ロイが強制的に国に連れ戻された次の日。 フレイム王国にある執務室では、ロイとホークアイが、お互い一歩も 引くものかと言う決意の元、緊張した面持ちで対峙していた。 「・・・と、言う訳ですので、この書類にサインをお願いします。」 ホークアイが突きつけた書類を一瞥すると、ロイは剣呑な目を ホークアイに向ける。 「・・・・内容を一部変更するというのならば、喜んでサインをしようでは ないか。」 ロイの言葉に、ホークアイの眉がピクリと跳ね上がる。 「・・・・どこがご不満なのですか?陛下とエドちゃんの御成婚の儀に 関する最重要書類ですのに。」 ホークアイはロイに突きつけていた書類に目を通しながら、 不服そうな顔を向ける。 「婚儀について、早急に両国間で念密な打ち合わせをしなければ ならないという事が、お分かりになっていらっしゃらないようですね?」 ホークアイの言葉に、ロイはフッと笑みを浮かべる。 「エディと結婚する事を決意した時から、既に婚儀の準備を始めている。 後はそれを急かせれば良いだけの事。どうせ打ち合わせと言っても、 形式的なものであろう?」 「例え、形式的なものであろうとも、一国の王と姫の婚儀。疎かに すれば、他国に示しがつきません。エドワード姫は蔑ろにされていると、 不名誉な噂が立てられても、陛下は全然、全く、どうでも宜しいと 仰られるのですか?」 ギロンと目を吊り上げるホークアイに、ロイは頭を振る。 「何を言う。エディにそんな肩身の狭い思いなど、絶対にさせん!!」 「だったら、駄々を捏ねずに、さっさとサインなさい!!」 ズズっと書類をロイに差し出すホークアイに、ロイは面白くなさそうに、 腕を組む。 「ちなみに、この書類には、今回使者に立った者が、そのままフルメタル 王国へ残り、エディのお妃教育をすると書かれているが。」 「何か不都合が?お妃教育!必要な事でしょう?」 何を言っているのだと呆れるホークアイに、ロイは更に機嫌を 下降していく。 「ところで、何故君は旅装束なのかな?」 「陛下の名代に相応しいのは、私を置いて他には存在しないと 自負しておりますが?」 ニッコリと微笑むホークアイに、ロイも微笑み返す。 「それで、君はトンボ帰りするのであろうな?」 「ご冗談を。きっちりとエドちゃんのお妃教育の大任を 果たしてご覧にいれます!」 ハハハハハ・・・・。 ウフフフフフ・・・・・・。 笑い合う二人だったが、次の瞬間、ロイの怒りが爆発する。 「ずるいぞ!!私だってエディに逢いたいのに!!」 「だーっ!!うるさい!! つべこべ言わずにさっさと サインしなさい!!」 ガン ガン ガン ガン 執務室に、ホークアイの銃声が響き渡った。 くすん。 くすん。 くすん。 エグエグと泣きながらサインするロイを、ホークアイは 勝ち誇った笑みを浮かべながら見つめている。 「エディ〜。私もエディに逢いに行きたい・・・・。」 涙で机を濡らすロイの手から、書類を引っ手繰るようにして奪うと、 ホークアイは満足そうに頷く。 「これでエドちゃんに逢いに行けるわ♪エドちゃん、私の事、 【リザ姉様】って呼んでくれる様になったんです!アルフォンス陛下や ウィンリィちゃんも懐いてくれたし・・・・・・。」 うふふ。私の野望に一歩近づいたわ!と頬を紅く染めて 嬉しそうに書類を見つめるホークアイに、ロイはエディは 私の妻になるのであって、君のモノになるわけでは・・・と 内心ツッコミを入れる。 「ではっ!行ってまいります。ああ、そうそう仕事はサボらないで 下さいね?もしもサボったら、その分だけ、エドちゃんとの婚儀が 遅くなると、覚悟しておいて下さい。」 サラリと心臓に悪い事を言い出すホークアイに、ロイは慌てて椅子から 立ち上がる。 「待ちたまえ!では何か?今すぐ仕事を片付けたら、明日にでも エディと結婚が出来・・・・うわぁあああ!!」 ガン ガン ガン 無表情で銃をぶっ放すホークアイに、ロイは尋常でない反射神経で 何とか銃弾から身を守る。 「危ないではないかっ!!」 「危ないのは、陛下の頭の中身です!!ったく!人の話を 全く聞いていないのですから!!」 ふうとため息をつくホークアイに、ロイは苦笑する。 「・・・・ふざけて済まない。しかし、それほどまでに、私はエディを 欲しているのだよ。もう一秒でも離れているのが、我慢できないくらいに。」 「・・・・・陛下・・・。」 自嘲した笑みを浮かべるロイに、ホークアイは絆された様に、表情を 和らげる。 「だから、私も一緒にエディに逢いに行く!」 「却下!!」 バッコーーーーーーン。 ロイの頭上にホークアイの怒りの鉄拳が下ろされた。 ううううううううう・・・・・。 エディ〜。 エディ〜。 先ほどより輪を掛けて鬱陶しくなった男に、ホークアイは ウンザリしたように肩を竦ませる。 「陛下。この山が今日中に終わらなければ、一日婚儀が伸び・・・・。」 「ずるい。ずるい。ずるいぞ・・・。エディとの薔薇色の毎日が 送れるなんて・・・。ずるすぎる・・・・・。」 低く呟かれるロイの言葉に、ホークアイはブチリと切れる。 「陛下。」 チャキッとロイの額に銃を突きつける。 「一つ申し上げたい事がございます。」 ヒィィィィと悲鳴を上げるロイに、ホークアイはニッコリと微笑む。 「能天気にも、一週間も父君に捉われていたどこぞの無能の代わりに、 エドちゃんの誤解を解いたのは、一体誰だと思っているのですか?」 グリグリグリ。 ホークアイは怒りに任せて、力一杯銃を押し当てる。 「最大の功労者には、それ相応の褒美が与えられる。」 どこか間違っていますか? 壮絶な笑みを浮かべるホークアイに、ロイはガタガタと震える。 そんな様子に満足そうに頷くと、ホークアイは銃をホルダーに 戻す。 「しかし・・・・婚約者に逢えないという、陛下の気持ちは 痛いほど分かります。」 「リザ!!」 一転、慈愛の笑みを浮かべるホークアイに、ロイは希望の光を 見出し、ぱああああああと明るく微笑む。 「ですから、私も我慢しようと思います。」 「は?」 我慢? 一体何を? ホークアイの言葉に、ロイは首を傾げる。 「陛下は、ご婚約者に、婚儀までお会いになれない。ですから 私もその間、恋人と会いません!!」 きっぱりと言い切るホークアイに、ロイはポカンと口を空ける。 私は婚儀までエディと逢えないのか!? いや、それよりも気になる事を聞いた気が・・・・。 「・・・・恋人・・・?」 お前に恋人などいないだろう? そう口に出す前に、トントンと扉が叩かれた。 「入れ。」 誰だ一体と、入室を許可すると、そこには、フルメタル王国へ 戻ったはずのハボックが、のほほんと片手を上げて入ってきた。 「リザ姫、出立の準備が整いました。」 その言葉に、ホークアイはニッコリと微笑む。 「ありがとう。ジャン!そういう訳ですので、私の代わりに陛下のお守りを お願いね♪」 「「はぁ?」」 男達の声が見事にハモる。 「一体何を言っているのだね?リザ?」 困惑するロイに、ホークアイはニッコリと微笑む。 「ですから、今申し上げましたでしょう?私も我慢すると。」 「あの〜。話が見えないんですけど・・・。」 控えめに片手を上げて会話に入るハボックに、ホークアイは 済まなそうに頭を下げる。 「ごめんなさい。あなたと共にフルメタル王国でエドちゃん達と 過ごしたかったのだけど・・・この無能が駄々を捏ねて。」 「なっ!?駄々だと!?当然の権利を主張しただけだ!!」 憤慨するロイを無視して、ホークアイは悩ましげなため息をつく。 「このままだと、確実に陛下は仕事を溜められて、エドちゃんとの 婚儀が延びわ。そうなれば、あんなに結婚を楽しみにしている エドちゃんが哀しむ事に・・・・。」 俯くホークアイの肩を、ハボックは優しく抱き寄せる。 「分かった。俺がここに残って、陛下に仕事をさせればいいんだな?」 安心してフルメタルへ行けと言うハボックに、ホークアイは 嬉しそうに抱きつく。 「ジャンなら、そう言ってくれると思っていたわ!!」 突如として始まったホークアイとハボックのラブラブ振りに、 ロイは唖然となる。一体これはどういうことだ?と ロイは頭の中がパニックに陥っていた。 「アノ〜。」 そろそろと片手を上げるロイに、いいところを邪魔された ホークアイの目が射抜く。だがここで怯んではいけないと、 ロイはゴクリと喉を鳴らしながら、恐る恐る訊ねる。 「オ2人ハ、モシカシテ、オ付キ合イヲ、ナサッテルノデショウカ?」 片言の喋りになるロイに、ホークアイは鼻で笑う。 「何を今更。」 2年前からの付き合いよね〜と見詰め合う二人の姿に、 今度こそロイの絶叫が響き渡った。 「では、私は出立します!くれぐれも、仕事を溜めないように!!」 お目付け役を置き、尚且つ、でっかい釘を刺して気が晴れたのか、 颯爽と部屋から出て行くホークアイの後姿を、今だ聞かされた事実の 衝撃が抜け切れていない頭で、ロイは見送った。 「・・・・・本当なのか?」 隣で自分を監視しているハボックに、ロイは茫然とした視線を向ける。 「ええ。知り合って暫くしてからですから・・・・かれこれ2年くらいに なりますか。」 ハボックの言葉に、ロイははぁあああと深いため息をつく。 「全く知らなかったぞ?」 「そりゃあ、リザ姫は、マスタング陛下の思い人ですからね。」 変な噂は、姫の為にならんでしょう?まぁ、忍ぶ恋ってやつですか。 と言うハボックに、ロイはばつが悪そうに顔を背ける。 「だ・・だが、貴様はリザと付き合っていながら、何人もの女性と 付き合っていたのは、どういうことだ?」 だが、ここで言い負かされてはプライドに関わるとばかりに、 ロイが文句を言う。実際、女性に振られ続けてはいるが、 何故か直ぐに次の女性と付き合っているハボックを、ロイは 非難めいた目を向ける。 「あんたと一緒にしないで下さい。あれは、ぜーんぶ、リザ姫です!」 「は?リザ・・・?」 アングリと口を開けて固まるロイに、ハボックは噴出す。 「言ったでしょう。変な噂は為にはならないって。だから、姫が 変装してくれていたんです。まぁ、一人の人と付き合っていて、 結婚しないというのは、不自然ですからね。定期的に姿を 変えてたんですよ。」 それが、ハボック振られ伝説の真相です!と胸を張るハボックに、 ロイは一瞬殺意を覚える。 「俺達がこんだけ苦労したんですから、姫を幸せにしてやって 下さいよ?」 ハボックにまで念を押され、ロイは面白くない。 「当たり前だ!私がエディを幸せにしなくて、一体誰が幸せに するというのだ!!」 不貞腐れるロイに、ハボックはニヤリと笑って、ズズイと書類の 束を目の前に置く。 「では、エドの幸せの為に、パパッと仕事を終わらせましょうか。」 「・・・・貴様、だんだんリザに似てきたな。」 ギロリと睨むロイに、ハボックは余裕の笑みを浮かべる。 「そりゃあ、付き合っていますからね。自然に似ますよ。」 「・・・・・・エディも私に似てくれるか?」 羨ましそうな顔で呟くロイの姿に、ハボックはクスリと笑う。 結局思考がエドに戻ってしまう程、ロイはエドにベタ惚れなのだ。 「・・・・エドも、今の陛下と同じように、何を話していても、 最終的にあなたの事を幸せそうに話していますよ。」 似たもの夫婦になりますよというハボックの言葉に、ロイは パァッと嬉しそうに笑う。 「そうかっ!!エディが、私の事を!!」 「はいはい、では、この書類に・・・・。」 「ところでハボック。」 書類を差し出すハボックの手を、ガシッと掴んでニッコリと微笑む。 「な・・・なんすかぁ〜?」 ハボックの背筋に冷たいものが走る。 「貴様は、確か私のエディと古い知り合いだったな?」 さり気に所有格を強調するロイに、ハボックは嫌な予感を覚え つつも、コクリと頷く。 「そりゃあ、赤ん坊の頃からの・・・・・。」 「では!私の知らないエディを知っているという訳だな?」 ギリリリリとロイの手に力が込められる。 「そんなの、不可抗力じゃないッスか!!それに、陛下だって 俺の知らないリザの事を知っているじゃないですかっ!」 理不尽な嫉妬を向けられ、ハボックは抗議をする。 「だから、【等価交換】をしようではないか。」 嫉妬に狂った表情から一変、にっこりと上機嫌に微笑むロイに、 ハボックは呆気に取られる。 「私は貴様にリザの小さい頃の話を、貴様は私にエディの小さい頃の 話をする。」 立派な等価交換だろ? ニヤリと悪魔の笑みを浮かべるロイに、ハボックはゴクリと 唾を飲み込む。 「・・・・・やはり、夫婦となるからには、お互いを良く知らなければ なりませんからね。」 「フフフ。勿論だとも!」 利害が一致した男達はニッコリと微笑み合うと、ガッチリと手を組んだ。 「・・・・何していらっしゃるんですか?」 そこへノックもせずに、ホークアイが現れ、ロイとハボックは 内心焦る。 「いや、何、エディを幸せにすると、兄代わりのハボックにも誓っていた 所なんだ!うん!!」 「そうです!!別にやましい事なんかっ!!」 慌てる二人に、ホークアイは暫く不審な目を向けていたが、 やがてロイにニッコリと微笑む。 「・・・・お忘れでしょうが、これから1ヶ月、エドワード姫に、 ベッタリと張り付きます。」 ベッタリという言葉を強調すると、案の定、ロイのこめかみが ピクリと引き攣る。 「その間、陛下のお話を色々とする機会があるでしょうねぇ。 ええ、そりゃあ、色々と・・・・。」 「リ・・・・・・リザ・・・?」 顔色を悪くさせるロイに、ホークアイは更に追い討ちをかける。 「そう言えば、最近、ハイデリッヒ男爵令嬢の姿を見かけませんが、 どうしたんでしょうねぇ?」 「リザ!!ちゃんと仕事をする!!安心しなさい!!」 真っ青な顔で、慌てて書類に手を伸ばすロイに、ホークアイは 満足気に笑う。どうせこの男の事だ。ハボックをうまく丸め込んで 仕事をサボるつもりだったのだろう。人に言えないような過去は ないが、それでも子供ゆえの過ちというのは、あるものだ。 それを面白おかしく話される事は、ホークアイのプライドが 許さない。過去の女の事をネタに、ホークアイはハボックに 余計な事を言うなと、脅したのだった。一心不乱に書類を捌くロイに、 ホークアイは、ツカツカと近づくと、黙って右手を差し出す。 「?お小遣いならやらんぞ?」 訝しげなロイに、ピクリと眉を跳ね上げると、バンと机を叩く。 「誰がそんな子供のような事をいいますか!!手紙はないんですか!?」 「手紙?」 ポカンとなるロイに、ヤレヤレとホークアイは呆れ顔になる。 「婚儀まで逢えませんから、せめて手紙だけでも、エドちゃんに 届けてあげようかと思ったのですが・・・・。」 どうやら要らぬお世話のようですねというホークアイの言葉に、 ロイは慌てて立ち上がる。 「そうかっ!!手紙!!そうだな!私のこの愛を手紙に 託さねばっ!!」 便箋はどこだ!!と机の中を引っ掻き回すロイに、ホークアイは クスクス笑う。本当に、この従兄は人間らしくなったものだ。 「これも全てエドちゃんのお陰ね。」 ホークアイは、心から二人の結婚式を盛大にしようと、 決意した。 |