「落ち着いたか?エド。」
頭からすっぽりと毛布に包まったエドに、
ラッセルは、ホットココアを手渡すと、
エドの向かい側に腰を降ろし、
自分はブラックコーヒーを一口飲む。
「・・・・ごめん・・・・。いきなり来て・・・・。」
両手で包み込むようにマグカップを受け取った、
エドはただじっと窓の外を眺める。
「・・・・別に気にしていない。昨日から
フレッシャーは、隣町に出かけているし、
・・・・1人で退屈してたから、丁度いい。」
「・・・・・・そっか・・・・。」
儚い笑みをラッセルに向けると、再び
エドは窓の外を眺める。
そんなエドの様子に、ラッセルは苦笑すると、
エドの見つめている方向へと視線を向ける。
夕方から降り出した雨は、雨足を強くし、
外の景色をすっかり覆い隠していた。
下界から遮断された世界。
雨音だけが響くこの世界で、
エドと二人きりという状況に、ラッセルの心は
ざわめく。
「・・・・・何も聞かないのか?」
どれくらい時間が経ったのだろうか。
ポツリと視線を窓から外さず、エドは呟く。
「・・・・・別に。」
本当は、何があったのか、追求したい。
だが、扉を開けた時に、ずぶ濡れで傷ついた瞳の
エドの姿を見た瞬間、何も言えなくなってしまった、
ラッセルだった。
「・・・・エド・・・・。」
溜息をつきつつ、ラッセルはエドの手を
マグカップごと握り締めた。
「ラッセル・・・・・?」
キョトンとした顔で首を傾げるエドに、
ラッセルは内心苦笑する。
あまりにも無防備なエドの様子に、
自分は自惚れてもいいのかと、
思ってしまう。
「君に、どうしても伝えたい事があるんだ・・・・。」
真摯な表情のラッセルに、エドはある人物を
重ね合わせ、泣きそうな顔になる。
「エド?」
泣きそうに顔を歪めたエドに、ラッセルは
驚いて、顔を覗き込む。
「ごめん。ごめん。俺・・・・・。」
肩を震わせるエドに、思わずラッセルは
華奢な身体を自分の方へ抱き寄せる。
「ラッセル・・・・?」
「泣くな。泣かないでくれ・・・・・。」
状況が飲み込んでいないのか、どこかぼんやりとした
エドの態度に、ラッセルはただ、きつく抱き締めると、
想いを込めて囁く。
「エド・・・・。俺はお前が・・・・・。」
「そこまでだ。」
ラッセルの言葉を遮って、銃声が響き渡る。
反射的にエドを後ろに庇ったラッセルが、入り口に
素早く向き直ると、そこには、青い軍服のまだ若い将校が
銃を片手に、佇んでいた。
「誰だ。アンタ!!」
見ず知らずの人物に、ラッセルは怒鳴りつける。
「エディ・・・・・。」
だが、男はラッセルを無視すると、ラッセルの背中に隠れている
エドに向かって手を差し伸べる。
「こちらへ来たまえ。」
ビクリと後ろのエドが身を竦ませたのが、自分のシャツをきつく
握り締めているエドの手で、ラッセルは分かった。
「・・・・・ロ・・・イ・・・・。」
泣きそうな顔でラッセルの後ろから、顔だけ出すエドの姿に、
ラッセルとの親密さを見せ付けられた気がして、
ロイは押さえつける事の出来ない嫉妬のまま、声を荒げる。
「エディ!!」
激情のまま、ロイはスタスタと二人の側まで来ると、ラッセルの
身体を壁に叩きつける。
「ラッセル!!」
蹲るラッセルの元へ駆け寄ろうとしたエドの手を掴むと、
そのまま扉へとエドを引き摺るように向かう。
「離せ!離せよ!!!」
必死にロイの手を振り解こうとするが、大人の力には
適わず、エドはただ引き摺られるようにして、ラッセルの家を
後にする。
「もう!俺の事なんて、どうだっていいんだろ!!
離せ!!」
「静かにしたまえ。」
ロイはギロリとエドを睨みつける。普段、優しい笑みしか
見たことがなかっただけに、ロイの冷ややかな表情に、
エドは驚いて、身を竦ませる。
「・・・・・すまない。エディ・・・・・。」
ガタガタと震え出すエドに、漸く自分の余裕のなさに
気づいたロイは、表情を少し和らげる。
「ただ・・・・話を聞いて欲しいだけなんだよ。」
ロイの言葉に、エドの頭は恐慌状態に陥る。
「嫌・・・・。嫌だ・・・・・。」
「エディ?」
尋常でないエドの様子に、ロイは訝しげに声を出す。
「嫌だ!!!」
恐慌状態で、いつもの数倍の力が出せたのか、
エドはロイの手を力一杯振り解くと、そのまま駆け出して行く。
「エディ!!」
慌てて後を追いかけるが、土砂降りの雨が、エドの姿を隠して
しまい、ロイはただ呆然とその場に佇む事しか出来なかった。
「一体、アンタ、何者だ。」
雨で視界が悪い中、ロイはエドの姿を求めて、
ゼノタイムの町の中を、ひたすら走っていた。
行き止まりに、元来た道を引き返そうと、踵を
返した所、ロイの進路を妨害するかのように、
金髪の青年が佇んでいた。
「ラッセル・トリンガムか・・・・。」
ロイは苦々しく舌打ちする。
「へぇ・・・・?俺の事、知ってるんだ。」
ロイの言葉に、ラッセルの眉が潜められる。
「そこをどきたまえ。」
「嫌だと言ったら?」
殺気を隠そうとしないロイに、ラッセルも負けじと、
睨みつける。
「アンタ、エドの何なんだ?」
ラッセルの問いに、ロイは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「・・・・君は、エディが好きなんだな。」
「!!」
図星を指され、ラッセルは思わず息を飲む。
「だがな。」
ロイは拳銃を手にすると、迷いも無く銃口をラッセルに
向ける。
「エディは、私の物だ。・・・・・誰にも渡さない。」
「・・・・・じゃあ、何で、エドはアンタから逃げたんだ。」
ジリジリと下がりながらも、ラッセルはロイに叫ぶ。
「アンタと別れたいに・・・・・。」
「・・・・別れるだと・・・?」
表情を無くしたロイが、ラッセルの言葉を遮る。
そして、ニヤリと口元だけ歪めると、ラッセルから
銃を下ろす。
「別れるくらいなら・・・・・私はエディを殺す。」
「・・・っ!!!」
ぞっとするような、ロイの笑みにラッセルは
崩れるようにその場に膝をつく。
あれほど土砂降りだった雨が、何時の間にか上がり、
雲間から差込む月の光に佇んだロイは、ラッセルに
練成陣が書かれた、発火布で出来た手袋を向ける。
「私の名前はロイ・マスタング。階級は大佐、そして
焔の錬金術師だ。」
そして、徐に指を鳴らす。途端、ラッセルの周りに
次々に爆発が起きるが、間一髪でラッセルは
ロイの攻撃から身を守る。
「私のエディに手を出そうとするなら、これだけでは
済まさない。よく覚えておきたまえ。」
瓦礫の山に半分埋もれたラッセルを一瞥すると、
ロイはエドの姿を求めて、再び走り出した。