月の裏側シリーズ番外編

         糸しい糸しいと言う心

                 

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【鋼姫】の呪いが解けた今、お互いの気持ちが通じ合った二人に、
言葉はいらなかった。ベットに横たえたエドに、ロイはゆっくりと
覆いかぶさっていく。
「愛している。エディ・・・・・。」
「・・・・ロイ・・・。」
静かに目を閉じるエドに、ロイはその可憐な
唇を堪能しようと、ゆっくりと顔を近づける。
「姉さん!!」
「エドちゃん!!」
「エドは無事!?」
「大丈夫か!エド!!」
「姫様〜!!」
キスまでの距離、あと数センチというところで、
アルを筆頭に、ホークアイ、ウィンリィ、ハボック、使用人
総出で、部屋の中に雪崩れ込んだ。
「お前ら〜〜〜!!」
だが、怒り心頭のロイなどお構いなしに、みな
エドの無事な姿に、我先にと、エドに抱きつく。
「姉さ〜ん!!良かった〜!!」
涙でグチョグチョのアルに抱きつかれ、エドも
同じように涙で濡れた眼を更に濡らして、アルを抱きとめる。
「心配かけてすまなかったな。アル・・・・・。」
ギュッと弟の身体を抱きしめるエドに、アルは顔を上げて
フルフルと首を横に振る。
「いいんだ!!姉さんの【呪い】も解けたし、これからは、
ずっと一緒だよね!姉さん!!」
「勿論だとも!!弟よ!!」
ギュウウウウウウウウウウウウウウウウ。
美しき姉弟愛!!
固く抱きしめ合う姉弟に、周りに居る人間は、そっと涙を
拭う。そんなホンワカした雰囲気を、ある男の絶叫がぶち壊した。
ちょっと待てぇえええええええええええ!!
ずっと一緒だと!?そんな事は許さん!
エディは未来永劫、私と共にいるのだ!!

一同、驚いて声のした方を振り向くと、そこには、不機嫌な顔をした、
隣国の王、ロイ・マスタングの姿があった。
「アルフォンス!私のエディから離れたまえ!!」
「・・・・・・うっさいです!感動の姉弟愛を邪魔しないで下さい。」
全員が固まる中、アルだけが、一人平然とロイを睨みつける。そして、
見せ付けるように、最愛の姉の胸にグリグリと頭を押し付けながら、
離すまいと、抱きしめる腕に力を込める。
その姿に、ロイの目が細められる。
「アルフォンス。命令だ。エディから離れろ。」
「嫌です!!」
アルはベーッとロイに舌を出すと、エドに涙を溜めた目を向ける。
「姉さ〜ん。マスタング王がボクを苛める〜。」
うぇ〜んと嘘泣きをするアルに、まさかアルがこんな子供じみた手を使うとは
思っていたなかったロイが、焦りだす。
「ちょっ!!別に苛めてなんか・・・・・。」
「虐めだ!虐めだ!虐めだ!虐めだ!!」
姉さ〜んとますますエドに抱きつくアルと、周囲の冷たい視線に、ロイは
冷や汗を垂らしながら、一歩後ろに下がる。
「・・・・・あまり大人気ない事をしないで下さい。」
背後で囁かれる不機嫌なホークアイの声に、ロイは自分が孤立無援状態で
ある事に気づいた。
「しかし・・・エディは・・・私の・・・・。」
妻になるのに・・・・。とシュンとなるロイを横目で見ながら、アルはほくそ笑んだ。
アルは、エドから身体を離すと、ベットから下りて右手を差し出す。
姉の【呪い】を解いてくれたのは、感謝しているが、それとこれとは別の問題。
第一、自分はまだ姉がロイに嫁ぐ事を了承していないのだ。兎に角、
一刻も早く城に戻って、ロイとの結婚を有耶無耶にしてしまおう!!と
アルは考えていた。
「姉さん。早く城に帰りましょう!」
ニコニコと笑うアルに、エドは優しくニッコリと微笑むと、スッと視線を今だ落ち込んでいる
ロイに向ける。
「ロイ。」
「エディ!!!」
エドに声を掛けられて、それまで落ち込んでいたのが嘘のように、ロイはパッと
顔を上げると、上機嫌のままエドに近づき、その華奢な身体を抱きしめる。
「ちょッ!!姉さんから離れろ!!」
怒ったアルが、何とかロイをエドから引き離そうとするが、瞬間接着剤、はたまた、
超強力磁石かと思わせる程、ピクリとも動かない。焦るアルだったが、ふと頭に
乗せられた温もりに、ハッと顔を上げる。
「姉さん・・・?」
「アル・・・・。」
ロイに抱きしめられたまま、エドは慈愛の篭った目をアルに向けると、爆弾発言を
ぶちかます。
「俺ね!ロイのお嫁さんになるの!!」
「駄目!!それだけは絶対に駄目!!」
顔を青くさせるアルに、エドはムーッと頬を膨らませる。
「どーしてだよ!!どーして駄目なんだよ!!」
「そんなの駄目に決まっているでしょ!!常識で物を考えてよ!
姉さん!!」
怒鳴るエドに、アルも負けじと怒鳴り返す。ここで負けたら自分に未来はない。
急遽勃発した姉弟喧嘩に、周囲は唖然となる。先ほどまでのホンワカな雰囲気は
どこへ行ったんだ。っていうか、いつの間にロイとエドは結婚する事になったんだ?
手が早すぎるぞ!ロイ・マスタング!!と、話の展開について行けない者達は、
上機嫌でエドを抱きしめているロイに、非難めいた目を向けるが、腕の中にいる
エドに、気を良くしているロイは、そんな周囲の目など気にしない。というより、
【これは私の物♪】とばかりに、見せ付けている。
「常識って・・・・それ・・・どーゆーこと・・・・?」
ジトーッと半分涙目のエドに、アルは怯みながらも、いやいやここで絆されては
いかん!と威厳に満ちた眼を向ける。
「姉さんとマスタング王は、一体いくつ離れていると思っているの?」
「14。」
それが何か?と首を傾げるエドに、アルは頭を抱える。
「・・・・年違いすぎでしょ。」
「エディ。愛があれば年の差なんて関係ない。」
チュッとロイはエドの頬に口付けながら、耳元で囁く。
「ロイもこう言っているし。」
いいじゃん!と上機嫌のエドに、アルはムキになって言い返す。
「第一、知らない国に行って・・・・。」
「知らない国じゃねーぞ?城下町なら、路地裏まで知り尽くしているし。」
キョトンとなるエドに、アルは更に焦りだす。
「そーじゃなくって!知らない人達に囲まれてって事で・・・・。」
「俺、城で働いてたから、みんな良く知っているぞ!下働きから重臣まで、
城の人達はみーんな友達だ!!」
えっへんと胸を張るエドに、ロイは蕩けるような笑みを浮かべる。
「皆、君が早く城に戻る事を願っているよ。勿論、この私が
一番それを望んでいるがね。そうそう、料理長が新作のケーキを
食べて欲しいと言っていたぞ。」
「本当か!!じゃあ早く帰らなくっちゃ!!」
早く早くとロイにせがむエドの姿に、アルは開いた口が塞がらない。
一体、この一年の間、姉は隣国で何をしていたのだろうか。
【賢者の石】を取り戻そうと決意して、敵国へ侵入したのであって、
少なくとも、隣国の料理長と友達になって、新作ケーキを食べに
行ったのではないはず。・・・・だと思いたい。
それに、いつの間にこの二人は馬鹿ップルに成り果てたのか。
素直な姉は兎も角、あの冷酷非情なロイ・マスタングは一体
どこへ行ったのかと言うくらい、甘い雰囲気を垂れ流している。
目の前の信じられない状況に、固まったままのアルに、ロイは
勝ち誇った笑みを浮かべて堂々の勝利宣言をする。
「アルフォンス。先の親書通り、君の姉君である、エドワード・エルリック姫を、
私の正妃として貰い受ける。これは、決定事項だ。」
逆らう事は許さん!と言うロイに、アルは苦々しく頭を下げた。
「さぁ!エディ!やはり1ヶ月後など、待てない!直ぐに城に戻って
結婚式を・・・・・。」
ガツン。
嬉々としてエドを抱き上げようとするロイだったが、次の瞬間
後頭部を強打され、床に倒れ込む。
「何を非常識な事を言っているのですかっ!!」
ロイを倒した勇者、リザ・ホークアイに、エドワード至上主義の面々は、
喝采を上げた。







「は〜な〜せ〜。」
ズルズルと引き摺られながら、ロイは往生際が悪く、エドに
手を伸ばすが、ピタリと後頭部に突きつけられた銃に、硬直する。
「陛下。折角の姉弟の語らいを邪魔するなど、言語道断です!!それでなくても、
エドちゃんは体力も限界だというのに!!それから、結婚式がそんなに早く
できる訳ないでしょう!?エドちゃんには、大陸一、いえ!世界で一番素晴らしい
結婚式を行ってもらうんです!それには、準備する時間が必要です。そ・れ・に!!」
ホークアイは、グリグリと銃で頭を押す。
「陛下には、結婚式までにしなければならない仕事が山積みです。今までの
サボリ癖が徒となりましたね。」
「仕事を溜めたのは、私のせいでは・・・・。」
父に監禁されたのだと言うロイの主張を、ホークアイは黙殺する。
「このままでは、新婚早々、エドちゃんに会えない日が続く事になります。
エドちゃんを哀しませたくはないでしょう?」
その言葉に、ロイの目がカッと見開かれる。
「そ・・・そんなのは、絶対に嫌だっ!!」
「では!一刻も早く戻って、仕事をしますよ!!では、アルフォンス陛下、エドワード姫、
後日正式な使者をお送りしますので、お待ち下さい。」
そう言って、颯爽と去っていくホークアイに、とりあえず、今すぐ姉を奪われるという
最悪な事態を避けられたと、アルフォンスは、エドを抱きしめたまま、感謝した。