月の裏側シリーズ番外編

         糸しい糸しいと言う心

                 

                         後編                 




「・・・・・・はぁ。」
フルメタル王国の城では、第一王女、エドワード・エルリックが、
そっとため息を洩らす。
「?姉さん?」
丁度、一緒に午後のお茶を楽しんでいた、弟で、この国の国王、
アルフォンス・エルリックは、姉の悩ましげなため息に、心配そうに
眉を顰める。
「どうかした?まだ具合でも?」
心配げなアルに、エドは慌てて首を振る。
「ちがっ!!ちょっと疲れただけだ!」
「・・・・姉さん、やはり結婚はもう少し延ばそう。」
途端、アルは嬉々として提案する。
「なんで!どうしてそっちに話がいくんだよ!!」
むーっと頬を膨らませる姉に、アルはニッコリと微笑む。
「だって、姉さんが疲れているのは、結婚の準備で
忙しいからでしょう?だからボクは・・・・。」
「アル。どーしても、俺とロイの結婚に反対なのか?」
ここ数日同じようなやりとりに、エドは深いため息をつく。
そんなエドに、アルは心外だとばかりに、大げさに
肩を竦ませる。
「別に、婚約を破棄しろって言ってないでしょう?
結婚式を延ばそうと言っているだけだよ。」
何の問題もないでしょ?と言うアルに、エドは
凶悪なまでに目を細めて睨む。
「いきなり結婚を延期してみろ、混乱するだろうが。」
「んー?でも、もともと国内外で、姉さんは、風にも耐えられ
ないくらいの病弱の姫って事になってるし、体調不良の為、
延期したって言っても、大丈夫だと思うけど?」
病弱な姫と噂を流した父さんに感謝♪とニコニコと
笑うアルに、エドはブチ切れる。
「だ〜れが、風に吹き飛ばされるほど、ミニマムドチビかぁああああ!!」
「姉さん、話を誤魔化しても駄〜目。」
姉の行動パターンを熟知しているアルは、ピシャリと言う。
「この際だから、はっきりと言うけど。」
そう前置きすると、アルは真剣な目をエドに向ける。
「仮にも一国の王と姫の結婚なのに、準備に1ヶ月しかないって
事が、かなり異常な事なんだよ。」
「そ・・・なの・・・?」
エドはキョトンとなる。
世間から隠されて育てられた姉は、一般常識が著しく
欠如している部分がある。そこを突いて、アルは結婚を
延ばさせるべく、捲くし立てる。
「そうだよ!通常は2年から3年くらい掛けるって言うのに、
1ヶ月なんてっ!」
本当は、1年くらいなのだが、あえて倍以上の年数を
言う。ロイとの結婚は避けられないにしても、少しでも
長く姉と居たい弟の健気な気持ちということで、許してもらおうと
アルはもっともな顔で嘘をつく。
「だからみんな不眠不休で疲れているんだ。」
「・・・・不眠不休・・・。」
ガガーンと青褪めるエドに、アルは内心やったとガッツポーズを
取る。誰よりも回りの人間を大切にするエドが、この状況に
甘んじる訳はない。それに、1ヶ月という異常なまでの短い
準備期間に、皆が忙しいのは、本当の事だ。嘘は言っていない。
まぁ、せめてもの救いは、ほぼ完璧に近い状態で、ロイが
結婚の準備を整えていた事で、通常よりだいぶ楽ではあるが、
それをエドに言うつもりはない。
”それにしても、一体いつから準備を始めていたんだか・・・。”
アルは内心ため息をつく。
本来ならば、花嫁側で整えるべき、ウエディングドレスすらも、
ロイは準備をしていた。しかも、ご丁寧に自分のデザインだと
言うから、ロイのエドに対する執着を垣間見て、アルは聞いた瞬間、
顔が引き攣った事を覚えている。
コン コン
そこへ、扉を叩く音がして、アルは自分の思考から我に返る。
「陛下。お時間です。」
侍従長の言葉に、アルは重々しく頷くと、今だ青褪めた顔で
シュンとしている姉に目を向ける。
思いつめた顔をする姉に、アルは良心がズキリと痛んだが、
それでも、姉を手放したくなくて、内心謝りつつも、諭すように
言う。
「では、姉さん。良く考えて。みんなの為にも・・・ね?」
アルは、一礼すると、静かに部屋を出て行く。
「う・・・・・ううっ・・・・・。」
パタンと扉が閉まり、アルの気配が遠ざかると、エドは
堪えきれないというように、両目から大粒の涙をポタポタ流す。
「そんな・・・みんなが・・・・。」
知らなかったとはいえ、皆に迷惑をかけていたという事実に、
エドは打ちのめされる。先ほどまで、すごく浮かれていた自分が
恥ずかしい。
「で・・・も・・・。」
エドはギュッと目を閉じる。
「でも・・・俺は・・・・ロイに逢いたい・・・・。一緒に・・・いたい・・。」
2年も3年も離れているなど耐えられない。でも、そうしなければ、
皆に迷惑がかかる。どうしようと、途方に暮れていたが、ふとある考えが
浮かび上がる。
「そうだ!俺がロイの所に行けばいいんだっ!!」
名案だと、エドはポンと手を叩く。どうせ自分が準備をする訳ではない。
結婚の準備が整うまで、自分がロイの所で待っていればいいのだ。
そうすれば、皆が不眠不休になることもないし、何よりも、ロイの側に
いられる!などど、やはり世間の常識から逸脱しているエドは、
アルが聞いたら、速攻気絶してしまう事を思いつく。
「そうと決まれば、急いで支度しないと!!」
エドはポイポイとドレスを脱ぐと、素早く旅装束へと着替える。
「アルには、後で説明するとして、早く行かなくちゃ!」
「・・・どこへ?」
背後からのオドロオドロしい声に、エドはギクリとなる。
「姉さん?ど・こ・へ、行くってぇえええええ?」
ゆっくりと背後を振り返ると、そこには、鬼神も裸足で
逃げ出すほど、恐い顔をしたアルが仁王立ちしていた。
”ひぇええええええ!!師匠(せんせい)より恐い〜!!”
普段温厚なだけに、一旦アルがキレると、師匠よりも恐い。だが、
エドはガタガタと震えながらも、気丈にも一歩も引かないとばかりに、
アルを見据える。
「お・・・俺、考えたんだ・・・。皆の為に、結婚を延期するって・・・。」
「姉さん!!わかってくれたんだね!」
途端、アルの怒気が霧散し、嬉々としてエドに抱きつく。
「ああ。俺のワガママの為に、皆を苦しめたくない。」
そう毅然と言うエドに、アルはちょこっと良心が咎めたが、それよりも、
ずっと姉といられる事に、舞い上がった。
「だから、俺、結婚の準備が整うまで、ロイの所にいるから!!」
準備が出来たら知らせてくれと、能天気に言うエドに、アルは
舞い上がっていた分だけ、急降下に落ちていく。
「ね・・・姉さんのばかぁああああああああああ!!」
アルは思いっきり姉の頭を叩いた。






それから延々と、エドは床に正座をさせられて、自分がいかに
世間の常識から外れているかと、懇々とアルに説教される
事となる。
「ったく!どうやったら同棲なんて思いつくんだよ!!」
頭が痛いと額に手を当てるアルに、エドは恐る恐る尋ねる。
「・・・駄目・・・か?」
「当たり前でしょ!!第一、そんな事をしたら、直ぐに赤ちゃんが
出来て・・・・・。」
キッと睨むアルに、エドはキョトンと首を傾げる。
「は?出来る訳ないじゃん。結婚してないんだから。」
「・・・姉さん?」
困惑するアルに、エドは穢れのない笑みを浮かべる。
「夫婦じゃなければ、赤ちゃんて出来ないんだろ?」
「・・・・それは、その・・・・・。」
無邪気にニコニコと笑うエドに、アルは愕然となる。
16歳を迎えたというのに、ソッチの方面も疎いとは、
どういうことだ?アルはダラダラと冷や汗を流しながら、
必死に説得を試みる。
「と・・・兎に角!そんな事は、世間一般では駄目って事に
なっているんだから!姉さんはここで・・・・姉さん!?」
途端、ポロポロと涙を流すエドの姿に、アルは焦る。
「姉さん。泣かないで!!」
オロオロと自分を慰めるアルに、エドはクシャリと顔を歪ませる。
「だって、一生懸命考えたんだぞ!みんなに迷惑をかけない
方法。」
「だからってね、姉さんが結婚もしていないのに、マスタング王と
一緒に暮らすっていうのが、やってはいけない事なんだよ?」
「でも・・・。でも・・・・。」
エグエグと泣き出すエドに、アルは途方に暮れる。
「・・・・・・俺、ロイに逢いたいんだもん!!」
ロイ〜ロイ〜と本格的に泣き出すエドに、アルは頭を抱える。
「・・・・アルフォン陛下。エドワード姫。」
そこへ、凛とした声が聞こえ、アルとエドは声がする方を見る。
「リザ姉様〜〜〜〜〜〜〜!!」
そこに佇むホークアイに気づくと、エドは泣きながら抱きつく。
「リザ姉様〜。俺、俺〜!!」
「泣かないで。エドちゃん。来月陛下と結婚できるから、
安心してね。」
優しく頭を撫でるホークアイに、エドはオズオズと顔を上げる。
「でも、みんなに迷惑・・・・。」
シュンとなるエドに、ホークアイは、首を横に振る。
「いいえ。心配しなくても大丈夫よ。ほぼ準備は出来ているから、
後は式を待つだけなの。」
「本当!?」
パッと顔を輝かせるエドとは対称的に、後ろにいるアルは、まるで
この世の地獄とばかりに、悲壮な顔をする。
「じゃあ、俺、ロイに逢えるの?」
ニコニコと笑うエドに、ホークアイは悲しそうに首を横に振る。
「陛下のご指示なの。結婚したらフルメタル王国へは、里帰り
出来ないでしょう?だから今のうちに、御姉弟の時間を大切に
って。」
「ロイが?」
驚くエドに、ホークアイは一通の手紙を差し出す。
「陛下からエドちゃんへ。」
エドは嬉しそうに受け取ると、その場で封を開けて読み始める。
その様子に、ホークアイはニヤリと笑う。
”やはり、書き直させて正解だったわね。”
最初、ロイがエドに書いた手紙は、総ページ数50枚以上という、
超大作だった。内容は、エドへの溢れんばかりの【愛】を書き殴り、
最後には、エドに逢いたいと、まるで呪いのように、何度も泣き言の
ような事が書かれていた。いや、実際には本当に泣き言だったのだ。
それが証拠に、最後の数枚には、ところどころ涙の跡があり、そのお陰で
紙がふやけて、きちんと封筒に収まらなかったのだから。
これには、流石のホークアイも絶句した。こんなに情けない姿を
見せては、いくらエドワードでも、結婚する事を躊躇してしまうかも
しれない。いや、それ以前に、アルフォンスに知られてしまったら、
こんな情けない男に姉はやらない!と言い出すだろう。
”そんな事はさせないわっ!!何の為に私が苦労したと思って
いるのよ!!私の野望の為にも、ここは頑張ってもらわなくっちゃ!”
「・・・・陛下。ここは余裕のある大人の男をアピールすれば、より一層、
エドちゃんが陛下に惚れ直すのではないかと思うのですが・・・・。」
「何!?それは本当か!!」
その言葉に、慌てて書き直すロイを思い出し、ホークアイはニヤリと
笑った。単純な男で助かった。
「・・・・ら・・ん・・?」
「エドワードちゃん?」
手紙を読みながら、首を傾げるエドに、ハッと我に返ったホークアイは、
エドの顔を覗き込む。
「・・・・どうかしたの?」
「えっと・・・この【鸞】って・・・・・。」
手紙を指差すエドに、ああっと頷きながらホークアイは、後ろに控えて
いる従者の一人に、目配せをする。
「・・・・白梟?」
従者が恭しくエドの前まで持ってきた籠の中身を見て、エドは
傍らのホークアイを見つめる。
「ええ。改良に改良を重ねた伝書梟よ。この子は、特に早くて、
この大陸なら、どこへでも一日で届ける事が出来るの。」
「へぇ〜。噂には聞いていたけど、これがそうなんだ〜。」
物珍しそうに、繁々と白梟を見つめていたエドは、ふと疑問が頭に
浮かび、ホークアイを振り返る。
「でも、何でこの子の名前が、【鸞】なんだ?この文字って、確か
この大陸と海を挟んだ東の大陸にある、シン国って国のものだろ?
伝書梟は、フレイム王国独自のものだし・・・・・。」
首を捻るエドに、ホークアイは首を横に振る。
「さぁ?陛下が名前をお決めになったから・・・・。私がつけると
言ったのに、何故か物凄い勢いで、却下されたのよ・・・・・・。」
「・・・・ちなみに、なんてつける気だったの?」
好奇心一杯のエドの問いに、ホークアイは胸を張って答える。
「ホワイトハヤテ号!!」
「・・・・・確かに、白くって・・・・疾風のように早いから・・・?」
多少引き攣った笑みを浮かべるエドに、ホークアイは大きく頷く。
「そうなのよ!ナイスなネーミングだと思うのだけど・・・・。」
全く、陛下にはセンスってものがないのかしら!!
一人憤慨するホークアイに、エドは悪いと思いつつも、ロイが
名前を決めてくれて良かったと、心から思った。
「じゃ・・・さ、この子に手紙を託せば、ロイに一番早く届けられる
んだよね?」
「ええそうよ。」
ニッコリと微笑むホークアイに、エドは満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、俺返事書かなくっちゃ!!」
便箋〜。封筒〜。と騒ぎながら、幸せそうなエドの様子に、
ホークアイは優しい笑みを浮かべると、今度は、不貞腐れた
アルフォンスに、向き直る。
「アルフォンス陛下。」
「・・・わかってます。これがただのボクのワガママだって事くらい。
でも・・・・。」
シュンとなるアルの肩を、ホークアイは優しく抱きしめる。
「いいえ!あんなに可愛いエドワードちゃんと離れなければ
ならないという、アルフォンス陛下の気持ちは、痛いほどわかります!
よりにもよって、あんな無能な男にエドちゃんを取られるなんて!!」
「・・・・リザ姫?」
ロイの味方であるはずのホークアイの辛辣なる言葉に、アルは
茫然となる。
「しかし、考えようによっては、お隣で良かったのかもしれません。
里帰りするのが、楽ですわ!フレイム王国以外ともなると、最低でも
1週間以上移動に掛かりますもの。」
そこで言葉を切ると、ホークアイはニッコリと微笑みながら、アルに
諭すように、告げる。
「1ヶ月に最低でも1回里帰り出来る様に、私が取り計らいます。
勿論、アルフォンス陛下達が事前のアポなしで、我が国に来られるように、
取り計らいますので、ご安心を。」
要するに、逢いたくなったら、いつでも来ても良いと、ホークアイは
言ったのだ。
「・・・・いいんですか?」
あの独占欲の塊のようなロイが、そんな事を許すのかと、恐る恐る
尋ねるアルに、ホークアイは勿論と大きく頷いた。
「ですから、エドちゃんが早く里心を出すように、一杯楽しい思い出を
作りましょうね♪」
「はい!!リザ姫!!」
喧嘩ばかりでは、悲しいでしょう?と言うホークアイに、アルは
大きく頷いた。







「すっげーっ!!本当に早いな!伝書梟って!!」
ホークアイとアルがにこやかにお茶を飲んでいると、そこに
興奮冷めやらないエドが、パタパタと手紙を握り締めて
やってきた。
「ロイからの返事♪」
そう言って、広げて見せるのは、確かに見覚えのある字は、
ロイ・マスタングのものである。
「エドちゃん!?まさか、もう返事が来たっていうんじゃ・・・。」
返事を白梟に括りつけて放ってから、まだ10分も経っていないと
いうのに!?
「さすが大陸一の速さを誇る伝書梟ですね!すごいや!!」
初めて目にする伝書梟の速さに、アルも感心して、白梟を
しげしげと見つめる。
「・・・・・・おかしい。」
ホークアイの目が細められる。
「?リザ姫?」
黙ったままのホークアイに気づき、アルは訝しげな声を上げる。
「いえ・・・何でもないの。」
心配そうなアルとエドの視線に気づいたホークアイは、ハッと
我に返ると、何でもないと首を横に振る。
「でも・・・・。」
それでも何か言おうと口を開きかけたエドに、ホークアイは
ニッコリと微笑む。
「それよりも、早く返事を出した方がいいわ。陛下もお待ちで
しょうし・・・・。」
「う・・・ん・・・・。具合が悪くなったら、遠慮なく言ってね?
リザ姉様。」
エドは、心配そうに何度も振り返りながら、それでも
心はロイに向かっているのか、足早に部屋を出て行った。
「・・・・ったく。あの無能・・・・。」
エドが出て行った途端、表情を一変させたホークアイに、
隣に座っていたアルは、ひえええええええと慄いた。
「アルフォンス陛下。躾をし直す為に、すこしご相談があるのですが。」
何の躾けなのかと、突っ込みたいところだが、鬼気迫るホークアイの
様子に、アルはガクガクと首を縦に振ることしか出来なかった。









フルメタル王城から飛び立った白梟が向かった先は、
王城から目と鼻の先。【真理の森】と呼ばれる、深い森を挟んだ、
とある王族の居城だった。
「ほほう。エドワード姫からの返事だな♪どれどれ・・・・。」
窓際の、一番日当たりの良い場所に置かれた止まり木に、
チョコンと止まっている白梟に、その城の主である、キング・ブラッドレイが
嬉々として近づいていく。
「・・・・・何をしておいでかな?父上?」
あと少しで触れるというところで、背後から不機嫌な声が聞こえ、
やれやれとキングは振り返った。
「お前が忙しいだろうと思って、手紙を届けてやろうという、この父の
優しい心がわからんのか?」
「・・・・私よりも先にエディからの手紙が見たいからの間違いで
しょう?」
不敵な笑みを浮かべるロイに、キングも負けずに不敵な笑みを浮かべる。
「・・・・やはり。こんなことだろうとは、思っていましたが・・・・。」
一触即発の親子喧嘩に割る込む形で、絶対零度の声が聞こえてきた。
「リザ!」
「リザ姫!!」
ビヨォォォォォォォォ〜。
身体からブリザートを放出するホークアイの姿に、ロイとキングは、
思わずお互いにしがみ付く。
「陛下。私は、城で大人しく仕事をしろ!と命じておいたはずですが?」
フフフフ・・・・・。
ホークアイは低く呟きながら、氷の眼差しをロイに向ける。
「し・・・仕事ならしているぞ・・・?そ・・・それに、ここへは、父上の
お見舞いに・・・。」
何とか言い訳を試みるが、隣にいるキングが、さっさと息子を人身御供に
差し出す。
「リザ姫。丁度良いところへ。私がいくら言って聞かせても、なかなか
城に戻ろうとしないのだよ。」
ふうと、憂いのある顔で、業とらしくため息をつくキングに、ロイは
ギロリと睨みつける。
「何を言っているんですか!!元を正せば、あなたが、私に言ったのでは
ないですかっ!!城にいなくても、仕事は出来ると!」
「そ〜んなこと、言ったかのぉ?」
すっとぼけるキングに、ロイは怒鳴る。
「汚いぞ!!【フレイム王国】さえ出なければ、リザの条件をクリアー出来る
と私を唆しておいて!」
「冗談だったのだがなぁ〜。まさか、本当に実行するとは・・・。」
やれやれと肩を竦ませるキングに、ロイは更に怒鳴りつけようと息を
大きく吸い込むが、その前に、ホークアイの手にした銃が天井に向けられる。
バキューーーーーーーン
「・・・・・・うっとおしい。醜い親子喧嘩はお止め下さい。」
ギロリと睨まれ、ロイとキングは小さくなる。
「・・・・確かに、少しでも婚約者の近くにいたいという、涙ぐましい努力を
なさっている陛下の態度は、賞賛に価するかもしれません。」
「リザっ!!」
パッと顔を上げて満面の笑みを浮かべるロイの姿は、好物を前にした
犬と同じ。ホークアイには、眼に見えないロイのシッポが盛大に
振られているのが見えるようだ。
「例え、逢えなくても、近くに愛する人がいる。それだけで、幸せに
なれますもの。」
うんうん。
ロイは、何度も頷く。
「それに・・・。」
そこで言葉を切ると、ホークアイは、意味深な目をロイに向ける。
「これだけ近いと、そのうち、警備の目を掻い潜って、夜這いをかけられ
ますものね?」
「そうなんだ!!エディに夜這・・・・い・・・・・・・。」
つい本音を洩らしそうになり、ロイは慌てて口を噤むが、時既に遅し。
しっかりと本音を聞き取ったホークアイは、目を細める。
「やはり・・・・・そういうことだったのね・・・・。」
「待て!!リザ!!話せば分かる!話せば!!」
慌ててキングの後ろに隠れながら、ロイは何とか説得しようとするが、
怒りに我を忘れているホークアイに通用する訳がなく、もはやロイの
命運は尽きたかのように見えた。しかし、ロイがどこまでも悪運だけは強い
からなのか。一触即発の場面に、飄々とした顔で、ハボックが部屋の中に
入ってきた。
「陛下〜。今日の分の書類と姫の秘蔵の写真です・・・・・って、
何しているんですか?」
呆れた顔のハボックに、素早く反応したのは、ロイだった。
「ば・・・馬鹿!余計な事を!!」
「・・・・確かに、ちゃんと仕事はなさっていたのですね。しかし・・・
秘蔵写真というのは・・・?」
ニッコリと微笑むホークアイに、ハボックとロイが黙る中、さっさと
種明かしをするのは、キング。
「ああ、ロイの奴が、エドワード姫の写真とリザ姫の写真を交換しなければ、
仕事をしないと、駄々を捏ねてな。」
「父上!!」
あっけなくバラすキングに、ロイは青くなる。
「・・・・・ったく。あなたという人は、どこまで・・・・。」
怒りに震えるホークアイに、ロイは起死回生の反撃を試みる。
どうせホークアイに天誅を食らわされるのならば、一矢でも報い
ようと、ロイはキッと顔を上げる。
「リ・・・リザ。約束を破ったな?」
「約束?破ったのは、陛下でしょう?」
呆れた顔のホークアイに、ロイは不敵に笑う。もっとも、キングの後ろに
隠れての事なので、その姿に威厳はないのだが。
「確か、恋人と1ヶ月会わないと言ったな?」
「!!」
ハッとして、ホークアイはハボックを振り返る。ハボックは済まなそうに、
頭を下げる。悔しがるホークアイに、余裕が出てきたロイは、キングの
後ろから出ると、ゆっくりとホークアイに近づく。
「リザが恋人と逢えたのに、私が逢ってはいけないということは、
ないな?」
「・・・・謀りましたね。最初からそれが目的ですか。」
最初から夜這いだけが目的なら、もっとホークアイに気取られる事なく、
隠密に済ませるだろう。しかし、あえてホークアイに不審を持たせたのは、
全て堂々とエドワードに逢いたいが為。わざわざキングの城に来たのは、
ホークアイとハボックを逢わせ、それをネタに、自分にかけられたエドワード
禁止令を解かせるつもりだったのだ。冷静であれば簡単に見抜けたロイの
策なのだが、散々ロイに対して怒りを覚えていたホークアイは、簡単に
引っかかってしまったのだ。
「謀ったとは、人聞きの悪い。全て【愛の力】だ!」
踏ん反り返るロイに、ホークアイが素早く銃を乱射しようとしたが、
その前に、ハボックが止める。
「リザ、陛下は溜っていた仕事を全て終わらせている。これ以上エドワード
姫欠乏症が拗れると、何をするかわからないぞ?」
ほどほどにというハボックの言葉に、ホークアイは渋々頷く。
”やった!良くやったぞ!ハボック!!”
”リザ姫の超秘蔵写真、頼んます!”
”任せておけ!!”
ロイとハボックのアイコンタクトは、俯いているホークアイには、
気づかれなかった。
「では、私はこれから、エディに・・・・。」
「その必要はありません!」
これからエドに逢いに行く!と意気揚々のロイに、水を差すように、
ホークアイはピシャリと言う。
「何故だ!私は・・・・・。」
憤慨するロイに、ホークアイは苦笑すると、顔を扉へと向ける。
「エドちゃん。入ってもいいわよ。」
「エディ!?」
慌てて視線を扉に向けると、そこには、オズオズと顔だけ出している
エドの姿を見つけ、ロイの顔に笑みが広がる。
「ロイ〜。」
「エディ!!」
トテトテと駆け寄ってくるエドを、ロイは大きく腕を広げて待ち構える。
「ロイ!」
「逢いたかった!エディ!!」
胸に飛び込んで来たエドを、ロイは力強く抱きしめる。
「俺、俺、逢いたくて・・・・。ロイに・・・逢いたくて・・・。」
エグエグと泣き出すエドを、更にきつく抱きしめる。
「ああ!!私も逢いたかった。エディに逢えなくて、気が狂いそうだったよ。」
再会を喜び合う恋人達に、ホークアイは、優しく微笑むと、ご褒美を出す。
躾をするには、飴と鞭の使い分けが肝心だからだ。
「今後、仕事を溜めないのであれば、何度かエドちゃんとデート出来るように、
取り計らいます。」
ホークアイのご褒美に、ロイとエドがパッと顔を上げる。
「本当か!」
「本当?リザ姉様!」
嬉しそうな二人に、ホークアイは大きく頷く。
「ええ。ですが、勿論私達も同行という事になりますが・・・・・。」
「リザ姫。リザ姫。」
ツン。ツン。と背中を突付かれて、ホークアイは振り返る。
「陛下とエドは、既にいないんだけど。」
「いつの間に!」
慌てて二人がいた場所を見るが、既に二人の姿は、影も形もなく、
ホークアイはガックリと肩を落とした。




「ロイ・・・・。本当に、ロイだよな?」
誰にも邪魔されないようにと、【真理の森】にある花畑にやってきた二人は、
今まで逢えなかった時間を取り戻すかのように、ベッタリと張り付いていた。
「ああ。夢じゃないよ。エディのロイだよ?」
チュッと頬にキスされて、エドは真っ赤になる。
「あ・・あのな!【鸞】なんだけど!!」
照れ隠しに、話を変えるエドの顔を、ロイは、「ん?」と覗き込む。
「あの文字って、シン国のだろ?どうしてかなって・・・・。」
至近距離で見つめられ、エドは真っ赤になって俯く。そんな初々しい
エドの様子に、ロイは愛しそうに微笑む。
「以前、シンでは、恋を【戀】と書くと聞いてね。」
そう言って、ロイはエドの手を取ると、指で戀となぞった。
「【糸しい糸しいと言う心】と書くそうなんだ。」
そして、もう一度ゆっくりと【戀】という文字を指でなぞる。
「【戀】・・・・。」
じっとロイの指が【戀】という書き順をなぞる様子を、見つめながら、
エドは噛み締めるように呟く。
「だから、【糸しい糸しいと言う】私の心を書き記した手紙を運ぶ
【鳥】だから、【鸞】と名付けたんだ。」
ロイは、ギュッとエドを抱きしめる。
「それにね、【鸞】は、シン国の伝説の鳥でもあるのだよ。」
「伝説の鳥?」
キョトンと首を傾げるエドに、ロイは笑いかける。
「【鸞鳥】と言って、夫婦の例えらしい。私と君は夫婦になるのだから・・。」
ボンと音を立てて顔を紅くさせるエドに口付ける。
「私達に相応しいだろ?」
「・・・・・・うん。」
ギュッと真っ赤な顔でロイにしがみ付くエドの様子に、ロイは
幸せそうに微笑むと、エドの身体をきつく抱きしめた。