「アルフォンス君!!」
エドが飛び乗った列車を、呆然と眺めていてどれくらいの時間が経ったのか、
背後から掛けられた声に、アルフォンスは、のろのろと振り向く。そこには、
走ってきたのか、肩で息をしながら、ロイ・マスタング大佐が立っていた。
「・・・・・大佐・・・・・。」
「は・・・・鋼のは何処だ!!」
相手を射殺さんばかりの鋭い眼光に、一瞬怯んだアルフォンスだったが、
こんな事になったのは、全て大佐の浮気が原因と思い直し、温厚な彼には
珍しく、そっけない態度で横を向いた。
「お久しぶりです。大佐。ここへはお仕事ですか?」
大切な、大切な、この世で一番大切な兄、エドワードを傷つけた張本人を
目の前に、アルの身体からどす黒いオーラが漂う。
「質問に答えたまえ。鋼のは何処だ!」
対するロイも、愛しい者の不在に、不機嫌さに拍車をかけ、ますます険悪な
雰囲気を漂わせている。
「それとも、彼女とデートですか?」
アルの言葉に、ロイの眉がピクリと動く。
「・・・・・何のことだ?」
訳の判らないことを突然言われ、本気で怒っているロイに、アルフォンスの
容赦ない責めが炸裂する。
「・・・兄さんだけを愛しているって、言ったくせに・・・・・・。それを、僕は
信じたのに・・・・・・。」
「・・・・・アルフォンス君?」
ここにきて、漸くアルフォンスの様子がおかしい事に気づいたロイは、
困惑気味にアルの肩に手をやろうとしたが、寸前で振り払われた。
「もう、これ以上、兄さんを傷つけないでよっ!!!」
「アルフォンス君!」
叫びながら走り出したアルの足を引っ掛けて、ロイは転ばせることに成功
した。
「うわぁああああああああ!!」
思いっきりコケたアルフォンスの眼に前に、ロイは練成陣付きの白手袋を
した右手を突き出す。
「・・・・・・・どういう事か、説明してもらいたいのだが?」
ロイの本気に、アルフォンスは、観念したかのように、力無くガックリと
肩を落とすと、小声で呟いた。
「どうして、大佐は浮気したんですか?」
「何?」
ロイの眼が訝しげに細められる。
「兄さんとは、遊びだったんですか?」
「・・・・・何を言っているんだ?」
本気で判らないという顔のロイに、アルフォンスはブチ切れた。
「だって、僕達は見たんだ!!」
「・・・・・・何を見たって?」
ロイの眼に苛立ちが浮かび上がる。
「さっき、宝石店から女性と大佐が一緒に出てくるとこ・・・・・。」
「・・・・・・アルフォンス君。それは、ホークアイ中尉だ・・・・。」
ため息をつきつつ、肩を落とすロイに、アルフォンスの絶叫が
駅構内を駆け巡る。
「た・・・大佐の結婚相手って、
ホークアイ中尉だった
んですかっっ!!!」
「な・・・・・そんな訳
ないだろう!!私は、
鋼の一筋だっ!!!」
アルフォンスの絶叫の後のロイの衝撃の告白に、その場にいた、
乗客や駅員達は固まってしまった。だが、そんな事には気づかず、
二人の言い争いは、さらに続く。
「だ・・・だって、だって・・・・イーストシティ中の噂ですよ。
近々大佐が結婚するって!!」
「そんなバカな噂を鵜呑みに
するな−っ!!!」
ブチ切れ寸前のロイの様子に、アルフォンスはだんだん冷静に
なりつつあった。よくよく考えてみれば、ただの遊び相手に、
ロイがこんなに焦る訳がない。そこで、漸くアルフォンスは
事の重要性に気がついた。
「ど・・・どうしよう・・・・。兄さん、誤解したまま、列車に飛び
乗っちゃった・・・・・・。」
兄さん、ヤケを起こすと、何するかわかんないし・・・・と、
オロオロし始めるアルフォンスの様子に、ロイは我に返ると、
丁度近くにいた駅員に声をかける。
「東方司令部のマスタング大佐だ。今すぐ全駅に、いつもの通達を。
急げっ!!」
「ハ・・・・ハイッ!!」
慌てて走り去って行く駅員の後姿を見つめつつ、アルフォンスは
ロイに尋ねる。
「大佐・・・・・。いつもの通達って、何ですか?」
「ん?いや、なに。君達の事が心配でね。いつも各駅を始め、
警察や軍各部署に、君達の動向を探ってもらっていたのだ。」
お陰で、役に立ったと、高笑いをするロイに、アルフォンスは
ため息をつく。道理で、自分達の行動が、全てこの男に
筒抜けになっていたはずだ。
“大佐・・・・。それは世間では、ストーカーって、
言うんですよ・・・・。”
権力を使ってまでストーカーをするこの男に、大切な兄を
任せて、果たして大丈夫なのかと、本気で考え直したくなった、
アルフォンス・エルリック14歳だった。
「で、結局、10万センズの花束って、どういう事なんですか?」
連絡待ちの為、東方司令部に連行されたアルフォンスは、
全ての噂の発端となった、花束の真相を、丁度居合わせた、
ジャン・ハボック少尉に問い正す。
「あー・・・それはだな・・・・。」
珍しく歯切れの悪いハボックに、アルフォンスの心に、再び
疑惑の芽が息吹く。
「やっぱり、大佐は・・・・・・。」
「ブラックハヤテ号が埋めて隠した骨を、人骨と間違えて、
花束を供えたと聞いているわ。」
丁度そこへ、書類を手にホークアイ中尉が部屋に入ってくる。
「あっ、ホークアイ中尉、お久し振りです。」
「お久し振り。アルフォンス君。」
ペコリと頭を下げるアルフォンスに、ホークアイも同じように頭を
下げる。
「すみません。兄さんがご迷惑をお掛けして・・・・・。」
しゅんと項垂れるアルフォンスに、ホークアイは首を横に振る。
「気にすることはないわ。元を正せば、大佐の日頃の行いが
悪いのだから。」
容赦ない部下の一言に、ロイは居心地が悪そうに横を向く。
「今日は、午後からの出勤だったんだけど、出勤途中で、
執務室で仕事をしているはずの大佐を見つけて、連行したのよ。」
本当にお守が大変なのよと、ため息をつくホークアイに、やはり
あの後姿は中尉だったのかと、アルフォンスはホッと
胸を撫で下ろした。
「大佐、エドワード君の行方がわかりました。」
アルフォンスとの会話に一区切りつけると、ホークアイはキリリッと
表情を引き締め、手にした報告書をロイに差し出す。
「場所は?」
素早く報告書に目を通すロイに、ホークアイは告げた。
「ゼノタイムです。」
「ゼノタイム?」
ピクリとロイの眉が撥ね上がる。
「ゼノタイム?じゃあ、兄さんは彼らのトコだね♪」
安堵の声を上げるアルフォンスとは対照的に、ロイは手にした
報告書を握りつぶしながら、忌々しげに呟く。
「・・・・・ラッセル・トリンガム・・・か・・・・・・。」
最愛の恋人、エドワードを狙う、ブラックリストナンバーワンの名前に、
ロイの機嫌は最高に悪くなる。
「トリンガム兄弟、元気かなぁ。兄さんとラッセルさんって、
結構ケンカするけど、仲が良いんだよねー。」
自分が、大佐の嫉妬心に油を注ぐ発言をしていることに
気づかないアルフォンスは、のほほんとそんな事を言い出す。
「大佐?」
ガタッと音を立てて立ちあがったロイに、ホークアイが訝しげに声を
かける。そんな中尉に、ロイはギロリと目を向けると一言。
「・・・・・中尉・・・・・。」
「・・・・・・向こう1ヶ月残業をして頂けるのであるならば。」
全てを聞かずとも、ロイの心情を察したホークアイは、
ため息を付きつつ、許可を出す。どっちが上官かわからない
様子だが、本人達は至って真面目だ。ロイはホークアイの
言葉を聞くや否や、扉の外へ駆け出すと、あっという間に、
その姿が見えなくなる。
「・・・・・はぁ〜。恋する男はすんごいねぇ・・・・・。」
パチパチと手を叩くハボックを筆頭に、フュリー曹長、ファルマン
准尉、ブレタ少尉の三人は、ウンウンと頷く。
「あの気力を、少しでも仕事に向けてくれれば・・・・・。」
呆れ顔のホークアイに、心配そうにフュリーが呟く。
「エドワードさん、大丈夫でしょうか・・・・・。」
「大丈夫でしょう。別に誘拐されたという訳では、ないのですから。」
フュリーの言葉に、ファルマンは答える。
「そっかー?俺はマジでヤバイと思うぜ?」
ハボックの言葉に、その場に居た全員の視線が、彼1人に
集まる。
「や・・・・ヤバイって・・・・?」
恐る恐る尋ねるブレタに、ハボックは咥えていたタバコを、
灰皿に押し付けながら言う。
「んー?嫉妬に狂った大佐が、ゼノタイムの街毎、恋敵を
消し炭にしなきゃいーけど?」
先程の、物凄い勢いで出て行く大佐の姿が、全員の脳裏に
蘇る。確かに、今の大佐ならば、何をするかわからないかも
しれない。確実に大佐の暴走を止めることが出来る、ホークアイ
中尉がここにいる今、ハボック達は、心の中でエドに祈って
いた。何としても、大佐の暴走を止めて、被害を出さないで
くれと。大変な後処理は、確実に自分達に回ってくる。
そうならないように、祈ったのだが、そのエドも、暴走を
始めている事に、その場にいる全員は気づかなかった。
こうして、後々まで語り継がれる、焔の錬金術師と、
鋼の錬金術師の、全てを巻き込んだ痴話喧嘩が、
幕を開けたのだった・・・・・・・・。