”ど・・・どうしよう・・・・。”
エドは青褪めた表情で、ロイの顔を凝視する。
”俺が女だってばれてしまった・・・・・。”
出来る事なら、猛ダッシュして、この場から離れたいが、
まるで縫い留められたかのように、ロイから視線が
離れず、エドは途方にくれた。
「どうかなさいましたか?お嬢さん?」
そんなエドに、ロイはあくまでもニコニコと微笑みながら、
声をかけてくる。エドはロイの言葉に、ピクリと反応する。
”もしかして・・・・俺だって、ばれていない?”
恐る恐るロイを観察するように、エドは上目遣いでロイを
見詰める。
「何か?お嬢さん?」
「いえ!何でもないです!!」
首を傾げるロイに、エドは慌てて首を横に振る。
”ラッキー!まだ俺だってわかってないみたいだ。それならば、
さっさとここから離れよう!!”
無能のお陰で助かったと、エドはニコニコと微笑みながら、ロイに
頭を下げる。
「あの!危ないところを助けて頂きまして、ありがとうございます!!
それでは、私はこれで・・・・・。」
これ以上ここにいては、ボロが出てしまう。そうなる前に、ここから、
離れようと、エドは慌てて踵を返すと、そのまま走り去ろうとしたが、
その前に、エドの腕をロイが捕らえる。
「えっ!?」
カクンと後ろに倒れそうになるのを、ロイは流れるような動きで
素早くエドの腰を捉えると、そのまま自分の方へと引き寄せる。
至近距離からのロイの顔に、エドは驚いて硬直していると、ロイは
クスリと笑いながら、ゆっくりとエドの身体を離す。
「失礼。お嬢さん。また先程のような事が起こらないように、家まで
お送りしましょう。」
「なっ!!いいです!結構です!」
慌てるエドに、ロイはニッコリと微笑むと、有無を言わさずにエドの
腕を取ると、公園の入り口へと向かう。
「離せ〜!!この人攫い!!」
暴れるエドに、流石にロイも不味いと思ったのか、歩みを止めると、
じっとエドを見つめた。
「な・・・何だよ・・・・。」
居心地が悪そうに視線をキョロキョロさせるエドの右手を取ると、
そっと手の甲に、唇を落とす。
「そんなに恐がらないで下さい。」
「え・・・その・・・あの・・・・・。」
真っ赤な顔で口をパクパクさせるエドに、ロイは蕩けるような笑みを
浮かべながら、エドの身体を引き寄せると耳元で囁いた。
「では、行こうか。エドワード?」
「なっ!!」
今度こそ、絶句して固まってしまったエドを、ロイは大声で笑いながら、
引き摺るように、公園を後にするのだった。
「全く・・・いつまで拗ねているつもりだね?」
ロイはエドを引き摺るように、オープンカフェに入ると、エドの為に
ケーキセットを自分はコーヒーをオーダーすると、目の前で
鋭い目つきで自分を睨み付けているエドに、にっこりと
微笑んだ。
「・・・・・何時から知っていたんだ?」
エドは、誤魔化しを許さないとばかりに、きつい視線をロイに
向ける。
「ん?君が女の子だって事かね?」
ニコニコと上機嫌なロイとは対称的に、エドは不機嫌そうに
頷く。だが、内心は、性別詐称を責められるのではと、ビクビク
していた。
”性別詐称って罪になるんだよ・・・・な?軍法会議?もしかしたら、
刑務所!?”
幼い頃から錬金術の事しか頭になかったエドは、一般常識に
弱かった。精一杯虚勢を張っているが、心の中はマイナス思考で
押しつぶされそうだ。
「ああ、ついさっきだよ。それでだね、エディ、これからの
事なのだが・・・・・。」
ここのドーナツは美味しいのだの、この店のチェリーパイは
絶品だの、この店のクリームシチューは、是非食べて欲しいだの、
内ポケットから取り出したセントラルの地図を広げると、嬉々として
説明し始めるロイに、エドは真っ赤な顔で、バンとテーブルの上に
両手をつくと、立ち上がった。
「何言ってんだよ!准将!!」
いきなり怒り出すエドに、ロイはキョトンと首を傾げる。
「何とは?これからのデートにどこへ行こうかと、君の意見を尊重
してだね・・・・。」
のほほんと応えるロイに、エドは髪の毛を掻き毟る。
「ちーがーうー!!俺が言ってんのは、そうじゃなくって!!
性別の事!!」
「君は女の子だったということか?何か問題でも?むしろ、喜ばしい
事ではないか。」
上機嫌なロイに、エドのイライラは頂点に達する。
「だから、性別詐称・・・・・。」
「・・・・・君は性別を詐称していないよ。エディ。」
にっこりと微笑んでいた顔を、真剣な表情に改めるロイに、エドは
思わず息を呑む。
「な・・・だって・・・・・。」
「安心したまえ。君が国家錬金術師になる時に提出した書類には、
私がきちんと【女性】として書き込んでおいたよ。」
次の瞬間、エドの絶叫が街中を響き渡った。
「二週間前、突然大総統が、エドワード君とセリム様をお見合いさせると
宣言したのよ。」
ホークアイの言葉に、アルは報告書通りの結果に、溜息をつく。
「どうして、大総統がそんな事を?この国はいつから同性婚がOKになった
んですか?」
アルの問いに、ホークアイは溜息をつく。
「きっかけは。准将よ。准将は、エドワード君が国家錬金術師の資格を
取る時の書類に、性別の欄に【女性】と書いて提出してしまったの。」
「えっ!!准将、兄さんの性別を女性として登録していたんですか!!」
ホークアイからの驚くべき証言に、アルは固まる。
そう言えば、エドが女だとバラしても、セリムは全く驚かなかった事に、
アルは今更ながら気づいた。
「もしかして、最初から准将には、姉さんの性別が、判っていたんですか!?」
恐るべき女好き。まだ女性としての特徴が、如実に現れていなかった
にも関わらず、一目で女性と見破ったロイの眼力の鋭さに、アルは
自分達は無駄な努力をしていたのかと、がっくりと肩を落とす。
「!ちょっと、待って!アルフォンス君。エドワード君は、本当に女の子
なの!?」
そりゃあ、女の子みたいと常々思っていたけどと、驚くホークアイの様子に、
アルはキョトンと首を傾げる。
「気づいてたんですよ・・・ね?」
「いいえ。違うわ。」
あっさりと首を振るホークアイに、アルは困惑気味に問いかける。
「じゃあ、どうして・・・・・。」
「全て、ご自分の為よ。」
溜息をつくホークアイに、アルは嫌な予感を覚える。
「それって、どういうことです?」
「准将、エドワード君に一目惚れなの。それで、どうしても、男の
エドワード君と結婚したいからって、国家錬金術師試験願書は元より、
戸籍も全て【女性】にしてしまったのよ・・・・・。」
金と権力と人脈を最大限に利用して行ったのだと、ホークアイは
呆れ顔だ。
「なっ・・・・・。」
ホークアイの言葉に、アルは驚きのあまり、アングリと口を大きく開く。
開いた口が塞がらないって、こういうことを言うんだ・・・と、アルは
現実逃避を仕掛けたが、次に続くホークアイの言葉に、アルはコンマ一秒の
速さで現実世界に舞い戻る。
「エドワード君が元の身体に戻ったら、即結婚だと騒いでいるわ。
この前も、ちょっと人が目を離している隙に、役所に婚姻届を
提出しようとしていたの。」
「なっ!!婚姻届って!!姉さん!!」
途端、青くなるアルに、ホークアイは安心させるように、優しく
微笑む。
「大丈夫よ。私が未然に防いだから。それに、今後、エドワード君の
意志を無視して行わないようにと、しっかりと教育的指導を行ったから、
無茶な事はしないから、安心してね。」
その言葉に、漸くアルは安堵の息を吐く。
「でも、そんな准将の裏工作が仇になってしまったのよね。」
あの無能!!と、ホークアイはギリリと歯を噛み締める。
「大総統夫人が、今回のお見合いに、凄く積極的でいらして、
いきなりお見合いというのも、堅苦しいからって・・・・・。」
「それがこの【青い鳥捜し】ですか・・・・・。」
はぁ〜と2人同時に溜息をつく。要するに、今回の件は、エドと
セリムを引き合わせる為の茶番だったのだ。
「それに気づいた准将が、暴走してしまって・・・・・。昨日は
エドワード君1人でというところを、無理矢理、後見人だからと
押し切って、大総統夫人に逢いに行ったらしいの。大総統夫人の
護衛官の1人が、私と同期なのだけど、お2人の攻防戦はすごかった
らしいわ・・・・・。」
片や、自分の養子にエドワードを嫁がせたい大総統夫人。
片や、自分がエドワードと結婚したいロイ・マスタング准将。
昨日、運悪くその場に居合わせた人間は、たった30分の
事だが、一生分の神経を使ったと、殆ど生きた屍になっていた
そうだ。
「・・・結果は、何とか准将が自分とエドワード君が鳥を捜すと
いう話に持ち込んだらしいのだけど、自分と大総統夫人が
争っている間に、エドワード君がお見合い相手のセリム様と
意気投合した事が許せないらしく、朝まで荒れていたのよ。」
「そ・・・そうなんですか・・・?」
いつもは、イヤミなくらい余裕あるロイしか知らないアルは、
想像が出来ずに、引き攣った笑みを浮かべる。
「ええ。准将は、エドワード君が絡むと、冷静な判断力が
なくなるの。今日だって、例え指一本でも、セリム様が
エドワード君に触れようものなら、射殺しても構わないと
言って、街中に兵士を配備しているわ。」
流石に大総統の息子を射殺できないので、銃弾は全て
麻酔弾に変わっているけどと、言うホークアイに、アルは
青い顔をする。
「でも、アルフォンス君が機転をきかせてくれて、セリム様と
エドワード君を引き離してくれて良かったわ!それで、
エドワード君は宿なの?・・・・・どうしたの?アルフォンス
君?」
段々と顔色を青くさせるアルに、ホークアイは訝しげに
尋ねる。
「ホークアイ大尉、今、マスタング准将はどこに?」
「准将?見張りをつけて、執務室に監禁よ。最近、
仕事が溜まってしまって・・・・・・。」
その言葉に、まだ不安そうな顔でアルはホークアイを見る。
「本当ですか?抜け出したりは・・・・・。」
「何をそんなに心配しているの?」
優しく尋ねるホークアイに、アルは心配そうな顔で答えた。
「実は・・・・皆さんの目を誤魔化せるんじゃないかって、
今姉さん女の子の格好で、外に出ているんです。」
アルはホークアイに縋るような眼を向ける。
「あの格好の姉さんに逢ったら、間違いなく准将に
お持ち帰りされてしまいます!!」
「なっ!!」
絶句するホークアイに、追い討ちをかけるかのような
絶妙なタイミングで、後ろからハボックの声が聞こえた。
「大変ッス!見張りの連中から連絡が入りました。
准将が逃走したそうです!!」
ハボックの報告に、ホークアイは素早く手にした銃から
麻酔弾を抜き取り、実弾を装着させると、アルを見る。
「アルフォンス君。エドワード君の貞操の危機よ!
今から准将を捕獲しに行くわ!」
「ボ・・・ボクも行きます!!」
慌てて駆け出す上官と弟分に、ハボックは、首を傾げる。
「何をそんなに慌てているんだ?」
准将が抜け出すのは、日常茶飯事のはず。
それなのに、何故血相を変える必要があるのか。
「まっ、いいか。」
ハボックは、咥えタバコに火を点けると、煙を空に向かって
吐き出した。
「どういうことだ!勝手に何やってんだよ!!」
怒り心頭のエドに、ロイは心外だとばかりに、大げさに
肩を竦ませる。
「何故、責められねばならないのだね?むしろ、感謝して
ほしいのだが。」
今頃、君は性別詐称で捕まっているよというロイに、エドは
青褪めた表情で固まる。
「お待たせしました!」
そこへ、ウエートレスが、注文の品を持って、テーブルに
やってくる。
「さっ、エディ。席につきたまえ。」
テーブルの上に並べられたケーキを前に、エドは躊躇いがちに
再び椅子に座り直す。
「・・・・あの・・・俺・・・・。」
困惑気味のエドに、ロイは苦笑する。
「そんなに固くならないでくれたまえ。そうだな。どうしても
気になるというのならば、これから私とデートしてくれない
か?」
「で・・・でも、鳥を捜さないと・・・・・・・。」
突然の話の展開についていけず、エドはシドロモドロになる。
「その件なら大丈夫だ。先程、無事見つかったという連絡を
受けたのだよ。大総統夫人が君にありがとうと言っていた。」
「えっ!そうなの?でも、俺何にも出来なかったよ?」
キョトンと首を傾げるエドに、ロイはまぶしいものでも見るように
目を細める。
「准将?」
急に黙ってしまったロイに、エドは訝しげな声を上げる。
「いや、何でもない。大総統夫人は、君が親身になって捜して
くれた事に、凄く感謝していたのだよ。」
ロイは、さり気なくエドの右手を取ると、ゆっくりと握り締める。
「無事、鳥も見つかった事だし、何の気兼ねもいらない。
エディ、私とデートをしてほしい・・・・・。」
真摯な表情のロイに、エドは、真っ赤になりながら、小さく頷いた。
「ところで、ずっと気になっていたんだけど・・・・・。」
生まれて初めてのデートに、多少緊張しつつも、十分楽しい時間を
過ごせたエドは、公園のベンチで一息ついた時に、ずっと気になっている
事を、ロイに尋ねた。
「ん?なんだい?エディ。」
今まで一番機嫌が良さそうなロイは、エドの髪を弄びながら、にっこりと
微笑んだ。
「あの・・・さ、その・・・エディって、何?」
「ん?君の愛称だが?エドワードもいいが、私としては、君の可憐さが
表現できる【エディ】の方が気に入っているのだが。」
それに、私しか呼ばない愛称だろ?と蕩けるような笑みで言われ、
エドは真っ赤な顔で俯く。
「かわいいね・・・。エディ。」
クスクス笑うロイに、エドは真っ赤な顔で叫ぶ。
「うっせー!俺をからかうな!!」
「からかってなどいない。」
急に真面目な顔になるロイに、エドはドキッとなる。
「私は・・・・エディ・・・君を・・・・・。」
ロイは真剣な表情でエドを引き寄せると、そっとエドの顎を持ち上げる。
「ちょ!!」
そのまま唇を重ね合わせようとしたロイを、パニックになったエドが
慌てて突き飛ばす。
「エディ!?」
「お・・・俺は・・・・・。」
ベンチから転がり落ちたロイは、目に一杯涙を溜めたエドを見て、
驚きに目を瞠る。
「待ちたまえ!!」
そのまま走り去るエドを、ロイは慌てて追いかけるが、公園を出た所で、
不覚にも見失ってしまう。
「どこへ行った!!」
ロイは舌打ちをすると、街に配置している兵士達に連絡を取るべく、
踵を返した。
「どうしよう・・・・。准将、俺にキスしようとし・・た・・・・?」
軽いパニック状態に陥ったエドは、闇雲に走ってたどり着いた所は、
日頃近づかないようにしていた、スラム街に近い路地裏だった。
エドは、そっと後ろを振り返ってみるが、どうやらロイを撒けた事に
気づき、ほっと胸を撫で下ろす。
「なんで・・・准将はあんなこと・・・・・。」
まだ何も言葉を貰っていないエドは、ロイの行動の意味が分からず、
不安だった。
「きっと、准将にとっては、挨拶程度の軽いものだったんだよ・・・・。」
それなのに、過剰に反応してしまった自分が、逆に恥ずかしくなって
しまう。今頃、そんな自分の態度に、ロイは呆れているだろう。
そう思うと、エドの心にモヤモヤ感が広がる。
「もういいや。とにかく、鳥は見つかったって言うし、早くアルの所に
帰ろう。」
弟にこのモヤモヤした気持ちを相談したくて、エドは宿に戻ろうかと、
踵を返した時、目の端に、何か横切ったのに気づき、何の気なしに、
視線をそちらに向ける。
明らかに柄の悪い集団の中の1人が、金の鳥籠を持っており、その
籠の中に入っているのが、青い鳥であることに気づいたエドは、
考え込むように眉を寄せる。
「でも、大総統夫人の鳥って、見つかったっていうよ・・・な・・・・。」
しかし、どうも気になる。
一瞬考え込んだが、エドは遠くから様子だけ見てこようと、そっと
気配を消して、怪しい集団が入っていった、路地裏へと入り込んだ。
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全然終わりません。完結編に続きます。