・・・・。」
ルクタスの言葉に、エドは不審な目を向ける。
「何なんだよ。その【黄金の薔薇】というのは・・・・。」
「我が国の御伽噺さ。」
ルクタスは、ゆっくりとエドに近づきながら、語って聞かせる。
「我が国の建国の皇帝の【黄金の薔薇】と湛えられた美しい妃が
実は女神だったという話を聞いたことは?」
ルクタスの言葉に、エドはつまらなそうに眉を顰める。
「生憎、こっちは科学者なんでね。神とかは信じてないんだ。」
エドの言葉に、ルクタスは、クククと笑う。
「勿論、俺もそんな話は信じていない。だが、頑固な石頭の
老人は、意外と迷信深いものでね・・・・・。」
ルクタスは、エドの前まで来ると、そっとエドの髪を撫でる。
「・・・・・古い言い伝えさ。天に帰った女神は、再び皇帝と
夫婦になるために、地上へと現れる。」
ルクタスの狂気が宿る眼を間近に見て、エドは声にならない
悲鳴を上げると、ルクタスの手を振り解き、2・3歩後ろに
下がる。
「・・・・今、女神は地上へと再び降臨した。真の皇帝の妃に
なるために・・・・・。」
「テメェ・・・・・。頭どっかイカれてんじゃねーか?第一、
俺はエドワード・エルリックだ!!女神なんてもんじゃねー!!」
エドの言葉に、ルクタスは狂ったように笑う。
「いや、あなたは女神だよ。その証拠にあれを見てごらん。」
ルクタスが指差す方を見て、エドは驚愕に眼を見開く。
壁に掛けられた、一枚の大きな肖像画を凝視するエドに、
ルクタスは嬉しそうに後ろからエドを抱き寄せると、そっと
耳元で囁いた。
「似ているだろ?君に・・・・・。」
「何で・・・・・。」
肖像画の人物が自分に似ている事よりも、エドは別の意味で
ショックを受けていた。
”あの夢の人間と同じ・・・・・・。”
やはりあの夢は過去の出来事なのだろうか・・・・。
「この城は、初代皇帝が国を統一する前に住んでいた城
なんだよ。だから、皇妃であるエディーナ姫の肖像画が
多数あるんだ。」
その中でも、この一枚は特にお気に入りなんだと、
まるで子どものように、はしゃぐルクタスの言葉など、今の
エドにはどうでも良かった。今、一番気になるのは、何故
夢の中の人物の肖像画が、目の前にあるのか。
ただそれだけだった。
茫然となるエドに、気を良くしたルクタスは、エドの身体をきつく
抱きしめた。
「【黄金の薔薇】・・・・。やっと手に入れた・・・・。これで皇位は
俺のもの・・・・・。」
クククと笑うルクタスの言葉に、エドは唇を噛み締めると、
力一杯ルクタスを振り払い、憎しみを込めた眼で睨みつける。
そんなエドに、ルクタスは、信じられないと首を横に振り続ける。
「エディーナ姫?どうかしたのか?何故、俺をそんな眼で
見るんだ!!あなたなら、俺を受け入れて・・・・・。」
「・・・・いい加減にしろ。」
エドの地を這うように低い声に、ルクタスはビクリと身体を竦ませる。
「姫?」
「さっきから聞いていれば、何なんだよ!アンタはっ!!皇位が欲しい
なら、自分の力で掴み取れ!!馬鹿野郎!!」
エドの怒鳴り声に、最初は唖然としていたルクタスだったが、だんだんと
怒りが込み上げてきたのか、エドを乱暴に抱き寄せる。
「うるさい!不義の子である俺が皇帝になるには、伝説を利用して
何が悪い!!」
「それがそもそもの間違いなんだよ!!第一、アンタ何の為に皇帝に
なるんだよ!!それすらも分かってないアンタなんか、皇帝に
相応しくない!!」
エドはルクタスの胸倉を掴むと、冷たく言い放つ。
「・・・・・お前に何が分かる?」
途端、眼を細めるルクタスに、エドも負けじと睨み返す。
「どうせ俺は政治の事なんかわかんねーよ!!だがな!俺は
知っているから!国を想い、努力をしている人間を身近で見て
知っているから!!だから、アンタが許せないんだよ!!」
ポロポロとエドの瞳から大粒の涙が流れ落ちる。
少しでも平和になるようにと、人一倍努力をしているロイの想いが、
ルクタスに汚されたみたいで、エドは抑え切れない怒りのまま、
目の前のルクタスに怒りをぶつける。
「不義の子だかなんだか知んねーけど!それが何だって言うんだ!
要は、お前が皇帝に相応しいかどうかだろ!?血筋なんて何の
関係があるんだ!!」
はぁはぁと肩で息を整えるエドを、ルクタスは冷めた目で見つめる。
「お前は誰からも愛されるからそう言うんだ・・・・・。」
「何だと?」
眉を顰めるエドに、ルクタスはクスリと笑うと、エドの身体を離した。
「・・・・・・・俺が不義の子どもであると知ったのは、まだ5歳の時
だった。それまで、父親の愛情を一心に受けていたと思ったのは、
実は錯覚で、全ては父親だと思っていた人間の自己満足の
為だったと知ったとき、俺の世界は崩壊したんだ・・・・・。」
「どう言う事だ?」
スッと眼を細めるエドに、ルクタスは自嘲した笑みを浮かべながら、
ゆっくりとエディーナの肖像画へと歩き出す。
そして、愛しそうにゆっくりと絵を撫でながら、ルクタスは遠い眼を
向けながら、話し始めた。
「現皇帝が、実の弟の婚約者を愛した時から、全ての歯車が
狂ってしまったのさ・・・・・。」
「実の弟の婚約者って・・・・まさか・・・。」
ハッとなるエドに、ルクタスはニヤリと笑う。
「そう。俺の母上だ。現皇帝は当時31歳。末の異母弟の婚約者で
ある公爵家の、当時16歳だった母上に、一目惚れをした
らしい。皇帝は、どうしても母が欲しかったようだ。だから、
無実の罪を弟に着せて処刑すると、攫うように母上を妻にした。」
そこで、一旦言葉を切ると、ルクタスは狂ったように笑い出す。
「これで、母の全てを手に入れた思った男も、大きな誤算が
あったことに、直ぐに気がついた。母上が男に嫁ぐ前、既に
お腹の中に、愛しい婚約者の子どもを身篭っていたのさ。
それが、俺だ!!」
「でも・・・それは・・・・。」
眼を伏せるエドに、ルクタスは更に言葉を繋げる。
「愛しい男の子どもを身篭りながら、愛する男を殺した男に嫁ぐ。
そして、皇妃でありながら、皇帝の子どもではなく、違う男の
子どもを産む。分かるかい?二重の意味でも、俺は【不義の子】
なんだよ。そんな心の呵責に耐え切れずに、母上は俺を産んで
3年後に死んだ。」
ルクタスは、そこで言葉を切ると、じっとエドを、見つめた。
「母上が死んで、男も自分の犯した罪を思い知ったのだろう。
罪の子どもである俺を、それはそれは大事にしてくれたさ。
俺がそれが父親の愛情であると錯覚するほどに。」
ルクタスは、ゆっくりとエドに近づくと、手を差し伸べる。
「子ども時代の孤独な時間、俺は暇を見つけては、この
城を訪れていた。」
「・・・来るな!」
薄笑いを浮かべて近づいてくるルクタスに恐怖を感じ、エドは
後ろに下がる。
「ここに来ると、何故かとても癒された。エディーナ姫の肖像画は、
ささくれ立った俺の心を癒してくれた。だからずっと思っていた。
もしも姫が現実に存在していたら、必ず俺に光を与えてくれると。」
「来るなって言っているだろ!!」
悲鳴を上げるエドに、ルクタスは微笑みながら、エドに手を伸ばし
続ける。
「さぁ、エディーナ姫・・・・。」
「俺に触るな!!ロイ!ロイ〜!!」
部屋の隅に追い詰められたエドは、ロイの名前を呼び続ける。
「ふん。あの男なら今頃処刑されているはずだ。」
ニヤリと笑いながら近づくルクタスを、エドは涙で濡れた
眼で睨みつけた。
「そんなはずはない!!ロイには俺の【保険】があるからな!!」
「【保険】?一体何を言って・・・・・。」
訝しげなルクタスを、エドは真正面から見据えた。
「いいか?ロイは、この俺にベタ惚れなんだよ!俺の指に
結婚指輪が嵌ってない状況を許すとでも?絶対に最速で
俺を追いかけてくるに決まっている!」
もっとも、そんな【保険】などなくても、ロイは自分を追いかけてくる
けどな!と言い切るエドの声に応える様に、耳に心地よい声が
部屋に響いた。
「その通りだよ。エディ。」
その声に、ハッと我に返ったルクタスがエドの腕を掴もうとした瞬間、
ルクタスの回りに、小規模な爆発が起こり、辺りが煙で見えなくなる。
「私のエディを返してもらおうか。」
「ロイ!!」
煙の先には、セーラ姫と侍従長のクロスフォードを従えたロイが、
発火布の手袋をした右手をルクタスに向けて立っているのを見て、
エドは嬉しそうに顔を輝かせた。
「貴様!何故ここに!!」
驚くルクタスに、ロイは不敵な笑みを浮かべて、ゆっくりとルクタスに
近づく。そんなロイに恐怖を感じたルクタスは、エドを抱き寄せると、
壁に背中を預ける。
「エディを離せ・・・・。」
自分以外の男の腕に最愛のエドがいる状況に、ロイの理性は
焼き切れ寸前である。
「ふん!やっと手に入れた【黄金の薔薇】を俺がやすやすと
手放すと思うのか?」
ニヤリと笑うルクタスに、ロイの瞳がスッと細められる。
「・・・・全く、こんなに早くやってくるとは、計算外だったよ。
マスタング准将。今頃処刑されていると思っていたが。」
ルクタスの言葉に、エドがクスリと笑う。
「言ったろ?ロイは俺にベタ惚れだって。」
「だが、これならどうかな?」
ロイの勝利を確信しているエドの様子に、ルクタスはニヤリと
笑うと、エドを抱きしめたまま、ゆっくりと右手で壁のある一点を
押す。
ゴゴゴゴ・・・・という音と共に、壁にポカリと穴が開き、ルクタスは
エドを抱き上げると、躊躇いもなく穴の中に飛び込む。
「しまった!!抜け道かっ!!」
ロイが慌てて2人の後を追おうとするが、無情にもロイの目の前で、
壁に出来た穴は塞がれてしまった。
「皇族の脱出通路か・・・・。やっかいだな。」
ロイは右手を翳すと、壁に穴を開けようと指を擦り合わせようとした。
「お待ちなさい。マスタング准将。」
それまで、一言も話さずに青い顔をしていたセーラ妃が、真剣な表情で
ロイを見つめていた。手には拳銃を持って。
「・・・・・・私を殺すつもりですか?セーラ妃殿下。」
冷ややかな眼をするロイをじっと見据えたまま、セーラは銃をゆっくり
ロイに向ける。
「・・・・・あなた、自分の子どもを抱きたいと思った事は?」
「・・・・・その質問に答える義務はありませんが?」
セーラの不躾な質問に、ロイは不快そうに眉を顰める。
「・・・・エドワード様は男性なのでしょう?何故そこまで
あなたは執着するのかしら?」
「それはエドワードだからです。」
キッパリと誇らしげに言い切るロイに、セーラは息を呑む。
「男だろうと女だろうと関係がない。私の魂がエドワードを
求めるのです。彼はやっと見つけた、私の半身なのです。」
愛とかそんな言葉では言い表せない。エドの存在そのものが、
既にロイの一部であり、全部なのだ。そう語るロイに、セーラは
ふと微笑むと、ロイに向かって引鉄に掛かっている指に力を
込める。
「!!」
咄嗟に焔を練成しようとするが、その前にセーラは銃の照準を
ロイの足元へ移すと、躊躇いもなく銃を撃つ。
途端、ゴゴゴゴ・・・・・という音と共に、再び壁に抜け道が出現する。
「この先は、初代皇帝の妃、エディーナ様が天空へ帰らないように、
初代皇帝がエディーナ様を閉じ込めようとしたと言われている、
地下室へと続いています。殿下達はそこにいるはずです。
お願いします。マスタング准将・・・・・。殿下を止めてください。」
セーラは悲しそうな顔で頭を下げる。
「妃殿下・・・・・・。」
茫然とするロイに、セーラは眼を伏せて呟いた。
「あなたを殺して殿下が【黄金の薔薇】・・・いえ、エドワード様と
幸せになれるのならば、私は喜んであなたを殺したでしょう・・・。
以前の私ならば、何の疑いもなく、殿下の思う通りにしていました。
ですが・・・・それがそもそもの間違いでした。殿下を本当に
思うのであれば、私が殿下をお止めしなければならなかったのです。」
セーラは顔を上げると、側に控えているクロスフォードに声をかける。
「クロスフォード・・・・。マスタング准将を殿下の元へお連れして。」
セーラの言葉に、クロスフォードは、恭しく一礼すると、ロイの前に立つ。
「さぁ、マスタング准将。こちらです。」
クロスフォードに促される形でロイは地下室へと続く通路に足を
踏み入れたが、ふと気になって後ろを振り返る。
「妃殿下。」
ロイの言葉に、床に座り込んで涙を流していたセーラはハッと
顔を上げた。
「私は愛するエディを必ず取り戻します。だからあなたも諦めては
いけない。」
「え?」
呆然となるセーラに、ロイは優しく微笑んだ。
「まず、あなたがすることは、皇太子殿下にご自分の気持ちを
伝えるべきだと思います。」
ロイの言葉に、セーラは驚きに眼を瞠らせる。
「では、御前を失礼します。妃殿下。」
ロイは優雅に一礼すると、今度は振り返りもせずに、クロスフォードの
後を続いた。
「伝える・・・?私の気持ちを殿下に・・・?」
1人取り残されたセーラは、ロイの言葉に茫然となっていた。
「私は今まで殿下に自分の気持ちを伝えていない・・・?」
セーラはその事実に愕然となると、そっと自分の左手首に嵌められて
いるブレスレットを握り締める。
初めて逢った時から、自分はルクタスにオドオドした態度しか取って
こなかったではないのか?自分からルクタスに話しかけたことは?
微笑みを浮かべた事はあっただろうか・・・・。考えれば考えるほど、
自分のルクタスに対する態度は、あまり褒められたものではなかった
という事実に、セーラは知らずに唇を噛み締める。
「私はずっと【黄金の薔薇】に怯えていた・・・・・。」
夫の心を捉えて離さない伝説の皇妃に、セーラは嫉妬と共に
いつか【黄金の薔薇】が夫を連れ去ってしまうのではと、ずっと
怯えていたのだった。
「でも、私は怯えてはいけなかった。」
本当に夫を愛しているのならば、自分は己の心と戦わなければ
ならなかった。その事に思い当たったセーラは、顔を上げると、
思いつめた眼を先程ロイが消えた通路へと向ける。
「まだ間に合う・・・・・・?」
いや、間に合わせるのだ!
セーラは意を決すると、震える身体を叱咤しながら、地下室への
通路に飛び込んでいった。