第10話

 

 

 

                何故、自分はこんな闇の中を走っているのだろう。
                セーラは、クスリと笑う。
                以前の自分なら、闇に怯え、ひたすら泣いていたはずだ。
                しかし、今の自分は闇などに屈するわけにはいかない。
                早く・・・・あの人の元へ・・・・・。
                セーラの左手首に嵌められているブレスレットが、淡く光を
                放った。






               「いい加減、俺を離せ!!」
               有無を言わせずに、無理矢理抱き抱えられて、エドは地下にある
               一室に連れて来られた。
               そこは、奇妙な場所だった。
               地下であるはずなのに、部屋の中心がスポットライトが当たっている
               かのように、光が満ちており、部屋全体が仄かに明るかった。
               その光は、どこから来るのかと、ふと高い天井を見上げると、
               明かり取りの窓から、燦燦と陽が差し込んでいた。
               「離せば逃げるだろ?」
               ルクタスの言葉に、それまでポカンと天井を凝視していたエドは
               本格的に暴れると、何とかルクタスの腕から逃れる事に成功する。
               そして、壁に背を預けて、慎重に回りに視線を向ける。
               「・・・・・この部屋は・・・・。」
               夢の中で見た一室である事に気づいたエドは、茫然と呟く。
               「ここは、初代皇帝が、天へ帰ろうとする妃を閉じ込めたとされて
               いる地下室だよ。」
               ルクタスの言葉に、エドは辛そうに顔を背ける。
               ”違う。ここは、人体練成を行った場所だ・・・・・。”
               その時の【ロイ】の悲痛な叫びを思い出し、エドは唇を噛み締める。
               そんなエドに、ルクタスは優しく語り掛ける。
               「ああ。そんな顔をするんじゃないよ。大丈夫。初代皇帝は妃を
               守る事は出来なかったが、俺が君を守るから安心・・・・・。」
               「私のエディに触るな!!」
               ルクタスがエドの肩に手を置こうとした瞬間、ルクタスの目の前で
               小さな火柱が上がり、驚いてエドから身を離す。
               「ロイ!!」
               嬉しそうなエドの様子に、ルクタスは、悔しそうな顔で入り口に
               足っているロイを睨みつける。
               「貴様・・・・。どうやってここに・・・・。」
               「セーラ妃殿下が手を貸してくれたのだよ。」
               ロイの言葉に、ルクタスは訝しげな顔でロイを睨みつける。
               「嘘をつくな!!あいつがここの場所を知るわけがないだろうがっ!!」
               ルクタスは逆上すると、部屋の中に備え付けてあるランプを持つと、
               中の油を床に撒き散らす。
               「それ以上近寄ると、火をつけるぞ!!」
               ランプをついでとばかりに床に叩きつけるルクタスに、ロイは不敵な
               笑みを浮かべる。
               「やってみろ。」
               「何だと?」
               ピクリとルクタスの眉が跳ね上がる。
               「忘れたのかね?私が【焔の錬金術師】であることを。」
               ロイは、ゆっくりとルクタスに近寄ると、発火布の右手を翳す。
               「殿下!!もうこれ以上罪を重ねるのは、おやめ下さい!!」
               緊迫する空気に耐え切れなくなったクロスフォードは、ルクタスに
               懇願する。
               「お前がそれを言うのか!?」
               クロスフォードの言葉に、ルクタスは侮蔑を込めた目を向ける。
               「お前は言っていたではないか。俺以上に、皇帝の座に相応しい
               者はいないと!!」
               その言葉に、クロスフォードを決意を込めた目で顔を上げる。
               「確かに、【あの時】には、そう思い、忠誠を誓いました。しかし、
               今の殿下では、皇位の座に相応しいどころか、人間として、間違って
               おられます。」
               迷いのないクロスフォードの目に、ルクタスは恐怖に目を見開く。
               「・・・・・やはり、お前も俺を憎んでいるんだな・・・・。」
               「憎む?何を言って・・・・・。」
               ルクタスの異常なまでの恐怖に、クロスフォードは訳も判らずに
               側に近寄ろうとした。
               「そうなんだな!!貴様も俺の事を影で笑っているのだな!!」
               ルクタスは、狂ったように笑い出すと、憎しみを込めた目で
               クロスフォードに目を向けた。
               「貴様は、もともと母上の乳兄弟だった。」
               ルクタスの言葉に、クロスフォードは、ギクリと表情を強張らせた。
               「何故・・・・・・。」
               「何故俺が知っているかって?」
               ルクタスはニヤニヤと笑いながら、ゆっくりとクロスフォードに近づく。
               「どこにでも、お喋りな人間というのは、いるものだ。」
               ルクタスは顔面蒼白になっているクロスフォードに、感情の篭らない
               目を向けた。
               「それから、面白い話も聞いた。貴様がずっと俺の母上に懸想を
               していたらしいとな。」
               「それは違います!!」
               即座に否定するクロスフォードを、ルクタスは見据える。
               「殿下は誤解なされておられる・・・・・。」
               クロスフォードの言葉に、ルクタスは、鼻で笑う。
               「誤解?何が誤解だと言うんだ?このことは、口には出さないが、
               みんなが知っている事実だ。」
               「事実・・・・ですか。では、お答え下さい。殿下のおっしゃっている
               【皆】は、本当に全てを知っていると言われるのか?」
               クロスフォードの言葉に、ルクタスは眉を顰める。それに構わず、
               クロスフォードは、一歩前に進み出ると、じっとルクタスを見据える、
               「ただの推量を真実だと吹聴して歩く人間を、信用なさるか、それとも、
               当事者の1人である私の言葉を信用なさるか。どちらでしょうか。
               殿下。」
               「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
               真っ直ぐに自分を見つめるクロスフォードに、恐怖を感じ、ルクタスは
               一歩下がる。それに追い討ちをかけるように、今まで黙って事の
               成り行きを見守っていたロイが溜息をつきつつ、ルクタスに声を
               かける。
               「真実を確かめる勇気がない貴様に、例え無理矢理皇位についても、
               直ぐに自滅するのが、オチだな。」
               「何だと貴様!!」
               ロイの言葉にカチンときたルクタスは、ロイに食って掛かる。
               「本当の事だ。真実に目を背け、それで一体何が得られる?
               虚無だけが残るのではないのか?」
               「・・・・・・・・・・・。クロスフォード、お前の話を聞こう。」
               ロイの言葉に、ルクタスは唇を噛み締めると、下を向いた。
               「・・・・本当ならば、エレノア皇妃様のご遺言通り、真実を話す
               つもりはありませんでした。しかし、それでは殿下は不幸のままで
               一生を終えてしまいます・・・・・・。」
               そう前置きすると、クロスフォードは、ゆっくりと語り始めた。
               「殿下は、亡き皇帝の異母弟、ラルク様とエレノア様のお子様では
               ございません。正真正銘、ルーク皇帝陛下とエレノア皇妃様の
               お子様でございます。」
               「なっ!!そんな馬鹿な!!」
               絶句するルクタスに、クロスフォードは厳かに告げる。
               「いいえ。真実でございます。」
               クロスフォードは、思いつめた顔で目を閉じると、35年前に
               想いを馳せながら、ゆっくりと口を開いた。

 

               「全ては、あの時から狂い始めたのです・・・・・・。」