第11話

 

 

 

               
               「全ては、あの時から狂い始めたのです・・・・・・。」



               そう言って、語りだしたクロスフォードは、悲しげな目を
               ルクタスに向けた。
               「今から35年も前の事です。我がドラクマ国は、他国と
               戦争を行っていました。そして、当時皇太子だった、
               ルーク陛下が避難された城というのが、エレノア様の
               実家だったのです。当時、ルーク様は24歳。エレノア様は
               9歳と、傍から見れば、年の離れた、仲の良い兄妹のような
               間と見られていました。実際、ルーク様は、エレノア様を
               妹のように可愛がっておられました。しかし、エレノア様は
               違っていました。あの頃から、エレノア様は、ルーク様だけを
               1人の男性として、愛していたのです・・・・・・。」
               その言葉に、ルクタスは、乾いた笑みを浮かべる。
               「な・・・そんな・・・馬鹿な・・・・。」
               「本当です!戦争は、約3年続きましたが、その間、
               エレノア様は、本当に幸せなそうでした。いついかなる時でも、
               ルーク様の側から離れなかったのですから。」
               クルスフォードは、そこで言葉を切ると、切なそうに下を
               向く。
               「しかし、やがて戦争は終結。ルーク様の亡き母君、
               ロザンヌ皇妃様の実家である、オークヴァリー国が、
               戦争中、ずっと中立を守っていた事で、第1位王位継承者で
               ありながら、ルーク様の立場は微妙なものへと変化して
               しまいました。そんな中であって、昔と変わらぬ愛情で
               ルーク様を包み込むエレノア様は、妹から、ルーク様にとって、
               なくてはならない、大切な女性へと変化するのに、
               時間はかかりませんでした。幼い恋は、人に知られずに、
               ゆっくりと開花させた頃・・・・・あの忌まわしい事が
               起ったのです。」
               「忌まわしい・・・事だ・・・と・・?」
               ルクタスの言葉に、クロスフォードは、重々しく頷く。
               「エレノア様が16歳を迎えようとした時、ロザンヌ様亡き後、
               皇妃の座についた、カトスレイア様が産んだ王子、ラルク様と
               エレノア様の結婚話が、突如浮上したのです。どうやら、
               カストレイア様は、ラルク様の王位継承を確実なものと
               するために、公爵家の姫であるエレノア様との結婚を強く
               望まれていました。その話に、公爵夫妻は、一も二もなく
               賛成され、直ぐにラルク様とエレノア様の婚約は整って
               仕舞われたのでした。当然、エレノア様は1人これに反対
               されました。しかし、権力欲に溺れる公爵夫妻は、エレノア様
               の言葉には、耳を貸さず、エレノア様を地下に閉じ込め、
               結婚式の日まで幽閉したのです。」
               クロスフォードは、そこで、穏やかな顔をルクタスに向ける。
               「しかし、幽閉されても、エレノア様は最後まで諦め
               ませんでした。何故なら、その時には、エレノア様の
               お腹の中には、あなた様がいたのですから・・・・・。」
               その言葉に、ルクタスは息を飲む。
               「・・・・・ルーク様は、エレノア様とあなた様を救うために、
               ありとあらゆる手を尽くされました。ラルク様に無実の
               罪を擦り付けたという噂のは嘘です。もともとラルク様と
               カストレイア様は、権力を得る為に、様々な事に手を染めて
               いたのです。ルーク様が全ての証拠を揃えられたのは、
               結婚式当日。焦ったルーク様は、多少強引にラルク様を捉え、
               エレノア様を助け出したのです。・・・・その時のエレノア様の
               幸せそうな笑顔を、私は一生忘れません。しかし、そんな幸せは、
               長く続きませんでした。もともとお身体の弱いエレノア様は、
               幽閉生活と極度の緊張感から、体調を崩されました。
               医師団からは、お腹の子供を諦めるように説得された
               ほどです。しかし、エレノア様は、絶対に産むと宣言されました。
               愛する人の子どもだからと・・・・・・。」
               「クロスフォード・・・・・。」
               唖然となるルクタスに、クロスフォードは、自嘲した笑みを浮かべる。
               「確かに、私はエレノア様に、淡い恋心を抱いておりました。
               しかし、お2人の・・・ルーク様とエレノア様のお姿を見ている
               うちに、お2人の恋を守りたいと思うようになったのです。」
               クロスフォードは、一歩ルクタスの前に出る。
               「ご安心下さい。あなた様は、ご両親に愛されております。
               殿下、あなたは、エレノア様とルーク様の仲睦まじい姿を
               見ていたはずです。それなのに、心無い人達の話に耳を
               傾けるのですか?」
               厳しい目を向けるクロスフォードに、ルクタスは耐え切れず
               叫びだす。
               「うるさい!うるさい!俺はそんな事を信じないぞ!!」
               「・・・・・・うざい!」
               それまで黙って事の成り行きを見守っていたエドは、
               ツカツカとルクタスに近づくと、思いっきり後頭部を叩く。
               「貴様!何をする!!」
               怒りも露なルクタスに、エドはニヤリと笑うと、クロスフォードを
               チラリと見る。
               「なぁ、こいつの名前をつけたの、誰?」
               「・・・・ルーク様ですが・・・・。それが何か・・・?」
               エドの質問に、クロスフォードは訝しげに答える。
               「なるほど〜。やっぱな〜。」
               エドは、意味深な笑みを浮かべて、ルクタスを見る。
               「アンタ、自分の名前の意味って知ってるのか?」
               「・・・・知らん。」
               不貞腐れたように、フイと横を向くルクタスに、エドは
               真剣な表情で言った。 
               「古代ドラクマ語の中でも、特に神官達が使う言語
               だよ。【ルクータス】・・・・・愛する光の子供って意味らしい。」
               「愛する・・・光の子供・・・?」
               ルクタスの言葉に、エドは頷く。
               「神の子供であるルクータスは、人々を幸せに導いたとか
               いう神話があってな・・・・・。」
               そこで言葉を切ると、エドはチラリとルクタスに微笑む。
               「古代の人達は、自分の子供にその名前をつけて、子供の
               幸せを祈ったらしい。」
               エドは、ゆっくりとルクタスに近づく。
               「それでもまだ疑うというのならば、お前は正真正銘の
               馬鹿だ。」
               エドは、ルクタスに平手打ちをすると、そのままクルリと
               背を向ける。
               「・・・ま・・待ってくれ!【黄金の薔薇】!!俺を
               見捨てないでくれ!!」
               ルクタスは、懇願するように手を伸ばして、エドを捕まえる。
               「馬鹿!離せって!!」
               暴れるエドの耳元で、ルクタスはクスリと笑う。
               「俺に逆らうと、どうなると思う?不可侵条約を破棄するぞ!!」
               勝ち誇った笑みの皇太子にロイは不敵な笑みを浮かべる。
               「ほほう・・・・・。私の目の前で・・・・・。許せんな。」
               ロイは、パチンと指を鳴らす。
               途端、ルクタスの周りを、焔が襲い掛かる。
               「うわああああ!!」
               襲い掛かる焔に、ルクタスは、思わずエドを突き飛ばす。
               「うわぁ!!」
               「エディ!!」
               前に倒れこむエドに、ロイは慌てて駆け出すと、
               焔の中、最愛の人を腕に抱きしめる。
               「迎えに来たよ。エディ。」
               「・・・・ロイ。」
               漸く逢えた愛する人に、エドはウットリと目を閉じる。
               焔に包まれてさえ、共にありたい・・・・・。
               自分の胸に飛び込んできたエドを、ロイはきつく抱きしめると、
               荒々しく唇を塞ぐ。
               「エディ!エディ!!」
               息すら奪われるロイの口付けに、エドは漸く自分は
               ロイの元に帰ってこれたのだと、安堵の為、涙を流す。
               そんな幸せな余韻に浸っていたエドの耳に、嫌な音が
               聞こえて、反射的にエドは後ろを振り返った。
               「よせ!止めろ!!」
               エドの絶叫が、部屋の中に響き渡った。





               「ホークアイ支部長、全員準備が整いました。」
               城を取り囲むように配置している、エドワード親衛隊
               セントラル支部全員が、固唾を飲んで、ホークアイの
               指示を待っていた。
               「・・・・・では、エドワード君の安全だけを第一に。
               その際、多少の犠牲は厭わない!エドワード君の
               安全の為なら、喜んで犠牲になってくれるはずです!!」
               ホークアイの言葉に、全員がおおー!!と叫ぶ。
               多少の犠牲というのは、言わずと知れたロイの事。
               要するに、ロイを盾にしてでも、エドワードに傷一つ
               つけるなと命じたのだ。
               「では、突入・・・・・・・。エドワード君!!」
               突入する!と言いかけた時、城の中から、凄まじい爆音が
               響き渡り、ホークアイは青褪めた。
               「あの、無能!!」
               ホークアイは舌打ちをする。逆上したロイが、城を爆発
               させたと思ったのだ。
               「突入!!」
               ホークアイの指示の元、全員が城の中に雪崩れ込んだ。