「うまくいく・・・かなぁ・・・」
不安そうなエドに、ロイはニッコリと微笑むと
そっとその華奢な身体を抱きしめた。
「大丈夫だよ。絶対にうまくいくから・・・・。」
最近、兄さんの様子がおかしい。
アルフォンスは、気づかれないように、
そっと一緒に朝食の準備をしているエドの
横顔を、じっと見つめる。
「アル!この味なんだけど・・・・・どうした?」
アルに味見をさせようと、振り返ると、じっと自分を
見つめるアルの視線に気づき、エドはキョトンと
首をl傾げる。
「え!?ああ、ごめん!何でもないんだ!
えっと、味見だね!」
兄の不審な視線に気づき、アルは引きつった笑みを
浮かべると、アルはエドの持っていた小皿を受け取ると、
一口含む。
「うん!!バッチリ!!」
ウィンクするアルに、エドはホッとした顔を向けた。
「良かった〜。」
ニコニコと上機嫌でコンソメスープをスープ皿に盛り付けるエドに、
アルは探るように声をかける。
「ねぇ、兄さん。今日も図書館へ行くの?」
「ん・・?そうだけど?」
エドの返事に、アルはにっこりと微笑む。
「今日は、ボクも一緒に行くよ。」
いいでしょう?と、まるでエドが断る訳がないと確信した上で、
アルは言ったのだが、次の瞬間、信じられない言葉を耳にする。
「駄目だ!!」
即答するエドに、アルは信じられないと驚愕に目を見張る。
そんなアルの様子に気づいたエドはコホンと咳払いをする。
「あー・・・その・・・アル。今日は・・・・その・・・・・
国家錬金術師しか入れない書庫へ行くから・・・・・。」
左に目を反らせながら話すエドに、アルは直感でそれが嘘だと
言う事に気づく。伊達に長年弟はやっていない。エドの嘘をつくとき、
必ず目を左に反らす癖は熟知している。
”兄さん、ここ数日挙動不審だし・・・・何を隠しているんだろう。
よし!こうなったら・・・・。”
「そっか、じゃあ仕方ないね。ボクは大人しく家で留守番しているよ。」
力づくで聞き出そうとしても、決してエドは口を割らない事は、
弟の自分が一番良く分かっている。こうなったら、一旦引いたと
みせかけた方が、エドの口が軽くなる事を熟知していたアルは、
それだけ言うと、再び料理に没頭してる振りをした。
「ご・・・ごめんな。アル・・・。」
シュンとなるエドだったが、どこかホッとしている様子に、アルは
やはりと思った。
「あれ?ロイ、早く起きないと遅刻しちゃうのに・・・。俺、起こしに
行ってくるな!!」
エドは、早口でそう言うと、慌てて2階の寝室へと駆け出した。
「やはり、黒幕は准将か・・・・・。」
アルは忌々しげに舌打ちをすると、火を止めて、ゆっくりと
2階の寝室へと気配を消しながら歩き出す。きっと今頃
准将がエドに悪巧みを吹き込んでいる真っ最中のはず。そこへ
乗り込んで、事の真相を問い正そうと、静かなる怒りに満ちた
アルフォンスだった。
「焦った〜。アルに気づかれたかと思ったぜ〜。」
安堵の溜息をつくエドに、ロイは苦笑する。
「全く・・・・酷い兄だね。アルフォンス君に知られたら・・・・。」
「だって、仕方ないじゃん!アル、邪魔なんだもん。」
クスクス笑いあう兄夫婦の会話を、ドア越しに耳にしたアルフォンスは、
ショックで目の前が真っ暗になる。
”なっ・・・・今の話はどういうこと!?”
天地が引っくり返っても、あの兄が自分を邪魔者扱いするとは
ミジンコほども信じていなかっただけに、アルのショックは相当
大きい。アルはバンと勢いを込めてドアを蹴破る。
「アル!!」
ロイと抱き合っていたエドは、突然現われたアルに、驚いて固まって
しまった。
「・・・・兄さん・・・・。」
俯いている為、その表情は見えないが、相当ショックを受けている
事に気づいたエドは、アルに恐る恐る声を掛ける。
「ア・・・アル・・・?どうしたんだ?」
エドの問いに答えずに、アルはスタスタとエドとロイに近づくと、
ロイからエドを引き離す。
「ちょっ!!アル!!」
焦るエドに、アルは感情の篭っていない目を向けると、低い声で
呟く。
「・・・・どういうこと・・・?」
「何が・・・?」
自分達の会話をどこから聞いていたのかと、ビクビクしているエドの
態度に、カッとアルの怒りが爆発する。
「兄さん、ボクが嫌いなの?」
「なっ!!そんな訳あるかっ!!」
憤慨するエドに、アルは冷ややかな目を向けた。
「本当の事言ったら?」
「本当の事・・・?」
アルが何を言いたいのか、良く分からないエドは混乱する頭で、
縋るような目でロイを見る。
「アルフォンス君。落ち着きたまえ。」
見かねたロイが2人の間に入ろうとしたが、アルはロイの手を
振り払った。
「ボクだって分かっているんだよ!!新婚家庭にボクは
邪魔者だって!!」
「何言ってんだよ・・・。アル・・・・・。」
青ざめた表情のエドに、アルは我慢できなくなり、エドの手を
振り払うと、部屋を飛び出していった。
「アル!!アルフォンス!!」
狂ったように叫びながらアルを追いかけようとしたエドを、
ロイが慌てて抱き止める。
「落ち着くんだ!エドワード!!」
「離せよ!!アルが!アルが!!」
ロイはギュッと暴れるエドの身体を抱きしめると、深く口付ける。
「ロ・・・・ロイ・・・・・。」
落ち着いた頃を見計らって、そっと唇を離すと、エドは涙で濡れた
瞳でロイを見つめた。
「アルが・・・アルが・・・俺、嫌いって・・・・・。」
ポロポロと後から後から溢れる涙を、ロイは優しく拭う。
「エディ。アルフォンス君は、私が責任を持って連れて行く。
だから、君は予定通りにヒューズの家に行くんだ。」
「でも!でも!!」
俺も一緒に探すと言って聞かないエドに、ロイは諭すようにエドを
説得する。
「エディ。君にしか出来ない事があるだろ?私を信じて先に
行ってくれ。それに、もしも予定通りにいかなかったら、一番
ガッカリするのは、アルフォンス君なんだよ?君はそれでも
いいのかい?」
ロイの言葉に、エドはフルフルと首を横に振った。
「いい子だね。エディ。」
ロイは蕩けるような笑みを浮かべると、エドの頬に軽く口付けると、
エドを促して二人で家を出て行った。
「では、グレイシア。そういう訳で、私はアルフォンス君を探して
くるので、エドワードを頼みます。」
「ええ。こっちの方は任せて下さい。さぁ、エドワード君。」
暗く沈んでいるエドに、グレイシアは労わるように、そっと
肩を抱いて家の中に入ろうとした。
「待って!ロイ!!」
ロイが踵を返したところ、エドは慌てて声をかける。
「どうした?」
ロイが振り向くのと、エドがロイに抱きつくのは、同時だった。
「エディ?」
「あのさ、アルは多分河原にいると思う・・・・。昔から、俺達
兄弟喧嘩すると、アル、いつも河原に1人でいるんだ・・・・・。」
本当は自分が迎えに行きたいのであろうが、そこをぐっと我慢して
エドはロイを潤んだ瞳で見上げた。
「アルのこと、頼む・・・・。」
「大丈夫だよ。エディ・・・・。」
ロイは、そっとエドに軽く口付けると、穏やかに微笑みながら頷く。
そして、そっとエドから離れると、ロイは河原に向かって走り出した。
「大丈夫よ。エドワード君。」
グレイシアは、心配そうにロイの後姿を見送っているエドを、
優しく抱きしめた。
「兄さんの馬鹿!!」
アルフォンスは、土手に座りながら、ぼんやりと川の流れを
見つめていた。
「・・・・・・もう、ボクのことなんて、どうだっていいんだ・・・・。」
アルは足元にある小石を拾うと、川に向かって投げつける。
「・・・・・・アルフォンス君。」
背後から掛けられる声に、アルは驚いて立ち上がると、後ろを
振り返る。そこには、肩で息を整えるロイの姿があり、一気に
アルの機嫌が急降下する。
「何しに来たんですか?准将。」
冷ややかな目のアルに対し、ロイは穏やかな笑みを浮かべ
ながら、アルに近づいた。
「君を迎えに来たんだ。」
さあ、行こうと手を差し出すロイに、アルは思い切り手を払いのけた。
「ボクなんかほっといたらいいでしょう!!どうせ2人は
ボクなんかいない方がいいんだから!!」
激昂するアルを、ロイはじっと見つめると、溜息をつく。
「どうしてそんな事を言うんだい?」
「今朝2人で話してたでしょう!!ボクが邪魔だって!!」
キッと睨むアルに、ロイはクスリと笑った。
「ああ。確かに君が邪魔だと言ったね。」
その言葉に、アルは再びショックを受ける。だが、そんなアルを、
ロイは見定めるかのように、じっと見つめた。
「アルフォンス君、何故エドが君を邪魔だと言ったと思う?」
「それは・・・新婚家庭なんだから・・・・・。」
真っ赤になりながら答えるアルに、ロイは更に言葉を投げかける。
「エディが今まで君を邪険に扱っていたかね?」
「・・・・・してない。でも!!」
ロイは、深い溜息をつくと、アルの肩を抱く。
「君は、エディが、影で人の事を悪く言う人間だというのか?」
「兄さんはそんな人間じゃない!!」
即答するアルに、ロイは満足そうに微笑んだ。
「分かっているじゃないか。さて、予定より早いが行こうか。」
「あ・・・あの・・・?」
困惑するアルに、ロイはにっこりと微笑んだ。
「真実を君自身の目で確かめるんだ。」
「真実・・・?確かめる・・・・・?」
ロイの言っている意味が分からず、アルは首を傾げた。
そんなアルに、ロイは微笑むだけで何も言わず、アルの
腕を取ると、ゆっくりと歩き出した。
「・・・・・准将は、ボクが邪魔ですよね。」
腕を引かれながら、アルは前を歩くロイにポツリと呟いた。
「・・・・・・どうだろうね。」
その言葉に、アルはムッとする。
「誤魔化さないで下さい。」
「別に誤魔化した訳ではないよ。・・・・そうだね。
私とエディの邪魔をする要注意人物だね。だが、
誤解しないで欲しい。注意人物イコール邪魔な人間
という訳ではないよ。」
ロイは、立ち止まると、アルに振り返る。
「はっきり言って、君の存在は、私には脅威だよ。
君がいる限り、100%エディは私のものにはならない。」
ロイの言葉を、アルは黙って聞いている。
「ずっと君に嫉妬していた。」
ロイは嫉妬を隠そうともしない目でじっとアルを見つめていたが、
やがて、その表情を和らげる。
「だがね。君の存在が私達の救いでもあるんだよ・・・・・。」
「それって、どういう・・・・・。」
ロイは、フッと微笑むと、アルフォンスの両肩に手を置いて、
ある一軒の家の方を向かせる。
「ヒューズさんの家・・・・・・?」
ここがどうかしたのだろうか?と目で訴えるアルに、ロイは
苦笑しながら、アルの背中を押す。
「あそこに真実がある。エディの笑顔を取り戻すには、君の
力が必要なんだよ。」
「どういう意味ですか?あそこに何が?」
「本当は、君を驚かせようと思っていたのだがね。さあ、中に
入ってごらん。私はここで待っているから。」
そう言って、ロイは無理矢理アルをヒューズの家の中へと
押し込んだ。
「ちょ!!准将!!」
背中で閉じられたドアに、慌ててドアノブを捻るが、外から
ノブを押さえられており、仕方なくアルは中へと入った。
「・・・・お邪魔しま・・・・す・・・。」
いつもなら、グレイシアとエリシアの2人に出迎えられるのだが、
シーンと静まり返った家の中に、アルは恐る恐る歩き出した。
「・・・・・えっ・・・・えっ・・・・。」
どこからか、誰かが泣いている声が聞こえ、アルはそっとそちらの
方へと歩き出した。声の聞こえるところは、どうやらキッチンのようで、
アルはそっと顔を覗かせると、次の瞬間、驚きに目を見張った。
キッチンの中では、グレイシアとエドの2人が何やら料理を作って
いるのだが、エドが泣きながらパイ生地を延ばしていた。
「エドワード君。あんまり泣いていると、料理がまずくなるわよ。
今日は、アルフォンス君の為に作るんでしょう?」
優しく宥めるグレイシアに、エドは目をゴシゴシ擦りながら頷いた。
「ごめん・・・・。折角教えて貰っているのに・・・・。」
しゅんとなるエドに、グレイシアはにっこりと微笑む。
「あのね。料理のコツは愛情なの。大丈夫。エドワード君のケーキを
食べれば、アルフォンス君の誤解なんて、すぐに解けるわよ。」
「そっかなぁ・・・・・。でも、アル、俺のこと嫌いって・・・・・。」
しょんぼりと俯くエドに、グレイシアはクスクス笑う。
「エドワード君は、アルフォンス君がエドワード君を好きだから、
アルフォンス君の事が好きなの?」
「違う!俺がアルが好きなの!!」
フルフルと首を振るエドに、グレイシアは満足そうに頷いた。
「なら、何の問題もないじゃない。エドワード君がアルフォンス君を
大切にしているって気持ちを込めれば、絶対に大丈夫よ。」
「そっかなぁ・・・・・・・。」
まだ沈んでいるエドに、グレイシアは優しく肩を抱いた。
「アルフォンス君はいい子だもの。絶対に分かってくれるわ。
今は、エドワード君は自分の出来る事をしていればいいのよ。」
「うん・・・・。俺、頑張る!」
にっこりと微笑むと、エドは乱暴に涙を拭うを、料理作りに没頭
し始めた。そんな2人の様子を茫然とアルは見つめていた。
”何で兄さんがここで料理を作ってんの?図書館は?”
状況が掴めないアルは、その時肩を後ろから叩かれ危うく
悲鳴を上げそうになったのを、咄嗟に後ろから口を塞がれて、
何とか悲鳴を飲み込むことが出来た。恐る恐る振り向くと、
この家の主人であるヒューズがニヤリと笑っていた。
「さて、ここで話は出来んから、外行くぞ。」
半ば引き摺るように、ヒューズはアルの口を塞いだまま外へと
連れ出した。
外に出ると、ロイが門の前で佇んでおり、ヒューズは、ロイに向かって
手を上げる。
「よっ!アルを連れてきたぞ。」
「ああ。すまんな。ヒューズ。」
ヒューズに、手を上げて答えるロイは、アルを一目見て慌てて
声を荒げる。
「おい!ヒューズ!アルフォンス君の口と鼻を塞ぐな!!」
「へっ?ああ。すまん!すまん!大丈夫か?アル?」
慌ててアルの口と鼻を塞いでいた手を退けると、アルはケホケホと
咳をしながら、何とか頷く。
「だ・・・大丈夫です・・・・。ところで・・・・ヒューズ大佐、勝手に上がり
こんで・・・・ごめんなさい・・・・。」
咳き込みながら頭を下げるアルに、ヒューズは頭を掻く。
「こっちこそすまんかった。大丈夫か?」
「ええ。大丈夫です。ところで、何でここに兄さんがいるんですか?」
アルの質問に、ヒューズとロイはお互いの顔を見合わせた。
「・・・・・アル、まだ理由が分からないのか?」
恐る恐る尋ねるヒューズに、アルは戸惑いながら頷いた。そんなアルの
様子に、ロイは苦笑する。
「今日は、君の誕生日だろ?20歳の。」
その言葉に、アルはハッとした顔になった。
「お祝いの言葉は、エディが一番先だから、ここでは言わないよ。」
ロイの言葉に、ヒューズも頷く。
「それじゃあ・・・兄さん、ボクの為に・・・・・。」
ここ数日のエドの挙動不審の理由がわかり、アルはポロポロと涙を
流す。
「それなのに・・・・ボク、兄さんに酷い事言った・・・・。」
ギュッと唇を噛み締めるアルに、ロイはポンと肩を叩いた。
「アルフォンス君。エディは頑張っているだろ?今度は君が頑張る
番だよ。」
「准将・・・・?」
ロイは片目を瞑って、アルにニヤリと笑いかける。
「自分が悪いと思ったら、素直に謝る。いつも君がしていることだ。」
そうだろう?というロイに、アルはにっこりと微笑んだ。
「はい!色々とすみませんでした。ボク、これから兄さんに謝りに
いきます!」
アルが慌てて踵を返すと、ロイは苦笑しながら止める。
「今でなくてもいいよ。今日の夕方6時から君の誕生日パーティが
中央司令部の食堂で行う予定なんだ。その時でも構わないよ。」
ロイの言葉に、アルは唖然とした。
「はっ!?司令部!?何で!?」
何で一般人の自分の誕生日パーティを司令部で行うのかと驚く
アルに、ヒューズがニヤニヤと笑う。
「今日、非番じゃない人間もいるからな。ならば、いっその事
司令部でって話なんだ。大総統が一番張り切っていたな。」
「大総統まで・・・・・。」
茫然と呟くアルに、今度はロイも苦笑する。
「みんな君が大切なんだよ。」
ロイの言葉に、アルはポロポロと泣き出した。
「アル!今から泣くなって!」
ヒューズがアルの頭をヘッドロックしてグリグリと頭を撫でる。
「ありがとう。みんな、ありがとう・・・・。」
アルは声を上げて泣き出した。こんなに嬉しいと思った事は、
生まれてきて初めての事だったからだ。そして、流れる涙に、
自分は本当に元の身体に戻れたんだと、実感したのだった。
「アル?まだ起きているか?」
無事兄弟が仲直りをして、大盛り上がりの中、無事にアルフォンス
の誕生日パーティが終った。家路についたアルとエドとロイの三人は、
疲れの為、早々に自室へと戻った。貰ったプレゼントを整理し終えて、
ベットに横になろうとしたアルフォンスのところに、エドが自分の枕を
持って、首だけをひょっこりと覗かせた。
「兄さん?どうしたのさ?」
いつもなら、ロイがエドを離さないのに、何故エドが自分の枕を
持ってここに立っているのか、不思議そうな顔で突っ立っている
アルを気にせず、エドはにっこりと微笑むと、アルの返事を待たずに
アルの枕の横に自分の枕を乗せると、するりとベットの中に入った。
「兄さん!?」
驚くアルに、エドはにっこりと微笑んだ。
「たまにはいいだろ?兄弟水入らずでさ!おい、電気を早く消せよ。」
アルはまだ状況が判断できずにいたが、電気を消すと、兄の横に
潜り込んだ。
「アル、今日はすまなかったな。」
暗闇の中、ポツリと呟かれるエドの言葉に、アルは驚いて
身体を起こす。
「兄さん?」
月明かりの中、エドは慈愛の笑みを浮かべて、アルを見上げた。
「俺にとって、お前は大事な家族だ。邪魔なんかじゃない。」
「ごめん!兄さん!ごめん!」
エドの言葉に、アルはポロポロと涙を流すと、エドに抱きついた。
そんなアルの背中をエドは苦笑しながら優しく撫でる。
「おいおい。今日で20歳になったんだろ?あんまり泣くなよ。」
「うるさいな!今日だけだよ。今日だけは特別なんだ。」
まるで子どもに返ったかのようなアルの言葉に、エドは小さく
噴出す。
「ったく。今日だけだからな。」
エドは優しくアルを抱きしめた。
「暖かいな・・・・。俺達、本当に元に戻ったんだな・・・・・。」
しみじみと言うエドに、アルは無言で頷く。
「今日のパーティを計画してくれたの、ロイなんだ・・・・。」
ポツリと呟かれるエドの言葉に、アルは反応する。
「准将が?」
「ああ。20歳の誕生日って言うより、アルが身体を取り戻して
初めての誕生日だからって、何か心に残る事をって・・・・。」
アルは驚きに目を見張る。
「ホークアイ大尉も、ヒューズ大佐も、みんな協力してくれた。
本当に・・・良かったな・・・アル・・・・・・。」
「・・・兄さん?」
よほど疲れたのだろう。エドはいつの間にか穏やかな寝息を立てて
おり、そんなエドの寝顔を見てアルフォンスはクスリと笑うと、
エドを起こさないように細心の注意を払いゆっくりとベットから降りると、
静かに部屋を出て行った。
ノックの音に、ロイは読んでいた本を閉じると、入室を促した。
「入りたまえ。」
「失礼します。夜遅くすみません。」
ペコリとお辞儀をして入ってくるのは、アルフォンス。
「まだ寝ないんですか?」
「ああ。ちょっと気になる本があってね。君はどうしたんだい?」
ロイは机から立ち上がると、ソファーをアルに勧める。
「今日で大人だからね。少し飲むかい?」
そう言って、ロイはアルにウィスキーのビンを見せる。
「そうですね。折角だから少しだけ・・・・・。」
頷くアルに、ロイは待っていたまえと、書斎から出て行った。
数分後、ロイはトレイに氷と水とツマミを置いて、戻ってきた。
「君はまだ初心者だから・・・・。」
そう言うと、ロイは限りなく水に近いウィスキーの水割りを作ると、
アルの前に差し出す。
「もう少し強くしても大丈夫ですよ。」
苦笑するアルに、ロイは肩を竦ませる。
「今日は散々パーティで飲んだだろう?ドクターストップだよ。」
ロイは自分用にウィスキーのロックを造ると、飲みながら、アルの
前に腰を降ろした。
「で?私に何か用かね?」
「ええ。兄さんから聞きました。今回の計画を立ててくれたのは、
准将だって。ありがとうございました。そして、八つ当たりをして
ごめんなさい。」
そう言って、律儀に頭を下げるアルに、ロイは苦笑する。
「気にするな。こちらは、したくてしたんだから。」
「・・・それと・・・・。」
言いよどむアルに、ロイは、おや?という顔をしたが、直ぐに
アルの言いたいことを察知し、ロイも表情を改めた。
「昼間、私が言った事だね?」
その言葉に、アルはコクリと頷いた。
「ボクはずっと准将がボクを憎んでいると思っていました。」
「・・・・・・・。」
ロイはじっと無言でアルを見つめた。アルはそんなロイの眼差しに
耐え切れないかのように、そっと視線を落とした。手にした
コップが、小刻みに揺れる。
「ボクは、ずっと准将に嫉妬していました。ボクだけだった兄さんを
いともたやすく奪っていった准将を、心底憎いと思いました。」
ロイは溜息をつく。
「だから君は私も君の事を憎んでいると思っていたんだね?」
コクリと頷くアルに、ロイは穏やかに微笑む。
「まぁ、確かに君には嫉妬しているよ。だがね、私がエディに
会った時は、既に君はエディの一部で、絶対に切り離せなかった
んだよ。それに、私はエディの君への想い込みで、好きになった
訳だし・・・・・・。」
「准将・・・?」
首を傾げるアルに、ロイは笑みを浮かべた。
「それにね、私は君たち2人を見るのが好きだったんだ。」
幼い兄弟が絶望に肩を寄せ合いながら、それでも前を向いて
明るく生きていく姿に、何度勇気付けられたか。
「勿論、それは私だけではなく、君たちを取り巻く大人たち全て
そう思っているんだよ。」
だからアルフォンスの誕生日を祝おうと、皆が一丸になって協力
し合ったのだと言うロイに、アルは泣き笑いの顔をした。今度は
不思議に涙は出てこなかったが、代わりにどんどん暖かい気持ちが
心を満たしていくのを感じ、アルは自然微笑んだ。
「さて、もう遅い。早く寝なさい。」
「准将も早く寝てください、明日は仕事でしょう?」
有無を言わさずにっこりと微笑むアルの姿に、ここにいるはずのない、
己の優秀な副官の姿を見て、ロイは背中に冷や汗をかいた。
「いや・・・その・・・まだ本を・・・・。」
蛇に睨まれた蛙宜しく、しどろもどろに言い訳をするロイに、アルは
にっこりと微笑むと一言言った。
「寝てください。」
「・・・・はい・・・・。」
条件反射とは恐ろしい。ロイはすごすごと肩を落としながら書斎を
出て行こうとしたが、その前にアルに呼び止められる。
「ああ。そうだ。ボクの部屋に准将の安眠枕がいますから、
引き取ってから寝室に戻ってください。」
安眠枕が何を指すのか気づいたロイは、慌てて後ろを振り返った。
「いや、あれは・・・・・。」
「今、日付が変わりました。もうボクの誕生日じゃないですよ。ああ、
それから、ボクこれを飲んでから寝ますので、おやすみなさい。」
にっこりと微笑むアルに、ロイは苦笑する。
「お休み。アルフォンス君。良い夢を・・・・・。」
静かに部屋を出て行くロイの足音が聞こえなくなると、アルはにっこりと
微笑みながら、ロイが出て行った扉に向かっ手にしたコップを少し
目の高さまで上げた。
「おやすみなさい。ロイ義兄さん・・・・・。」
まだまだ本人の前では言わないけどね・・・・・・。
アルは自嘲した笑みを浮かべると、水割りを一気に飲み干した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
次回予告
『10月 ・・・・風がいたずらを仕掛けてきた』は、
大佐の結婚シリーズ初の長編シリアスになります。
予告編