Time after time 〜花舞う街で〜

 

                   中 編

  

 

 

                    今も忘れない約束・・・・・。








             「マリア・ロス少尉!!」
             血相を変えて飛び込んできた上司に、慌てて椅子から立ち上がると、
             ロス少尉は敬礼をして上司を待った。
             「エルリック少佐。何か不備でも?」
             ちらりとエドが手にした書類を見ると、先程自分がエドの執務室へと
             持って行ったものだった。
             「これは、一体どういうことだ!!」
             バンとロス少尉の机に書類を叩きつけたエドは、珍しく怒りもあらわな
             顔をロス少尉へと向ける。
             「・・・・・上からの命令です。」
             「・・・・・親父か・・・・・。」
             吐き捨てるように呟くと、エドはそのままクルリと背を向けて部屋を
             出て行こうとするが、その前に、ロス少尉の制止する声が響く。
             「お待ち下さい。エルリック中佐。既に昨日の夜中にマスタング大佐は
             出陣しております。今頃、交戦中かと。」
             エドは一瞬肩越しにロス少尉を振り返ったが、何も言わずに
             部屋を後にした。
  



             「親父!!」
             バタンと荒々しく扉を開けて入ってきた愛娘に、ホーエンハイム副
             総統は、チラリとそちらを見たが、直ぐに手にした書類に視線を
             戻す。そんな父親に、エドはムッとしながらズカズカと近づくと、
             バンと両手を机に叩きつけるように置いた。
             「一体、どう言う事か、説明しろ!!」
             「・・・・エルリック中佐。上官に対する礼はないのか?」
             チラリとエドの顔を見ただけで、再び書類に目を向けるホーエンハイムに、
             エドの怒りは爆発する。
             「副総統閣下に質問があります。」
             まるで射殺さんばかりの鋭い眼光をホーエンハイムに向けながら、
             エドワードは地を這うような低い声で言った。
             「リオールの件は、私の担当だったはず。何故、私を無視して、
             マスタング大佐へ制圧を命令したんですか。」
             ホーエンハイムは、手にした書類を机の上に置くと、漸くエドの
             正面から見据えた。
             「理由は二つある。一つは、君に任せても成果が得られないと
             判断したからだ。」
             その言葉に、エドは唇を噛み締める。確かに、制圧を命じられて
             3ヶ月が経つが、今だ成果が現われていない。いや、ある目的の
             為に、エドは制圧を故意に遅らせていたのだ。
             「親父、聞いてくれ、リオールは!!」
             「・・・・それから、二つ目は君は明日のパーティの主役だと
             言う事だ。婚約発表の場所に、主役がいないのでは、滑稽だろう。」
             「その話は、断ったはずだ。」
             吐き捨てるように言うエドに、ホーエンハイムは冷たい眼を向ける。
             「エドワード。父の命令だ。お前は明日の誕生パーティの席で、
             婚約を発表する。絶対だ。」
             ホーエンハイムがパチンと指を鳴らすと、数人の護衛の者が
             執務室へ入ってきた。
             「エルリック中佐を自宅へ送るように。そして、一歩も外へ出すな!」
             「なっ!!」
             驚くエドに、ホーエンハイムはクルリと背を向ける。
             「失礼致します。エルリック中佐。」
             「ちょ・・・離せ〜。親父〜!!俺の話を聞け〜!!」
             両脇を抱えられるように、ずるずると引き摺られながら退室していくエド
             と入れ替わるように、キング・ブラットレイ大総統が、ニコニコと笑いながら
             執務室へと入ってきた。
             「廊下まで響いていたぞ。ホーエンハイム。」
             苦笑する大総統が、今だ後ろを向いているホーエンハイムの
             肩を叩くと、どんよりと落ち込んだホーエンハイムがチラリと
             大総統を見る。心なしか、目尻には涙が溜まっているようだ。
             「うううう・・・・。大総統・・・・。エドに・・・。エドに嫌われた
             かもしれません・・・・・。」
             「はっはっはっ。仕方なかろう。君が言い出した事なのだから。」
             笑いながら、バンバンと力一杯ホーエンハイムの背中を叩いて
             いた大総統は、ふと真顔になると、小声で呟いた。
             「それよりも、ロイの件はうまくいきそうかね?」
             「はい。全てリオールでカタがつくはずです。」
             神妙に頷くホーエンハイムに、大総統は満足そうに頷いた。
             「それを聞いて安心したよ。さて、明日はエドワードちゃんの
             誕生日だな。プレゼントは何がいいか。」
             高笑いしながら立ち去る大総統を、敬礼で見送ったホーエンハイム
             は、その姿が見えなくなると深い溜息をついて、椅子に深々と
             腰掛けた。
             「・・・・ったく。ジェイドの奴。死んでからも俺に苦労ばかりかけさせる。」
             ホーエンハイムは肩をゴキゴキ鳴らすと、再び書類へと眼を向けた。









            「ふざけやがって!親父のやつ!!」
            自室に軟禁されたエドは、そっと窓の外を伺いながら、見張りの数を
            確認する。
            「庭に7・・・・8・・・・人?後は、扉の外に5人ってとこか。」
            エドは素早く脱出経路を頭の中で組み立てる。
            「俺を国家錬金術師って、忘れているぜ。」
            不敵な笑みを浮かべながら、エドは両手をパンと合わせると、
            次に床に手をつく。途端に練成反応の光が部屋の中を照らし、
            物凄い爆発音が響き渡る。
            「エルリック中佐!?」
            その音に慌てた、扉の外にいた見張りが全員部屋の中に乱入すると、
            床に大きな穴が開いていることに気づき、慌てて踵を返す。
            「しまった!逃げられた!追うぞ!!」
            ドタバタと兵士が部屋を出て行ったのを見計らったかのように、エドは
            カーテンの後ろからひょっこりと顔だけを出す。
            「へへっ。ちょろい!ちょろい!」
            エドはキョロキョロと辺りを警戒しながら、屋敷の置くにある図書室へと
            入り込む。そして、一番奥の書棚の前に立つと、下の段にある、本を
            数冊取り出すと、手を入れて奥にあるレバーを引っ張った。
            ゴゴゴゴゴ・・・と言う音と共に、書棚が床に収納され、壁にはポッカリと
            入り口が開いた。エドは迷いもせずに入り口に入った。と同時に、再び
            床が動き出し書庫を上に持ち上げると、再び入り口を隠した。
            





            「早く。早くしないと!!」
            地下通路を、エドは焦りながら走り続けた。屋敷から
            地下通路を通って中央司令部へ行き、そこから軍用車を
            一台盗み出して、エドはリオールへと行こうとしていた。
            「何で、もっと早く気づかなかったんだよ!俺の馬鹿!!」
            制圧となると、大勢の兵士が動くし、大掛かりな準備も必要
            だ。それなのに、自分は自分の事で精一杯で、そんな周りの
            事に全然眼がいなかった事実に、愕然となった。
            それに、今からでは間に合わないと分かっている。
            「・・・・・それでも、諦めたくない!!」
            エドは、決意も新たに走るスピードを速めた。





            7歳の頃にロイの父親の反乱により、ロイと引き離されたエドは、
            ロイに逢いたい一心で、12歳で国家錬金術師の資格を取り、
            そのまま軍属となった。正式に軍に入隊したのは、15歳の時。
            今から5年前だ。これで漸くロイに逢えると思ったのだが、直ぐに
            自分の考えが甘かった事を思い知らされた。中央勤務のエドとは
            違い、ロイは地方を転々と回されていて、再会する機会がなかったのだ。
            たまに中央にやってきたロイを遠目で見るくらいしか、エドには
            出来なかった。そして、いつも女の人に囲まれているロイの
            姿に、エドの心は張り裂けそうに辛かった。
            「でも、好きなんだよ・・・・・。」
            何度この恋を諦めようかと思ったが、それでもエドはこの恋を
            諦める事が出来なかった。日々焦燥していくエドだったが、
            三ヶ月前に命令を受けたリオール制圧で、色々と調べていく
            うちに、エドはある事実に気がついた。
            何故ジェイドが反乱を起こしたのか。
            何故、軍はリオールを目の敵にしていたのか。
            全てのからくりを解いたエドは、その証拠になるものを、1人で
            コツコツと集めていた。ジェイドを罠に嵌めた人物は、今だ
            軍内部で力を持っている。下手に人を使うと、証拠が全て
            もみ消される可能性がある為、エドは慎重に事を進めて
            いたのだ。その苦労もあと少しで報われると思った頃、
            見計らったかのように、エドの結婚話が持ち上がった。
            いや、突然父親から命令されたのだ。20歳の誕生日
            パーティの時に、婚約を発表すると。それが、これ以上、
            この件に首を突っ込むなという無言の圧力に思えて、
            エドは悔しさに打ちひしがれていた。そして、追い討ちを
            かけるようなロイのエドに対する冷たい仕打ち。
            漸く最近になってロイが中央勤務となった事で、エドは
            密かに希望を見出していた。ちゃんと再会さえすれば、
            またロイと共にいられる。
            そんな淡い期待を込めて、赴任したばかりのロイの元へ
            挨拶に行くと、待っていたのは、ロイのエドを冷たい一瞥
            だけだった。
            その頃になって、漸くロイが自分を嫌っている事に気づいた。
            それもそのはず、ロイの父であるジェイドを制圧したのは、
            エドワードの父親である、ホーエンハイム。そして、その功績に
            よって、ホーエンハイムは若くして副総統の地位へと昇り
            つめた。ロイにとっては、自分は敵の娘。その事実に、エドは
            大変なショックを受け、今回のリオール制圧に気づかなかった
            のかもしれない。
            「でも、罪のない人をこれ以上、巻き込みたくない!!」
            エドは、肩で息を整えながら、そっと行き止まりの壁に手を触れる。
            すると、壁が左右に分かれ、小さな部屋が現われた。
            部屋の奥の壁に垂直に付けられている階段をゆっくり上って、天井に
            たどり着くと、丸い鉄製のものに手を伸ばし、横にずらす。
            エドが、辺りをキョロキョロ見回しながら、ゆっくりと穴から
            這い出ると、そこは、軍の車庫だった。先程エドがずらした
            ものは、マンホールの蓋で、車庫と地下道はマンホールで繋がれて
            いるのだった。
            「辺りに人影なし!」
            エドはさっと手近の車のドアに手をかけた時、背後に人の気配を
            感じて、慌てて振り返った。
            「はい!そこまで。お姫様。」
            「エルリック中佐。速やかにお屋敷にお戻り下さい。」
            ニコニコと笑いながら片手を上げるヒューズ中佐の隣に、
            怖い顔をしたロス少尉の姿を見つけ、エドは舌打ちする。
            「お願いだ!俺を行かせてくれ!!」
            懇願するエドに、ヒューズは厳しい目を向ける。
            「エルリック中佐。あんたをここから出すわけには、いかねぇんだ。
            悪く思わないでくれ。」
            「ヒューズ中佐!責めは後で受ける!早くロイ兄様、いや、マスタング
            大佐を止めなければ!!」
            エドは2人を振り切るように、車の運転席のドアを開こうとしたが、
            その前に、ロス少尉に押さえつけられる。
            「離して!少尉!!」
            ジタバタと暴れるエドに、ヒューズは苦笑する。
            「エルリック中佐。俺達はロイに頼まれたんだよ。あんたの事だから、
            必ずリオールに向かうだろうと。だから、絶対に止めて欲しいと、
            懇願された。」
            その言葉に、エドは動きを止める。
            「ロイは言っていたぞ。これ以上危険な目に合わせたくないと。」
            ヒューズの言葉に、エドは泣きそうな顔で首を横に振る。
            「そんな・・・だって・・・俺・・・・嫌われて・・・・・・。」
            ポロポロと泣き出すエドの頭を、ヒューズは優しく撫でる。
            「あんたも、ロイの軍の中での微妙な立場っての知っているだろ?
            あいつは、父親の反乱から、常に盗聴や監視を受けていた。
            敵の目を欺くために、業と女性問題を派手にしたり、無能を
            装ったりしていた。」
            唖然としているエドを、ロス少尉はそっと抱きしめた。
            「マスタング大佐は、全てご存知の上、リオールへと向かわれました。
            全ての決着をつけるために。」
            その言葉に、エドはハッと息を飲む。
            「な・・・なんで知って・・・・・。」
            驚きに目を見張るエドに、ロス少尉は、穏やかに微笑んだ。
            「みな、巧妙に隠されていますが、リザ・ホークアイ中尉、
            ジャン・ハボック少尉など、マスタング大佐の側近は、全てリオール
            出身者で、あの反乱の生き証人です。勿論、私も。」
            ロス少尉の言葉に、エドは衝撃を受ける。
            「生き証人・・・・?あの反乱の・・・・?」
            頷くロス少尉に、エドはポロポロと泣きながら抱きついた。
            「ごめん・・・・。ごめんなさい。父があなた達にした事は・・・・・。」
            「エルリック中佐。私達は副大総統を決して恨んでいる訳では
            ありません。」
            穏やかに微笑むロス少尉に、エドは首を振り続ける。
            「でも!でも!!」
            そんなエドに、ヒューズは、乱暴に頭を撫でる。
            「ほら!泣き止めって!今は全てを教える事は出来ないが、
            みんなは、決して恨んでないって事はわかってくれ。いいな?」
            まだ納得がいかないエドは、悲しそうな顔でヒューズを見る。
            そんなエドに、ヒューズは困ったような顔で頭をガシガシと
            掻いた。
            「そんな悲しそうな顔をするなよ。お前を泣かせたのがバレたら、
            俺達はロイの奴に消し炭にされてしまう。だから、なっ?頼む
            よ。・・・・・・ってそうだ。忘れるところだった。」
            そう言って、ヒューズは胸のポケットから一通の手紙を取り出すと、
            エドに差し出した。訳が分からずキョトンとするエドに、ヒューズは
            ウィンクしながらその手に押し付ける。
            「ロイからだ。」
            その言葉に、エドは震える指で、恐る恐る封を切ると、中から
            手紙を取り出した。そして、そこに書かれた文面に、エドは
            嬉しそうな顔で涙をポロポロと流した。





   愛するエディ。                                


    私を信じて欲しい。



               


                ロイ・マスタング 






                   

                   たったそれだけの文章だが、エドは5歳の時の
                   あのことを、ロイがまだ忘れていなかったと分かり、
                   エドは泣きながらギュッと手紙を抱きしめた。
                   「さぁ、エルリック中佐。」
                   優しくロス少尉に促され、エドはゆっくりと頷いた。
                   「俺、ロイ兄様を信じる・・・・・・。」
                   ポツリと呟かれたエドの言葉に、ヒューズとロス少尉は
                   ほっとしたような顔で、頷きあった。








                   全てが明らかになる日。
                   エドワード20歳の誕生パーティの最中、
                   エドの元に、ロイ・マスタング大佐
                   重症の知らせが飛び込んできた。







                   

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ロイエド子と言っている割に、前回に引き続き、今回もロイの出番なしです。
しかし、次回、ロイさんの見せ場を用意してありますので、お楽しみに!


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